見出し画像

プチ旅な通勤路

東京に週五日、通勤していたころ、何時何分の逗子駅発横須賀線に乗るか、どの車両のどこの席に座るか決めていた。毎日変わらぬルーティンを遵守し、自分なりにくつろげる小さな空間に収まることで安心感のようなものを得て、都会に向かう苦行、ストレスを少し紛らわせていたのかもしれない。まわりを見渡すと乗客の顔ぶれや位置はほぼ変化がなかったから、この厳密なマイルールに乗っ取る人は多いのだろう。

現在の職場がある横須賀市久里浜へは葉山の家からバイクで行き来している。鎌倉から転属後しばらく葉山上山口、木古庭(きこば)という「葉山マウンテンサイド」を経て、横須賀のバイパスを駆け抜ける、最短距離でアクセスできると思われるルートで通勤していた。しかし、この経路は風景が味気ない上、冬に入って視覚のみならず寒々さを体感するようになり、多少遠回りになるが、本能的に葉山一色から海沿いの国道134号線で三浦半島を南下するパターンに変えた。

林交差点を曲がって須軽谷、高円坊、津久井のミカン畑、農道へと分けいる道幅の狭い裏道はなかなかにローカルムードが満ち、かつスリリング。

途中、広大な畑が視界を占める劇的なビジュアル変化が楽しく、朝焼けに染まる富士山や、宇宙観測施設めいた関東総合通信局のアンテナ群と根菜類畑が隣り合うシュールな景色を眺め、ちょっとした旅気分を味わい風を切っている。

京急長沢駅脇を過ぎると東京湾に突き当たる。そこから温かな朝陽と海風を受けて野比へと移動するひとときがたまらなく心地よい。

30年ほど前、野比海岸そばに友人が暮らしていてよく遊びに寄っていた。どこかのんびりとした土地の空気感は当時と不変のように思え、ノスタルジーで胸がキュンとなりつつ、尻こすり坂を登り降りて久里浜へ。朝早く仕事に赴く憂鬱さをこのシン通勤路が和らげてくれる。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?