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柿落としは、つがおかさん

葉山一色海岸近くの数寄屋建築を活用したモダンなギャラリー&ショップ「MOMOYAMA」がオープンした。かなり以前はカジュアルかつ上質な割烹料理店だった場といえば、地域の住民はピンとくるのでは。

我が家からは歩いて1分の立地だから近代美術館に並んで日常的にふらっと目指せる、自身には気軽なアート空間がまた増えたことが嬉しく、最初の企画展示が親しいイラストレーターつがおか一孝さんの仕事を全方位で網羅するものだから、なおさら嬉々として向かった。

フライフィッシングのシーン、アウトドアの道具やウェア、犬、懐かしい町の風景など、さまざまな雑誌や書籍、広告など多様なニーズにじっくり応じ、職人気質の手描きのイラストを一貫して手掛けるつがおかさんの仕事ぜんたいを俯瞰できる充実の内容。これほどの規模とは予想していなかったので驚いてしまった。

英国カールトン・サイクル社が米国で少数生産した希少なロードバイクなどの長年使いこんだ愛用品が原画のそばにさりげなく飾られている。深い愛着が伝わる道具の佇まいに心奪われて物好き男としては原画作品以上に見入ってしまう(笑)。なんて格好いいんだ! 

選択眼のセンスに痺れ、ただ憧れてしまう。本当に佳いモノを選び抜き長く使う。道具選びのスタイルは師匠と呼びたくなるほど崇敬しているのだ。「だからね、鍋ひとつ選ぶのも大変なんだ」。その悩み、よくわかります!

フライフィッシング・ベストのデコレーションがまた素晴らしい。ペプシのノベルティだった『Star Wars ep.1 ファントム・メナス』のスナック・クリップをさらっと挟んじゃったりして。つがおかさんのお茶目さが心憎い。

ルイ・ヴィトン製ロッドケースが立て掛けられたりも。これには仰天。亡くなったフライフィッシャーの友人から譲り受けたものだそう。つがおかさんの人脈を物語る逸品だが、道具としても最適な人に継がれてきっと喜んでいるに違いない。原画の額装と配置はもちろん、こうした愛用道具のディスプレイからも洗練の美意識が感じられ、眼と心の学びになる。

この日、持参して展示に添え加えたカール・ツァイスの双眼鏡。東ドイツ時代の超一級品だろう。まったくもってして道具選びに妥協なし。

釣りをテーマにしたコーナーには水に浮かべ、狩猟や釣りのおとりとして使う鴨のデコイを。「実用に徹しているところがいいでしょ?」と嬉しそうに笑うつがおかさん。無邪気な表情が永遠にピュアな少年魂をまさに想起させる。赤いリボンを巻いたのは洒落だろう。

天井を見上げたら、2つのカラビナを留めたクライミング用のスリングが眼に入りビックリ。家でいろんなものをこうして吊るしているそうなんだけど、このアイデアをここ数日、個人的に模索していたもんだから、理想の解答が明示、差し出されたようで、偶然の景色に感激の声がつい漏れ出てしまった。マットな質感を帯びたカラビナのシルバーの色合いと骨格ある造形、スリングの色と文様のマッチングが渋く洒脱だが、こうした物のディテールを慎重に見極めるのは、イラスト作品のモチーフになることを常に意識しているからだとか。

大事に長年に渡って使い続ける私物はおのずと美しくエイジングするから格好の作品モチーフに育っていくのだろう。ちなみにヒダのひとつひとつがリアルで立体的な質感に息を呑むレザージャケットの絵は借りた一着で制作。描き終えたあとは返却したそう。つがおかさんは実物を前に絵筆を取り、精緻に写す。その姿勢は普遍で揺るぎない。

つがおかさんが表紙の絵や挿画を担った書籍も展示され、一部は購入可能だ。

つがおかさんが在廊時にはサインをしてもらえるから、以前から読みたかった『エベレストには登らない』著/角幡唯介 (小学館刊)を買った。表紙のほか、本文中に角幡さんの愛用道具を描いたつがおかさんのイラストがふんだんに盛り込まれているのがたまらない魅力。

つがおかさんの作品をプリントしたオリジナルTシャツも素敵。

余白たっぷりのテラスも併設し、ここはカフェにする予定だという。とにかく敷地が広くゆったりしているから個展会場としてはこの上なく贅沢な場所なのじゃないかな。葉山一色の眩い光と山と海からの風、のどかな空気感を感得できるこのギャラリーは出展者を募集中。葉山在住のアーティストはぜひ手を挙げてみては。

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