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HEXレンチを甘くみないこと

 HEXとカッコつけて書いてみたが、要は六角レンチである。今回はエレクトリックギターに用いられるアレンスクリュー、つまり六角穴のネジを調整するのに使うレンチ類について触れてみたい。


 趣味やお遊びの範囲でギターを触っているならともかく、音を出す道具としての精度を求めるプレイヤー/ギタリストにとって、弦高とネック反りの調整がいかに重要か、説明の必要は無いだろう。

 ただ、全てのギタリストが責任をもって自分のギターをセッティングしているわけではなく、楽器店に持ち込んでの調整を依頼することもある。

 私はその調整作業を請け負う側だったわけであり、お客様からお預かりしたギターを、店の看板と自分の名を背負って責任もって作業を完遂する必要があった。

 たかが調整で大げさな…と嗤われる向きもあろうが、店である以上は有料であり、お客様からおカネをいただいて行っていたのであることをお忘れなく。やってみればわかるが、お客様であるギタリスト、何よりそのギターのオーナーというのは概して要求の水準が高いものである、という事実だけははっきりとここに書いておこう。それでも哂いたければお好きにどうぞ。



 さて本題のレンチだが、このうちネック反りの調整に用いていたのはごくふつうの、L字型の棒レンチだった。楽器メーカーのパッケージパーツとして販売されていたり、それよりももっと安くホームセンターに売られているもの、またはそれと同格のもので十分だった。 

 あえて挙げればUSA製の、特にフェンダーのアメリカンスタンダード(現アメリカンプロフェッショナル)シリーズが厄介だった。ネック内部に埋め込まれたロッドキャップにしっかりと届き、なおかつ回した際に木部にキズや跡を残さないよう適正なサイズおよび形状のものを揃えておく必要があった。

 レンチ自体は当時の勤務先からほど近い工具店であっさりと見つかったが、1/8インチというサイズはホームセンターでは探しても見つからないかもしれない。

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 問題は弦高調整に使うレンチだった。

 フェンダーのUSA製品の、90年代以降の「モダン」スタイルのギター‐シリーズでいえば前出のアメリカンスタンダード、その上位のアメリカンデラックス(現アメリカンウルトラ)に採用のブロック型ブリッジサドルがなかなかの曲者で、純正の弦高調整用イモネジが錆びやすいのである。

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  また、中古楽器店では60~70年代のフェンダーも取り扱っていたが、やはりイモネジの錆びや固着にしばしば出くわした。

 ネジを回す前に浸透潤滑剤を振りかけたりワイアブラシで錆びをこすり落としたりするのだが、いざレンチを入れようとしてもネジにしっかりと「噛ん」でくれず空回りする。何度も繰り返すとネジ穴をなめてしまい外せなくなるのである程度で見切りをつけ、他の方法を探ることになる。これがなかなかの手間であり、外れないネジの数だけ憂鬱が募った。


 ある日、勤務先から少し離れた先に見つけた工具店で何気なく手に取ったのが

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(メーカーHP

PB SWISS TOOLのハンドル付きレンチだった。商品名のクラシックドライバーはしばらく後に調べて知った。

 すでにボンダス(BONDHUS)社の、クロームメッキが施された高精度なレンチを何度か使ったことがあったので、同様につややかな光をたたえたこのPBに思わず眼が吸い寄せられた。やや高額に思えたが、ものは試しと買ってみることにした。


 翌日、70年代のフェンダー・テレキャスターデラックス‐もちろんUSA製である‐の、赤錆を吹いて固着寸前のネジにこのPBを手に挑んだ。

 あの時の、錆の粉をまき散らしながらサドルからスルスルとイモネジが浮いてくる様は10年以上経った今でも思い出せる。レンチがネジの角(かど)にしっかりと食い込む感触は他のレンチにはなかったものだった。

 しかも、これはある程度使い込んでから気づいたことだが、レンチの、ネジに接する先端と、ハンドルを持って回す手元での狂いやブレがほとんど感じられないのである。つまり、回した際の「ねじれ」の発生が非常に少ないのだ。

 このおかげでネジに必要以上に力をかけて潰してしまうこともなくなり、安心して調整できるようになった。

 このクラシックドライバーは現在も仕事場で使用している。紛失されると困るので頼まれても人には貸さないことにしている。


 以来すっかりPBに全幅の信頼を置くようになった私は日本製ギターの調整に使う1.5ミリのレンチも

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 この「スイスグリップ」ドライバーに決めた。


 もっとも、他にも優秀なレンチ/ドライバーはあった。

 HOSCOこと細川が展開するアクセサリブランド、スカッド(SCUD)の

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ヘックスドライバーH-HEXSD127である。

 画像では分かりにくいがこのドライバー、グリップ部が太い。

 1.5ミリという細いネジだが、錆で固着していると回す際に意外なほど力が要るのも事実であり、この太いグリップだとグッと力をかけられるのだ。

 また、他のレンチに比べ長いのでギターを抱えながら調整する際の、これは人にもよるだろうが、姿勢が楽になるという隠れたメリットもある。何台ものギターを立て続けに調整するようなときに少しでも楽ができるのはありがたいことだったりする。

 また、先端と手元の間のねじれもほとんど発生しないので安心してネジを回せる。

 私は結局PBに回帰してしまったのでH-HEXSD127はお役御免となり、知人に譲ってしまったが、個人所有のギターを数台調整するぐらいのギタリストには価格や性能、使いやすさ等トータルで考えてもちょうど良いかもしれないのでここに紹介した次第である。



 もうひとつ、これはフロイドローズおよび同系のロック式ヴィブラートブリッジを搭載したギターのオーナーにお伝えしたい。

 海外製の特殊なモデルや、権利関係が整理されていなかった80年代のモデルでもないかぎり、フロイドローズ系ブリッジにはメトリック(ミリ規格)のネジが使われている。

 そのなかでも、やはりもっともよく締め、緩めるのはロックナットのロックネジであり、ブリッジサドルに弦を固定しているネジである。これはいずれも3ミリのレンチで調整する。

 

 これは複数のギターを所有した方でないとピンと来ないかもしれないが、ロックナットやブリッジサドルに使われている金属は意外なまでに柔らかいものだ。

 ロックナットのロックネジを毎回ギチギチに締めこんでいるとナット側に弦が押し付けられて溝ができてしまい、開放弦のバズ(ビビリ)の発生につながる。

 ブリッジサドルはもっと深刻で、締め込みが強すぎるとブリッジサドルじたいが、パキッという音とともに割れてしまうのである。こうなるともう弦のロックはできなくなり、泣く泣く交換パーツを探すことになる。 

 これが、フェルナンデスやESP等が販売しているパッケージパーツで代用がきくようであればまだいい。辛いのは、すでに製造終了しており簡単に同寸同形状のパーツが入手できないケースである。こうなるとダメもとでネットで探し回るか、あきらめて交換用のブリッジに出費することになる。

 

 このような事態を避けるためにも、悪いことは言わない、まともなレンチを手元に置いておき、ネジの締めこみは慎重に行うことだ。

 私が仕事で使っているのは

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 藤原産業SK11 T型ボールポイントレンチである。

 このSK11もまた先端と手元のねじれがかなり少ないので、かなり頼りになる。

 多くのギタリストは弦交換の際にレンチを斜め方向から差して回すことが多いだろうから、ボールポイントだとやりやすいはずだ。短いほうのレンチはロックナットのロックネジに使うと力が入りやすく、しっかりと締めこんだ感触が伝わる。

 なおこのSK11は多くのサイズを展開しており、ブリッジサドルをベースプレートに留め付けている

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このネジの主流である2.5ミリのレンチも販売しているので、機会があれば入手しておくようお勧めする。このネジは手汗で錆びることが多く、いい加減なレンチだとうまく回せずネジが潰れてしまうリスクがあるからだ。



 概してギターのオーナー、ギタリストは調整用の工具類に経費を割きたがらない。

 もちろん高額なわりに出番のほとんど無いような専門工具にフェティッシュに執着して散財するのも良いことではないが、今回ご案内したのはいずれも六角レンチというごく平凡な、汎用性の高い工具である。

 近くの工具店やホームセンターで販売されていなければネット通販という選択肢もある。自分のギターを理想的な状態で長く弾き続けるための最低限の投資として、ぜひ検討してみてほしい。

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