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エルマリートと時々歩く

ライカを散歩の友にするようになったのは1995年ころだったかな。M6というフィルムカメラが新品で20万円ほど。銀座のレモン商会には今では信じがたい安値で並んでいた。M6に合わせて選んだのが広角レンズのエルマリート28mm f2.8球面。1964年から現在まで改良を重ねて造られている定番製品。ぼくが入手したのは、その第四世代、1993年から生産が始まったモデルだった。

地味で平穏な描写は癖が無く、個性派揃いのライカレンズのなかでは面白味に欠け、肉眼で観る実像に近い絵はくまなく目前の様子を捉え、とても凡庸。それが佳いとジャーナリスト的写真家に好まれているようだ。エルマリートでのスナップは色味が渋く、ボケ味は薄い。

その平凡さに少し華を加えたくてカールツァイスの古いソフトフィルター「ソフター2」をレンズにかぶせた。このフィルターはハイライト部(光輝く部分)をにじませ写真を柔らかで幻想的あるいは詩的な雰囲気にする。この組み合わせにしてから若干の高揚感を得て、エルマリートとともに時々出かけたくなった。

先週末は実家の佃島に帰ったので、銀座の書店に寄ってから築地を経て月島まで、雨上がりの街を撮り歩いた。

懐かしい感情が湧き上がってくる、なんともレトロな色合いが郷愁を誘う。

路地裏をぶらぶら。震災後に建てられた看板建築の宝庫だった築地も急速に開発で古き佳き建物が壊されている。いちばん惹かれるこの美しい家はまだ残っていたと深く安堵。

東京ならでは。ライトアップされた橋を渡る。三脚が必須なスローシャッターだけど、エルマリートは軽いから、暗がりでも手持ちでなんとかいける。この軽快さが瞬間を逃したくないジャーナリストに好まれたのだろう。

隅田川を望むデニーズ。温かな灯りが闇に浮かぶ情景はエルマリートが得意にするところ。

月島の運河でひと休み。水辺と親しむ遊歩道はぼくが幼いころからあった。そんな親水タウンの環境に大きな影響を受け、川へ海、そのそばに住まうことへの憧れを強めた。

そして、月島長屋エリアのサイゼリヤに着く。画面周辺部が暗く滲むのが古い球面レンズの特性。最新レンズでは隅々まできっちり撮れてしまう。弱点を風流とするかどうかは使い手しだい。

散歩の軌跡を振り返りながら、またひとりサイゼ。安ワインが沁みる至福のひととき。寝床までは歩いて数分。

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