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水の戸をめぐる散歩 中編
父が小学生時代を過ごした水辺、本家があった地域は町名が変わっただけでなく、往時を偲ぶ断片も無く、落胆しながら那珂川の上流へ土手を遡って歩いた。ローカルなJR水郡線が走る橋を過ぎ、水府橋あたりから街に戻った。
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立派な植栽の家が眼に入ると、つい表札を確かめてしまう。
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風水的な役割で水戸商工会議所が設置したという獅子像に見入る。水の都は風水との関わりが深い。水戸も例外ではないようだ。石像制作は中国出身の現代美術家、蔡國強さん。あっけらかんと無造作な有り様が佳いが、そのおおらかさは水戸の市民性なのだろうか。この獅子像の先は水戸城跡を含めて城下町に続く坂道。高低差は20〜30m、かつては「上市(うわいち)」と呼ばれた細長い台地上にできたエリアだ。那珂川からの登りは案外きつく、汗が噴き出る。歩くと水戸の地形をよく体感できる。
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父が水戸で過ごした数年間に存在していたものをスナップして報告し、見覚えがあるかと尋ねたいと思った。それで現存する古い建築物を散歩ルートに織り込んだ。これは良質な水道水を市民に供給するため、昭和7年(1932年)に造られた「水戸市水道低区配水塔」。つい先ほどまで歩いていた、那珂川低地に位置し、河港として発展した下町「下市(しもいち)」地区の住民に良質な水道水を提供するために設けられた塔だとか。窓まわりのレリーフ、ゴシック様式風装飾がなんとも見応えあるが、脇に立つ流量計室により惹かれた。
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いわばゴージャスな作業小屋。簡素を極めた小屋も佳いが、こんなスタイリッシュな狭小空間で生活できたらと夢想に耽ってしまう。
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国登録有形文化財なのに過剰保全されていない佇まいが素晴らしい。水戸らしさにまた感心。なんだろう、このなんとも緩い感じ。
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向かいにそびえる豪壮な建築は「茨城県三の丸庁舎」。昭和5年(1930年)に建設された近世ゴシック建築様式。下市地区に暮らした親父は、なんと配水塔も庁舎もまるで覚えていないと言う。ハイカラな建築に興味なかったんだろうね。そこは継がなくてよかった(笑)。
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台地の東端部に築かれ、大規模な土塁が特徴だった水戸城跡を横目に、城下町の立派な商店が軒を連ねる黄門さん通り(国道50号線)へ。その南町一丁目にある老舗和菓子店「木村屋本店」に寄ろうと決めていた。
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お目当ては銘菓『水戸の梅』。父はこの菓子を懐かしんでいた。ただし、市内のどこの和菓子店のものを味わっていたのかは不明。江戸時代の万延元年(1860年) 創業「木村屋本店」の伝統的な製法を守る実直な姿勢をリスペクトし、今回はここの『水戸の梅』を食べてみたいと思った。散歩の途中に上質でとびきり美味しい和菓子を買うのは祖父から継いだスタイルなのだ。すぐ口にするからと極めて簡易な包装にしてもらいテイクアウトした。
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南町の先、泉町には市内随一の商業施設「京成百貨店」がでーん!と存在感を放っている。そのたもとにあるあんこう鍋の名店『山翠』の横には聡明な叔母と世界的なアルピニストのおじさん芳野満彦さんが営んでいた運動具店「モリ商会」のビルがかつて立ち、父はよく通っていたという。二人は亡くなり、ビルは解体。今は美容院になった場にカメラを向けた。
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モリ商会周辺は様変わりしたけれど、現在の様子を父に伝えたくて、通り向かい、こけら落とし直後の「水戸市民会館」の脇から入り、五軒町の「水戸芸術館」へ。情趣ある町名が残る地域。京成百貨店、水戸市民会館、水戸芸術館がある地区は『MitoriO』と愛称で街の活性化を担っているのだそう。ここまで足を伸ばしてシンボルタワー『塔』を仰ぎ観なくては!と観光気分で寄ったのだが、その脚元にある寿司店「可志満」に眼を奪われ、ときめいた。なんて味わい深いエクステリア。きっと佳い店に違いないと直観が走ったが、営業時間外。次の水戸旅ではここを目指そう。
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水戸芸術館の広場の静穏さも自分の琴線に触れた。その心地よさにまたじっくり浸りたいから、企画展示に今後チェックを欠かさないようせねば。再訪のプランニングが浮かび、高揚しつつ、次の目的地へ移動した。
つづく
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