見出し画像

オオカミに誘われて

生まれて半世紀を過ぎ、3年前に職の大転換をおこなった。そして今、また新たなステージに向かいそうなタイミング。いろいろ悩んでいたとき、たまたま入った逗子の古書店で一冊の本に逢い、その偶然に縁を感じてしまった。

ととら堂」の書棚で眼に留まった『わが家のクーヌー』。ぼくが生まれた翌年1966年発行、早川書房のペーパーバック。シアトルという都会でオオカミとともに暮らす内容以上にタイトルに惹かれた。ぼくの名前クノみたいじゃないか。そこに読むべき運命を感じた(笑)。

オオカミ直系のDNAを唯一継ぐ犬種、柴犬コロコと別れて4年が経過。

居間で弔う場と毎日向き合い、寂しさはいまだ癒えない。

コロコは不思議な霊力を備える犬で、近くのビーチで現世をさまよう生き霊の家族に遭遇した際も護ってくれたし、仕事に行き詰まったときも一緒に波打ち際を歩いていると、前向きな思考に戻れる気がした。ともに過ごした10数年の日々を想い、ときどき柴犬のルーツであるオオカミと野生を考察する本を読み返している。

神宮前「UTRECHT / NOW IDeA」
にて催された『野生めぐり展』展示風景

お盆のさなかは、いっそう回顧の念が強まる。オオカミ本に出会ってしまったのをきっかけに、ニホンオオカミを祀る神社を参拝してみようかと、この機会を必然とまで思いこんだ。目指すは『野生めぐり』(淡交社)の冒頭に載る、ニホンオオカミのかつての生息地、奥多摩の山中に立つ武蔵御嶽神社

葉山から2時間半の電車旅。最寄りの御嶽駅から御岳山ふもとのケーブルカー滝本駅までは多摩川へ山より流れこむ水流沿いに歩いた。

さいわいの曇り空。暑さやわらぎ20分近い徒歩移動も足取り軽やか。地域特有の石積みやヤマユリに心なごむゆとりも。猛暑合間の涼しさは霊犬の御加護だろうか。

せっかくの初訪問。御岳山山頂まで歩いて登ろうかと考えもしたが、翌日に鎌倉の霊園でのハードな仕事が控えていたので自重。御岳登山鉄道で楽々と御岳山駅へ。無理はしない歳頃。

駅から境内までは案外離れている。急坂が待ち構える前の平坦な参道では鳥居をくぐったとたんスーッと神妙な心地になった。遠くでは鳥が鳴いているのに、身のまわりだけはノイズキャンセルのヘッドホンみたいな完璧なる静寂に包まれる。あの心底鎮まる感覚はなんだろう。現世からの結界を越えたのか。人生初の体感。

ニホンオオカミ「おいぬ様」と対面を叶え、感無量。自身の好転を祈り、崇め、加護を願う。

苔むす御嶽講の石碑。関東でどの地域が信仰していたのか、ひとつひとつ観ながら、三角の造形に心奪われる。

その背後には、ひときわ霊力みなぎるおいぬ様が鎮座していた。ああ、ここまで詣でに来てよかったとしばらく凝視。

山を降りたら、御嶽駅近くの「あさぎや」でランチ。往路で見つけて佇まいに魅せられ、復路で寄ろうと決めていた。

築95年の民家をモダンに活かした空間。元は押入れだった土壁の席に着くことができた。

いただいたのは『オープンサンド』。ソーセージの美味しさに瞠目。

デザートは『レモンパフェ』。中層のレモンクリームの爽やかな酸味に心身が悦んだ。また、佳い店に会えて嬉しい。これも霊犬の導き。

佳き流れに乗り、多摩川沿いを歩き下って隣りの地区へ。葉山一色の酒店で新春のたびに求めているのが沢井に蔵を構える「澤乃井」こと小澤酒造。その直営店で辛口日本酒の利き酒を愉しみ、馴染みの酒蔵への親しみを深めた。沢井駅に登る坂で息をきらし、ほろ酔いで電車に揺られ青梅駅で下車。

街道に連なる古風な商店街。その一軒をリノベーションした「青梅麦酒」でまた憩う。関東近郊のクラフトビール8種をタップする店。

以前、青梅のアトリエで製作風景を取材させてもらった「Rainbow Leaf」平岩愛子さんの吹き硝子『ヒッチーグラス』にビールを注ぐことを知って以来、ずっと足を運びたかった。そのささやかな夢が実り、内心でじんわり感動しながら最初の一杯は我が家でも毎日愛用している小サイズで。選んだのは奥多摩の小さな醸造所「VERTERE」のクラフトビール。たっぷり汗をかいた身体に優しく沁みる多幸感に酔う。

あっという間に呑み干しちゃったので、2杯めはフルーティなビールをヒッチーグラスの大サイズでじっくり堪能。クラフトビールじたいを味わうのもじつに久しぶりな贅沢。真夏の昼酒、美酒の快楽に溺れ、新宿経由の電車内で爆睡して葉山まで帰る。

オオカミの護符を自宅の土間ラウンジに貼り、達成感に浸り、小さな、けれどグレートな旅を締めくくる。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?