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虎の陳列

葉山から久里浜に向かう通勤路上に朝6時から開く弁当店がある。真冬はまだ暗いルート上に灯る明かりに心暖めて前を通過している。弁当はホームメイドがルーティンだけど、この一軒を利用するとしたら、どんなシチュエーションなのだろうか。想像を膨らませながら日々景色を楽しんでいる。

自分はこの何ということのないクラシックな外観に眼が留まるのだろうか。先日、たまたま信号待ちで店の前でバイクを停車したので、凝視してみた。惹かれるのは真紅の塗装がエイジングで剥げ落ちたコカコーラのベンチ。そして赤と黄色のタイルの色味。改めて観ると、ひとつのヴィジュアルがリンクし、心に立ち現れた。

夕方、帰宅して確かめた。居間の本棚から2色刷りのリソグラフプリントによる図録ZINE『ひとりみんぱく45』(生活綴方出版部)を取り出して見開いてみてわかった。自分は弁当店のエクステリアから、赤と黄色のインクで刷られたページの風情を連想したのだと。ぼくがこのZINEを手にしたとき、いちばん心ときめいたのは『ひとりみんぱく』国書刊行会版にも載っている朝鮮民画だった。と松、カササギ(カチガラス)をセットで描いた絵は吉祥の願いがこめられているとされ、この絵は稚拙ながらとりわけ素朴で味わい深い描きぶりだ。ぼくはこんな民画がいつか欲しいと憧れていたのだが、木挽町「森岡書店」での出版記念イベントの際、所持する松岡さんに入手法を尋ねてみた。すると、ヤフオクにもよく出品されてますし難しくないのではと、呆気ない返答。確かにネット上でさまざまな民画が手頃な値で出回ってはいるのだが、画風の華飾が過ぎて自分が佳いと思えるものはなかなか無いのだ。しかし、なんだか助言に勇気をもらえたというか、根気強く探し続ければ、自分でも手が届く一枚に逢えるのかなと前向きな希望が湧いてきた。

で、森岡書店を出ての移動中、早速メルカリを何げなく検索していたら、まさしく理想の民画にヒットしてしまったから、もうこのタイミングは運命的な導きと思いこむしかない(笑)。値段もなんと1,000円ほどだったので即購入。

もちろん、オリジナルでも写しの複製でもない。倉敷民藝館が所蔵する『四瞳猛虎図』(19世紀に描かれたと推測)のポスターである。非売品だったのかは不明だが、館内に展示されていた一枚だという。四隅に小さな画鋲跡はあるが、とても美品で、売り手は丁寧誠実に梱包し、ぼくの手元へ送ってくれた。選者は初代館長の、尊敬する工藝家であり民藝運動の先達、外村吉之介さん。素人とは思えない構図と描画、それでいておおらかな風情に眼と心が奪われた。ポスターではあるが、家に飾って西陽の照射を気にせず毎日眺めるのはこれくらい気楽な方がいい。それに展示物がこれほどミントコンディションで保管されていたこともある意味、奇跡ではないかと嬉しくなった。

嬉々としてダイソーのポスターフレーム(A2サイズ 税込550円)で額装し、居間の埃をきれいさっぱり祓ってから早速ディスプレイした。

朝鮮からの渡来説がある佐賀県の県鳥カチガラスを模った古来よりの縁起玩具、尾崎人形とそれを描いた佐々木一澄さんのイラスト(ポストカード)を額装の上部へ配置。

その右には数年前、秦野の造園学校に通っていたとき、剪定練習で入った校庭で見つけた大王松の松ぼっくり、佐々木さんから譲ってもらった浜松張子の愛らしい虎を。

その下には虎の文様を連想させるタカラガイの貝殻(宮古島沖の海底洞窟内で拾った)と、島根県松江市、湯町窯のスリップウェアを留めた。

左手には韓国オンドル紙(油紙)で作られた魔除けの虎と、それをモチーフに型染めした山内武志さんの手ぬぐいを配置。

さらに右下には親しい工藝品店「讃々舎」高梨さんの確か自宅にあった物だったか、娘さんが描いたインドの葦椅子「ムラ」の絵を添えた。

具象、抽象混じえ、佳き縁で集まってきた愛おしき物物を陳列して出来た居間の虎コーナー。この景色は一種の昂揚感をもたらすようで、ただくつろぐだけだった場に活気が差してきた。断片から連想を重ね、楽しみを膨らませていく。ぼくはそんな嗜好をもつ珍奇な男である。

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