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光と影、葉山

今夏いちばんの酷暑と感じた海の日。クーラーのない我が家が高温となる午後3時過ぎ、これはたまらんと家から歩いて数分、海辺の近代美術館葉山へ企画展「挑発関係=中平卓馬×森山大道」をビーサン引っ掛け観に行った。

ぼくが生まれる前年1964年に出会い、互いに逗子で暮らしていたことから頻繁に交流し、刺激し合った二人。葉山、逗子を中心に神奈川県内で撮影された両者のスナップ作品を選び、比較展示している。街歩き、日常のスナップを愉しみにする者には魅力的な構成だろう。

映像作品以外は作品の撮影OKなのはファンには嬉しい限り。入場時には大きなデジタル一眼レフやクラシックな二眼レフを肩掛けした来場者を散見し、いつもに増して濃厚かつコアなムードが漂っていた。森山さんについては多くの関連著書のなかで『光と影』講談社刊の復刻版に興味津々。毎日、パラパラと気楽に眺められそう。古書を探してみようかな、と思ったけれど、現在の葉山、逗子、鎌倉をデジタルカメラでスナップした『Nへの手紙』(月曜社)により惹かれる。この本に掲載される、さりげなく光と影をあるがままにとらえた風景、撮影姿勢にいっそうの共感を覚えたから。森山作品の代名詞である光と影の強烈なコントラストが抑えられ、見た目に近い明暗のトーンがとても心地よく思えた。しかも、撮影地は自分の生活圏。作品を撮った場所へ、時季と天気、時間が陰翳深い状況でふらっとスナップ散歩しに行くという愉しみもぼくの日常にもたらしてくれそう。

買い物ついでに逗子駅前のバスロータリーでスナップした一枚。葉山大道の文字とマスクをした女子学生に瞬時に感応したのだろうか。森山さんの名前はこの交差点名にちなむという噂があるが、さて真実は? レンズはいつも手にしているという21mmか、尻ポケットの28mmか。買い物袋にカモフラージュされるなにげない瞬撮、速写性が高いコンデジらしいシーン。

中平さんが撮った葉山。観てすぐに三ヶ下海岸前のあの案内板だとわかった。

翌朝、通勤前に同じ被写体に75mmレンズで向き合って撮ってみた。背景の岩礁の露呈度や構図内の大きさ、ボケ加減。そして柵の写り具合から、中平さんは通りの反対側にしゃがんで200mm近い望遠レンズを向けて撮影したと推察できる。時間は光がしっとりと劇的な日没直後の大潮の最干潮時。そのタイミングにここに居たのは偶然か、または元雑誌編集者の本能からくる緻密なリサーチによるものか。柵の水平、垂直をきちんと取っている点には奔放ととらえられがちな中平さんの繊細な一面を伺わせる。この1ショットを収めるまで何度も慎重にカメラを縦位置で構えたのだろう。こうしたさまざまな想像を膨らませられるのが写真作品の現場における「写し」の醍醐味。『Nへの手紙』を入手して、しばらく家の近所で森山さんの眼と心を感じ察る散歩に興じるとするかな。

美術館を出たのは真夏の16時半過ぎ。カメラをモノクロモード、高感度に設定し、光と影を撮りたくなるのは森山さん効果か(笑)。さすがの影響力に感服しつつ、しばらく陰翳を強く意識したスナップに心踊らせてみよう。

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