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影の皇帝Archie Manning

はじめに

Archie Manning NFLを陰から操る、スターウォーズの皇帝のような存在…だと勝手に思っている私が妄想成分多めでお送りします。お付き合いください

若いときの苦労は買ってでもというけれど…

Archie Manningは苦労の多い人生でした。大学時代に父親が自殺して、大学を辞めようかと思ったこともあったようだ。
彼の能力は非常に高かったものの大学ではチームメイトに恵まれず、それほど勝率は良くなかった。
ドラフトではチーム状態の悪いセインツに1巡2位でピックされ、8年連続負け越した。9年目にはようやく勝率5割をあげるも、翌年は1勝、その次の年には3勝しか挙げられなかった。キャリア終盤でバイキングスに移籍するが結局14年の選手生活で先発139試合中わずか35勝しかしておらず、プレーオフ出場もない。生涯成績を見てみてもさほどパッとしない(現代NFLとは戦術/戦略が違うので一概に比べることはできないが…)

Archie Manning 通算成績

残念ながら、Archie Manningのプレーぶりをリアタイはもちろん録画でも見たことないので、詳細わかりませんが…
この成績でプロボウル2回(1978/1979)とセインツのリングオブオナーと殿堂入りしています。大学時代と一緒でよっぽどチームに恵まれていなかったということでしょう。そしてこの時の失敗と悔しさから学んだ教訓がPeyton&Eliたちに生かされていくわけです。

苦労の甲斐あって

case1:Peytonの場合

時は過ぎてPeyton Manningが大学3年生時のカレッジフットボール1996シーズンの終わりに、アーリーエントリーでNFLに挑戦するか、もう一年大学でプレーするかという局面。NFL DRAFT1997では当時、長年低迷中でチーム状態の良くないラムズにArchieはセインツでのことを思い出したのではないでしょうか… 結局Peytonは大学に残り翌年1998年のドラフト1巡1位でコルツに指名されます。この時マニング陣営はコルツがPeytonに良い環境かどうか何度も面談で確認があったというようなニュースを見た記憶があります。

case2:Eliの場合

6年後今度はEli Manningのドラフトがやってきます。
NFL DRAFT 2004の1巡1位指名権はチャージャーズがもっていました。そこでArchie Manning率いるManning陣営はチャージャースにピックされても行きませんよ宣言という暴挙に出ます。しかし結局Eliはチャージャースに1巡1位でピックされてしまいます。
その後宣言通り、チャージャースではやらないと駄々をこねて結局は、1巡4位でピックされたPhilip RiversとトレードされNYGへ行くことになります。
この時の理由が、チャージャースはRyan Leafをちゃんと育てなかったことを引き合いに出したとか、サンディエゴは田舎だから行きたくないとEliが言ったとか、諸説ありますが…

結果発表~♪

Archie Manningの経験が息子二人のドラフトにしっかりと生かされて、結果二人とも2度のSB制覇を含む大活躍で現役生活を終えています。自分のかなわなかった夢を十二分に叶えたのではないでしょうか…
むしろこのために自分の人生があったのだと思えるくらいの成功でしょう。

夢の続き…

Archie Manningの物語にはまだ続きがあったようで…ちょっと前に騒がれましたが、彼の長男の息子Arch Manning(Archieの孫Archで名前がややこしい)が2023年テキサス大に入るというニュース。
入学先を決めるにあたってだいぶ吟味した様で、まだまだArchie Manningの手腕が必要なようだ。
キャストは
皇帝・・・Archie Manning
ダースベイダー・・・Cooper Manning
クワイ=ガン・ジン・・・Peyton Manning
オビ=ワン・ケノービ・・・Eli Manning
ルーク・スカイウォーカー・・・Arch Manning
こんな感じでしょうかww 恐るべしManning一族…  
最後までお付き合いいただきありがとうございました。 Let's Go---!!

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