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構造を耽美

展示室の一部にも自然光が差しこむ東京都現代美術館。その劇的な空間で自分史上最高の展覧会を堪能し尽くした。ほぼすべての作品が撮影OKの寛容さもあり、穴の開くほど細部を凝視し、昂り、スナップしまくり。

至上の眼福体験に興奮冷めず、深夜まで寝つけなかったほど。一晩明けた今も呆然と高揚感と幸せの余韻に浸っている。

フランスの鉄鋼の街、ナンシーで画家の父、音楽家の母のもと生まれ育ち、鋳鉄職人、金属工芸家として先進的な建築家と協働してものづくりをしていたジャン・プルーヴェ。

素材の特性、部材の構造を熟知する彼は堅牢で機能美に満ちた家具や建造物をデザイン、制作し、フランス・モダニズムを牽引する非公認の建築家となっていく。

「構造ありきの建築」「作れないものをデザインしてはいけない」という信条を持つ彼。『構造の人』と謳われ、『構築家』と自認した理由をよく理解できる素晴らしい展示構成だった。

それは企画を担当した、プルーヴェ家具コレクターのアートディレクター八木 保さんと、パリのギャラリー・パトリック・セガン(Galerie Patrick Seguin)の深い見識と創造性に拠るところが大きかったのだろう。

分解と組み立てが容易な建築ファザード(組み立て式のパネル状外壁)や家具それぞれがどんな構造をしているのか、接合部のネジやボルト、フレームなどの部材までじっくり観察できる配慮がされているから部材マニアにはたまらない。

マイナスネジと六角ボルト好きな自分はまさに細部に神が宿るとばかり、眼と心がひたすら奪われ続けた。これらの接合部品はスムーズに緩め締められる高い機能だけでなくシンプルに佇まいが美しい。改めて見惚れた。フランスらしいクールで淡い色味のセンスにも。

ジャンが見出し多用した、大量生産と加工が容易いアルミニウムの造形と軽やかな質感、経年変化の雰囲気にも魅せられた。軽量化と採光、換気効果を伴うパンチング(孔開け)の工夫にも。

武骨さに洗練がミックスしたかたち。外光やライトの灯りが幻想的な影を幾重にも生み、ジャンの魔法を映し出していた。展示壁の色合い、秀逸なライティングも賞賛したい。

個人的に、とくに魅了された制作物は2つ。まずは自転車。この格好良さ、ヤバいでしょう。タイヤを着脱するパーツのアール・ヌーヴォー的デザインといったら。うひゃーと声が漏れ出ちゃいました。後輪泥除けのパンチングは洒落の装飾かな。

そしてもうひとつはこの展覧会に足を運びたかった最大の理由である、戦時、戦後の極限状況に対応し、解体・移築が可能なプレファヴ住宅の展示。地下2階に据えられた《F8x8 BCC組立式住宅》は展示ハイライト的な存在。自然光が注ぐ環境で、屋外で眺めているような陰翳深い外観、インテリアを愛でられる。

部材の構造と組み立ての工程はギャラリー・パトリック・セガン制作の映像が伝える。いかに効率的に建造可能なのか、よく理解できるし、再生、移動できるフラットハウスへの憧れがいっそうと募った。

よりその想いが極まったのは4m四方のコンパクトな《4×4組み立て式住宅(ミリタリー・シェルター》の模型と設計図を眼にしたとき。終の住処はこんな小屋に暮らしたいとかねてからの夢想に捕われ、しばらくショーケースの前から動けなくなった。

かなわぬ願望とわかっていても実際の姿を観るとあふれる想いが収まらなくなる。

美術館を後にしたら、深川の町中華店や和菓子店に寄りつつ界隈の散策を愉しもうと考えていたが、もうお腹いっぱい。スルーして門前仲町を抜けて牡丹町の「鳥末」で焼き鳥、セブンイレブンで缶のビールとシュワシュワ白ワインを買って隅田川のテラスへ。

帆船を望む佃島、実家近くのマイスタンドバー。川風にそよぐヨシの葉音、初秋の爽快さに鎮まる。今が水辺呑みのベストシーズンかも。

屋形舟が通ると、少し遅れて寄せては返す護岸川特有の波。

ざわざわしたその都会的リズムにまた心酔が深まっていく。

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