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ずっと佳いイームズ

28年前、尊敬する編集者、岡本 仁さんによる企画、雑誌「BRUTUS」の特集『イームズ/未来の家具』(No.342 1995年5月15日発刊)に衝撃を受け初めて椅子を購入した。ロサンゼルスのオフィスにてチャールズ&レイ・イームズがデザインした1950年代製、オリジナル2種を。観たことのない独創性に魅せられたが、革新的で洗練された造形が大量生産を前提に発案された工業製品だとわかり、そのクールさぶり、普遍的な格好良さに痺れた。

イームズ特集号に掲載されていた青山・骨董通りのインテリアショップ「ミッドセンチュリー・モダン」に通い、1950〜60年代の優美な雰囲気とカリフォルニアの陽気を想起させるポップなイエローの色味を眼にしていたらもう欲しくてたまらなくなり、安月給の会社員には不相応な値段の椅子を衝動的に迎えてしまった。

左は鉄のワイヤーを巧みに構成した軽やかな佇まいの『ワイヤーメッシュチェア(通称ビキニチェア)』にエッフェルベースとも呼ばれる脚、ロッドベースを組み合わせた『DKR(Dining Height K-Wire Side Chair Rod Base』という個体。北米家庭での使用を想定したものと思われるが、靴を脱いで生活する日本の家では脚が少し高く、座ると踵が浮いてしまう。

アート作品のように美しいが、実用性が伴わない(現行品のエッフェルベースは日本向けに改善がなされていると思う)と評価されたのか、店の片隅で2脚が売れずに長く残っていた。我が家は土間で靴を履いて食事するので、かえってこの短所が塩梅良く、2脚一緒に買い取るからと店主の須田さんに伝えて交渉し、特別にディスカウントしてもらった。

右はプラスティック・グラスファイバーグラス素材で製造した『アームチェア』を揺れ椅子化している『RAR(Rocking Arm Chair on Rod Base)』なる個体。脚には他にもたくさんのバリエーションがあるが、いずれの脚を付けられるようマウント部の位置、仕様は共通。上下でマウントの幅が異なるのは椅子をスタッキングする用途に応えるため。このように多様なニーズや好みに対応したシステマチックな工夫と、アメリカンなウィットに富みつつ簡素なコードネームにグッときてしまうのである。

食卓を囲う椅子、居間で憩う椅子。コレクション目的ではなく、あくまでイームズが望んだであろう気取りないカジュアルな道具として自分の日常で使い続けて30年弱。たまたまイームズ研究の決定本『Eames design』を久々に再読していたら、他のタイプの脚にふつふつと関心が沸き起こり、ネットで検索してみると当時の物がわりと普通に出回っている現況に気づいた。それで、そろそろ普通な雰囲気のXベースに替えて『DAX(Dining Arm Chair on X Base)』に変貌させようかと手頃な脚を物色し始めたが、なにしろ半世紀以上前のオリジナルは有限品。昨今の北米におけるヴィンテージブームも作用してか、服と同じくいっそう希少になり価格も高騰中と判明。いやいや無理と我に帰って物欲を自制せざるを得なかった。(笑)。

それでいちど盛り上がってしまった交換したい欲を収めるべく手持ちの『DKR』と『RAR』を脚だけ交換することにした。ただ、脚を留めるマウントは共通とわかってはいても実際スムーズに替えられるのか不安はあった。

果たして心配は的中し、『RAR』の座面(シェル)に脚を接合する部分のパーツ「マウンティングクリップ」の溶接が破断していた。購入してほどなくゆらゆらと身体を預けていたときバキッと嫌な感触の音が聞こえたのだが、やはり一箇所壊れていたのか。それでもずっと意に介せず、座ってきたが、今回の交換を機に現実と向き合い、修繕にトライした。

本当は鉄工所に持ち込んで再溶接を依頼すべきなのだが、面倒で金属どうしを強力に接着可能と謳うセメダイン『メタルロック』を安易に頼る。だが、荷重がかかる箇所のはずなのに接着面積が異様に小さいためか、塗って一日放置してもポロッとあっけなく剥がれたのだった。

まぁ、まだ3箇所接合できるんだから多少はグラグラしても大丈夫かなと、いい加減に適当に考えて作業を進めた。楽観的な性格で良かった(笑)と改めて思う。ちなみに接合に用いるネジも1個全くダメダメな不良品が混じっていた事実を分解工程で見い出し、北米人のおおらかな仕事とその適当な姿勢に笑いがこぼれた。まぁ、おおむね問題なしだし、自分も似たような気質だからOK。

パーツに欠陥があったものの、実作業は4つのネジをはずして締め替えるだけ。わずか数分で華麗なる変身コンプリート。あまりに簡単で、イームズ夫妻の天才ぶりに心底感動した。

エッフェルベースは肘当てのあるシェルとダイニングテーブルとして活用しているコーヒーテーブル(イームズ夫妻も自宅で使用していた)との相性が抜群に優れ、まったく違う感覚で食事を楽しめるようになり、食卓の景色も視覚的にも体感的にも劇的に一変した。

ロッキングチェアに生まれ変わったワイヤーメッシュチェアも軽快なより揺れ心地で、肘当て無しのシンプルな方が自分にはベターに感じた。様変わりした双方のイームズ・チェアともリラックス度が増して結果オーライ過ぎて、新たなイームズチェアを迎えた感銘を覚えた。

脚の設置面を保護するパーツ「グライズ」がボロボロなのがちょっと気になるけれど、しばらく様子みようかな。日本でもこのパーツがいまだヴィンテージの純正品、あるいはリプロダクト品で入手できるんだから、まさにイームズは未来を見据えた椅子を創出していたんだね。

直し、替えながら、これからもずっとずっとイームズのデザインを愛で尽くしていこう。同じく北米西海岸で発祥したパタゴニアの製品と通じ合うイームズの美しき工業製品。讃える言葉も同じだ。「新品よりずっといい」

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