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横浜輪行

初夏を思わせる陽射しが強烈な日曜日。プチメンテを施し、試走も軽く済ませたロンドン製折り畳み自転車ブロンプトンで輪行散歩。食と物の欲を深く満たしたいから、半日ほど周遊する横浜で惹かれる店や空間をリサーチし、どう回るかコースどりを事前にプランニングし、寄りたい場所をiPhoneのGoogle MAPSにマーキング。ナビはこのアプリの音声案内をAirPodsに飛ばしておこなう思惑だったが、これがじつに上手くいった。自転車でのルートを設定したら、地域特有の急な坂道を極力避けつつ、車の通行量が少ない裏道経由の最短ルートを示し、導いてくれた。

今回のメインテーマは『コクリコ坂から』。あのアニメに登場する山手界隈を中心に横浜のハイカラ、異国文化を観て、食べ、買おうと考えた。

柳宗理デザインの設備

まず目指したのは、横浜市営地下鉄の吉野町駅。1972年に工業デザイナー柳宗理がこの地下鉄のためにデザインした設備群。その多くが撤去され、現存するものは僅か。吉野町駅には水汲み場とベンチが残っていると昨秋に地元の利用客が確認している。祈るような気持ちで訪ねたら、まだあった! 視界に入ったときの昂りと悦びといったら! 安堵しつつIKEAのゴミ袋(?)『DIMPA』に収納したブロンプトンを置き、できるだけ消失しないよう祈念写真。柳宗理ファンは早く巡礼することを勧めたい、絶滅危惧作品ですね。

郷愁誘う海に続く運河

海とつながる運河にはいつもときめいちゃう。そんな運河が周囲にたくさん流れる東京佃島で生まれ育った自分は潮の香りが漂い、作業船が行き交う運河の景色に懐かしさと親しみを覚え、胸がキュンとなる。吉野町駅近くの堀割川はぼくに道楽、散歩の愉楽をいっぱい教えてくれた亡き祖父の出身地そば。川遊びとハイカラ好きな横浜っ子の祖父が佃島に移住したのは、横浜に似た景色に安らげたからではないか。そう想像しながら、川沿いをゆったりペダリング。川から街に入っていくと「ラダー」という洒落た名の酒場に遭遇。

エクステリアが眼に留まる直観に従いスナップ。蒼いタイルと江戸時代にオランダから渡来し、水路に自生する和蘭海芋が美しく、かつて渡来文化が華開いた地域性を象徴していた。

磯子のモダンハウス見学

堀割川から離れて、立派な磯子の屋敷を横目に金属の輸入業を営んでいた旧柳下邸へ移動。一方通行の狭いローカルロードの奥にひっそりと立つ家が無料開放されているのだ。土地勘が無いと車ではとてもアクセスする気にならないロケーション。自転車行だから初めて見学する気になった。

モダンな建具、インテリア。和洋折衷の建築は深い陰翳を生み、そこに眩い光が差す。その劇的な光景を日常的に愛でるために設計が熟慮されたのだろう。まさに陰翳礼讃な建築家と住人の美意識に心酔、敬服。外国貿易の事業成功者と趣味嗜好の佳い数寄者が同一だった横浜南の往時を偲ぶ。

海と街をつなぐ堀割川、そして瀟酒な屋敷。『コクリコ坂から』の世界に没入するようなシーンに魅了された。

アウト・オブ・中華街でランチ

横浜観光でランチといえば中華街に向かうのが順当かもしれない。ひねくれ者の自分は王道を外して山手にある庶民派食堂を選んじゃう。中心地であえて群れないアウトロー的な気概もリスペクトしつつ。というわけで、外観が映える「奇珍」に寄ろうとしたら店前に長い列が。並ぶ根性が無いので、近くの「李園」に移ったら、かろうじてカウンター席に滑りこめた。数分後にはこの店にも行列ができたからラッキーなタイミング。その幸運も機動力ある自転車が招いてくれたのかも。

『排骨冷やし麺』が抜群に旨い。細い麺が好みだし、カリッと揚げた油も佳いのだろう。美味しい余韻を残し、もたれることなく夕方早めにまたお腹がぐーっと鳴った。この街角の名店があれば、中華街に行かなくてもいいかな。

世界の工藝を観る、買う

元町のストリートを抜け、谷戸坂と外国人墓地の狭間にある、ずっと気になっていた工藝店の門をついにくぐる。こんな所に!と最初の訪問では驚くかもしれない。民家が店も兼ねていると示すのは門付近の控えめな看板とそっと飾られる異国工藝品のみ。諸国のユニークな生活民芸、工藝品を集め選んだ「巧藝舎」は密かに、濃密に「好き」という情念が満ち溢れる空間で、庭のディスプレイを眼にして圧倒された。

メキシコ・オアハカのフォークアート、イランの蜂の巣タイル、分厚い吹き硝子、韓国の白磁陶板など惹かれるものが次々と眼に入る。

芹沢銈介、濱田庄司、外村吉之介、松本民芸館と「ちきりや」創業者である丸山太郎など民藝運動の大先輩、そして100歳にして現役の染色工芸作家の柚木沙弥郎さんの自宅やアトリエを彩った工藝品の多くはここから出ていった物なのかと感慨に耽る。買う物は決まっていたが、快活な店主、小川能里枝さんの収集の背景話を聴いているうち瞬く間に時間が経ち、場を去りがたくなった。

求めたのは、ペルーのフリで作られたブリキ素材の十字架。屋根に差して守護を祈る細工だが、作り手は屋根職人の一人のみになってしまった上、最近は雷がこの細工によく落下するようになり、木製に置き換えられつつある。そこをなんとか!とおじさんに頼みこんでオーダーしているそう。廃材を利用し、材料代はかからないとはいえ、手間がとてもかかる仕事。消えてしまう日も近いかなと思いつつ、自由気ままな造形と色彩のバリエーションに眼が泳ぎまくりながらひとつを選択。ふぅ、なんともワクワクする迷い時間。久しぶりの感覚。李朝のスッカラなど次に欲しい物を心に留め、後ろ髪引かれて店を出た。

デニッシュとコーヒーで締める

右は『あんこフランボワーズ』、左は『マッチャとカシス』

おやつに甘いパンを買おうと元町のベーカリーを目指して坂道を降りる。王道の「ウチキパン」を覗くと店内はラッシュアワー並みの混雑。うひゃーっとたじろぎ、近くの「オー ト ウー」へ。望んでいた理想パンを無事入手できた。何ごともBプランを想定しておく周到な自身の性格への褒美かな。選んだのはあんこと抹茶餡に果実の酸味を和えた和洋折衷のデニッシュ。そのアイデアと佇まいがハイカラなパンを携え、元町から自転車で数分の「カフェ エリオットアベニュー」へ。至福の一杯、深煎り豆の『アメリカーナ』を淹れてもらい、外のテーブル席で堪能。半日で横浜のさまざまなハイカラに会えた散歩に満ち足りて、最寄り石川町駅前でブロンプトンを畳んで15時台に葉山の自宅に帰る。

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