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Tube Screamerに思うこと

 アイバニーズ(IBANEZ)の歪み系ペダル、TSことチューブスクリーマー(Tube Screamer)といえば、すでにギターペダルの中でひとつのカテゴリーを形成する歴史的名作とされている。

 その歴史的名作っぷりには私も異議を唱えないが、しかし、万能かつ普遍の歪みを生み出すペダルかというと、そこまでは期待できないと思っている。

 今回はアイバニーズTSおよびその系統のペダルについて思うことをつらつらと書いてみたい。



 まずTSについてごく軽く触れておくと、アイバニーズの製造元である星野楽器が1979年に日伸音波製作所の製作によるOEM製品をアイバニーズのブランドで発売したTS808が始まりである。

 日伸音波すなわちマクソン(MAXON)は同じモデルにOD-808の名を冠して日本市場で販売したのだが、もともと北米市場に強い販路を持っていたアイバニーズのTSはUSA市場に多く流通した。

 そしてスティーヴィー・レイ・ヴォーンの愛用が知られて一躍人気モデルとなり、以降のTSは細かなアップデイトを受けながらアイバニーズ製品のラインアップに常に顔を出す定番モデルとなった。

 さらに2000年代には最初期モデルであるTS808及びTS9のリイシューがカタログモデルとして生産されるようになり、時代の変化に影響されることのないスタンダードとしての地位を確立した。


 TSの特性についてはご存じの方も多いだろう。ペダル単体の、つまりアンプ側を歪まないセッティングにしたうえでTSだけで十分な歪みを得ようとしても、それほど深くヘヴィな、聴き手を圧倒するような音にはならない。

 TSはレベル(出力)を上げてアンプに過大な信号を送り、アンプの回路をオーヴァードライヴさせるためのブースターとして使用することで、適正な音量で十分な歪み感を出すのにちょうどいいペダルとして人気を博したのである。

 


 私が楽器屋で働いていた頃、アイバニーズから数量限定生産といって発売がアナウンスされたペダルがあった。

 なんでも、初回生産分が売り切れたら次回生産は完全に未定だという。

 だから何があっても商品にキズを入れないでくださいね、試奏も出来れば断ってください、通販で売れたあとでクレームになっても対処しきれないので、とクギを刺してくる当時のエフェクトペダル担当の後輩の顔を今でも思い出すことができる。

 それが

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限定どころか後にカタログモデルとして定着したTS808HWであった。

 口うるさい後輩の眼を盗んで実際に音を出してみたTS808HWだが、私の耳には当惑するぐらい大人しく、物足りないペダルだった。

 最大の売りであるハンドワイアード、手作業による回路組み上げについても、それほど大きな要素だとは思わなかった。

 信号の増幅幅の大きいギターアンプならまだしも9ボルト駆動の歪みペダルでは、ハンドワイアードによって防げる、はずの信号ロスもそれほど大きくないのではないかと今でも思っている。

 

 現在のTSを生産する星野楽器がこのTS808HWを市場に投入した意図はよく分かる。主に北米のビルダーが手掛ける少数生産の高額なペダル「ブティックペダル」がちょっとしたブームとなっており、ランドグラフやボブ・バート等が飛ぶように売れていた時期である。

 これは後に多くのエンジニアが指摘し、ギタリストにも知れ渡っていくことなので詳細は割愛するが、特に北米のペダルビルダーが手掛ける歪み系ペダルはTSが下敷きになっていることが多い。

 そのような潮流に対し本家たるアイバニーズが示したのが正統なTSサウンドの体現であり、その役割を任せられたのがTS808HWだったのであろう。



 もし、アイバニーズTSってどんなエフェクトなんですか、と訊ねられたら私は

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サンマ


と答えることにしている。

 妙な例えで申し訳ないし、魚嫌いの方には通じないハナシかもしれないが、私としてはこれでもけっこう真面目に考えているつもりである。

 

 多くの人がサンマと聞いて思い浮かべるのが

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 塩焼きであろう。

 もちろん他にも蒲焼きや竜田揚げ、生姜煮などで美味しくいただける魚ではある。 

 だが、旬に獲れた活きの良いさんまが、豊漁な年ならともかく平年並みの水揚げでごく少数だけ手に入ったとしたら、やはり多くの人が塩焼きにするだろう。

 

 アイバニーズのTSは派生モデルも含めて複数が常にカタログ上に並ぶが、眼を疑うような安価な中華ペダルがそこそこの評価を受けるようになった現在ではそれなりに高価な製品といえる。

 さらにそのTSの系統にあるブティックペダルや、ペダルエンジニアによるモディファイものとなれば、その希少性もあって購入を決めるには多少なりとも覚悟が要る。


 そんなTSおよびその系統のペダルだが、これまた反発を覚悟で表現すると

巻き弦はスカスカ

プレーン弦はペチペチ

という、言い換えれば『適度にシェイプされたローエンド』と『切れ味の鋭さ』を、程度の差はあれ受け継いでいる。

 だが、ハムバッカー、それもハイゲインなものではなくギブソンでいえば57クラシックやバーストバッカー、セイモアダンカンでいえば59ことSH-1を搭載し、ボディ及びネックにマホガニーを用いたソリッドボディのギターにTS系を繋いだ音が、私の耳にはどうしても魅力の薄い音にきこえる。

 具体的にはギブソンのレスポール・スタンダードや同カスタム、同系のクラシックやトラディショナルそしてSGが該当する。もちろんこれらのモデルに倣った他社製も含まれる。特にダンカンPUはエドワーズ(EDWARDS)の多くの製品に純正搭載されるようになったので音を知っているというギタリストもずいぶんと増えたことだろう。

 中音域がゴッソリと削られ、柔らかいタッチで弾いた時のツヤや、低音弦を強くアタックしたときのゴツッという重さとラウドさが感じられないのはなんとも寂しい気がする。

 さしずめ、獲れたてのさんまのはずなのに3日後に食卓に供されたガーリックソテーだろうか。今では死語かもしれないがコレジャナイ感というやつである。


 TSはやはり、スティーヴィー・レイ・ヴォーンで連想されるようにストラトキャスターとフェンダーアンプを繋ぐときのブースター、もっと言えば歪み感を若干加えつつ、アンプの回路が適度にオーヴァードライヴする程度まで信号を増幅することでサウンドに切れ味を持たせることが身上の、塩焼き一択のペダルではなかろうか。

 ましてアイバニーズTSよりも高額で流通量が少ないブティックペダルやモディファイものとなれば実機を試すのも難しく、場合によっては通販での購入というギャンブルに打って出なければならないはずだ。

 もちろん、TSにはない機能やモードを搭載し切替によってサウンドに幅を持たせているモデルも多いが、回路設計がTSに倣っている以上はどこまで行っても低音は削れるし高音域はキリキリと尖る。

 なのでブティックものやモディファイものは、アイバニーズ製品をいちど所有してセッティングをあれこれ試したうえで、どうしても「詰め」きれな音があることをはっきりと認識してから検討したほうがいいだろう。

 


 TS系にからい私だが、その中でもギタリストに勧めたいモデルがある。

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 おそらく多くのギタリストがスルーしているであろう、エレクトロハーモニクス(ELECTRO HARMONIX、以下EHイースト・リヴァー・ドライヴ(以下ERD)である。


 2014年だったか、EHの輸入代理を開始したキョーリツコーポレーションの営業担当氏が実機を見せてくれたのが当時の新製品であるソウルフード(Soul Food)とこのERDだった。

 ソウルフードがクローン(KLON)のケンタウルスを真似たモデルであることはその時に知ったが、ERDがアイバニーズTSの回路に倣ったモデルであることを知ったのはもう少し後、商品紹介にある 「JRC4558」に気づいたときだった。

 さらに、これはつい最近になるが、EHがERDを生産するにあたってアドヴァイスを求めたのがアナログマンのブランドでのペダル製造やモディファイで知られるアナログ・マイクだったと知った。

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 ERDを鳴らしてみると、TS系のトーンでありながらどこかにラフでラウドな感触がある。

 オーヴァードライヴ時の厚みのあるハーモニクスが加わったトーンを英語圏ではhairyと表現するが、ERDは切れ味の鋭さで知られるTSの系統にありながら、どこかにhairyなニュアンスが見え隠れする。


 世の中にはTS系ペダルが星の数ほど存在するから、似たような系統のキャラクターを備えたモデルもどこかに有るだろう。

 だが、それが¥15,400- (税込)、実勢で諭吉1名前後で手に入ること、なによりこの数年の間に多く流通しており中古が見つかりやすいことを考えると、ERDは非常に魅力的な選択肢であるといえる。


 なにより、個性という言葉では表せないような奇想天外な製品を多く世に送り出してきたEHが2010年代になっていきなり他社製品のレプリカを手掛けたこと、その製品の設計に高名なペダルエンジニアが関与していたことに何やら運命のいたずらのようなものを感じてしまう。

 さらに言えばそのERDが現行のアイバニーズの、これは派生モデルも含めたTS系モデルとは明らかに異なったトーンを志向しており、結果としてTS以外の魅力的な選択肢となっているところにEHの、エフェクトペダルの本質を見抜く凄さとしたたかさがうかがえると思う。


☆ 


 もちろんそれはアイバニーズTSだけでなくエレクトロハーモニクスの歴史を知っていればのことであり、イースト・リヴァー・ドライヴの音をギタリストが気に入るかどうかとは本来は無関係のことだ。

 だが、EHはその製品のどぎついまでの個性のせいで誤解されることも多く、ERDはそのあおりをくうかたちで敬遠されているふしもある。

 もしアイバニーズの現行TS808およびTS9、さらに派生モデルをひととおり試したうえで、何か物足りなさ‐激しさやラウドさの欠如を感じたのであれば、いちどERDを試してみることをおすすめしたい。流通数の少ないブティックペダルやモディファイもの、現在は輸入代理がたっていないブランドのハンドメイドをうたう高額品に手を出すのはその後でもいいはずだ。

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