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ウィルキンソンに載せ換える前に

 70年代末にフロイド・ローズが開拓した交換用ヴィブラートブリッジ、『スーパートレモロ』ブームがひと段落してさらに10年近く経った90年代に登場したウィルキンソン(Wilkinson)社製VG、現在のVS100Nは確かに画期的であったし、現在もなお最良の交換用ブリッジのひとつだと思っている。

 だが、交換に伴う音質の変化まではあまり取り上げられないようだ。今回はVS100Nの特徴と音質についてご紹介したい。

 また、ブリッジの交換を決断する前に注意すべき点についても触れておこうと思う。



 90年代も気づけば20年以上前、月日の経つのは本当に早い。

 ウィルキンソンの、以降はVSに統一させてもらうが、このブリッジが登場するまで、ヴィブラートブリッジに求められたのは音程変化量の大きさとチューニングの安定性だった。

 さらに言えば生産コストの低さも同時に求められていた。単体発売の交換用パーツはそうでもなかったが、安価な量産モデルに搭載のライセンスモデルでは、今考えれば恐ろしいぐらいの低コスト生産を実現していたものだ。

 

 イングランド出身のエンジニア、トレヴァー・ウィルキンソンとその代表作のVSが登場したとき、真っ先に評価したのは高額で高品質なワンオフを主に生産する、後にハイエンド・コンポーネントとくくられるギタービルダー達だった。

 なかでもジェイムズ・タイラー(James Tyler)とウィルキンソンのリレイションは強く、タイラーの要望に応えたモデルが後にVS300の名で量産されるようになった。

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 90年代終盤ともなれば日本のギターカンパニーも相次いで量産モデルに純正搭載するようになり、思い出せるだけでもヤマハ、フェルナンデス、キャパリソン等が採用していた。


 2000年代初め頃だっただろうか、ウィルキンソン製品をゴトー(GOTOH)社がライセンス生産するという話が聞こえてきた。

 業界に詳しい人のハナシではトレヴァー氏がUSに入国した際の手続きや書類に不備があったとかで、いちど出国してからのUSへの再入国を拒否されたということだった。

 以降はゴトーが引き継いだウィルキンソンだが、近年ではトレヴァー氏がUSで設計製造を行うウィルキンソン・デザインというブランドも創設されたらしい。全部ゴトーに任せておけばいいものを、などと思ってしまうのは日本の市場しか見えていない私が浅はかなのであろう。権利関係のあれこれは部外者が軽率に口を挟むべきではないので、ここでは触れずにおく。



 ウィルキンソンVSは外観からも分かるとおりフェンダー社のシンクロナイズド・トレモロ・ブリッジの設計思想を受けついでいる。

 そこに、フロイドローズ以降の他社製品で多く取り入れられたサドルのロック機構を組み合わせている。

 ただし、サドルにはフェンダーのシンクロ同様に各弦の弦高調整機能を、この場合は「残して」いるというべきだろうか。ブリッジ本体へのサドルの強固な固定と引き換えに各弦の高さ調整をオミットしたFローズとの差でもあり、この高さ調整のおかげでVSの、様々なギターへの交換取付が実現したのも事実である。

 また、支点となるネジもフェンダーのシンクロの6本ではなくFローズのように2本である。 

 よく見ると支点ネジと接するブリッジのエッジの、6E弦側が支点ネジに合わせた曲線なのに対して1E弦側はストレートである。これは1E弦側のネジの位置が厳密にあっていなくても搭載できるような配慮である。

 後に支点ネジ6本のモデルも登場したが、2点支持のクイックな挙動はFローズで十分に浸透していたことも大きいのではなかろうか。



 さて、ここからが本題なのだが、VSを構成する部品の多くは製である。

 フェンダー社が、というよりその始祖レオ・フェンダーがシンクロトレモロを開発したときもやはり、構成部品の多くが鉄製であった。

 80年代に入る頃になると、成形やメッキ加工が面倒な鉄はギターのハードウェアから姿を消し、代わってブラス(真鍮)が多く用いられるようになった。

 もちろん、70年代のアレンビックやその後のシェクター等が多用したことで音質的な特性がもてはやされたこともあるが、何よりブラスは加工が楽なのである。


 90年代に入ると先述のスーパートレモロのブームもあって多くの量産モデルにFローズやカーラー(ケーラー、Kahler)及びそのライセンス製品が搭載されたが、その全てのブリッジの全ての部品が、とは言わないまでも多くのコンポーネントにブラスが用いられていた。

 また、かりに鉄であったとしても鋳造の、スが入った脆いものだったりした。


 

 もしここに90年代前半頃のシャーベルのディンキー系モデルがあったとして、そのブリッジを純正からVSに交換したとする。

 VSの完成度の高さは私も疑いを持っていない。チューニングの安定度やアーム操作へのクイックな反応にギタリストは驚き、感動するだろう。


 だが一方で、あまりにも音が硬い‐硬質なタッチが強調されすぎて、プレーン弦が軋むようなタッチに変化したように感じられるかもしれない。また、低音の出方が大人しくなり、サステインが短くなったような気がするかもしれない。

 これはVSの軽さや構成部品の硬さ、サドルの固定等に起因する振動ロスの少なさに起因するものであり、決してヴィブラートブリッジとしての性能が低いのではない。


 それともうひとつ、VSは弦振動に必要以上のフィルタリングや色付けをせず、ボディに可能な限りピュアな振動を伝えることを目的としている。

 以前にボディの剛性について書いたことがあるが、VSがボディに弦振動を伝えたら、今度はボディやネックがその弦振動をどう受け止め、どれだけ吸収し、逆に弦にフィードバックするかがギターサウンドを大きく左右する。

 理想のサウンドはギタリストによって様々だが、少なくとも弦振動にギターが呼応するようなヴァイタルな反応を求めるのであれば、マシンヘッドの留め付けの精度や重量、ボルトオンジョイントであればネックジョイント部の留め付けの精度等を見直す必要が出てくることもあるのだ。

 もちろんそれらの細々とした改良調整を喜んで行える人もいるだろうが、あれこれやっているうちに煮詰まってしまう人も多い。こんなことなら純正のブリッジのままでよかったんじゃないか、というぼやきが出ても仕方ない。



 ウィルキンソンVSへの換装を考えるぐらいであれば、ギターのヴィブラートブリッジの動作に満足できていないのであろう。

 その場合、高額なブリッジをいきなり購入するよりも前に、いちどブリッジのオーバーホールに挑戦してみることをお勧めする。

 サドルをブリッジ本体から外して汚れを落とす程度のような軽いものではない、弦もスプリングも外し、支点ネジも外してギター本体から取り外すのである。

 まず確認するべきはブリッジ本体の、支点ネジとの接点である。ここに欠けや割れ、錆びの固着があって動作時の引っ掛かりの原因になっており、かつ研磨による修正が困難なようであれば、ブリッジじたいの交換を考えなければならないだろう。

 だが、引っ掛かりの原因が支点ネジのほうにあり、交換用のパッケージパーツに同寸同形状のものが見つかれば、いちど交換してみるといい。これだけで動作が安定することも多くある。

 同時にトレモロスプリングを全て新しいものに交換し、場合によってはスプリングの数を増やしたり、逆に減らしたりしてみることで自分好みの動作や聴き具合、感触を探ってみるべきだろう。


 また、ブリッジサドルを交換するという手もある。

 HOSCOこと細川が展開する交換用パーツ、スカッド(SCUD)には90年代フェンダーに多用された肉厚のものに似たサドルがラインアップされている。

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 VSのようなサドルのネジ固定には及ばないが、サドルが厚く大ぶりになることで弦振動の共振によるロスが軽減される。

 逆にこのような肉厚のサドルが使われているブリッジに反応の速さと、明るく弾けるようなタッチを求めるのであれば伝統的なフェンダーの、一枚の鉄を曲げたサドルへ交換するべきだろう。


 もうひとつ、グラフテック(GRAPH TECH)社の樹脂製サドル、ストリングセイバーも挙げておきたい。

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 本来は名前のとおり摩擦による弦の断裂を防ぐためのカーボングラファイト樹脂製サドルであり、音質の変化はあくまで副次的なものなのだが、金属とはひと味違う軽さと柔らかさを備えている。

 鉄やチタン等のサドルの硬質で突き刺さるようなトーンが苦手という方にはいちど試してほしいと思う。



 ブリッジの交換によってギターの持つ固有の「鳴り」に意識が向く、そのこと自体はとても良いことだ。ましてウィルキンソンVSであればヴィブラートユニットとしての性能に何の不安も無い。

 だが、ブリッジは非常に高価である。音質の変化をペダルやアンプである程度補正できるピックアップとは異なり、ギターの弦振動に大きく影響するうえに他でバランスをとるのが難しい。

 高額なハードウェアの交換をギャンブルにしないためにも、純正のブリッジで出来ないこと、出ている音を確かめておくといいだろう。

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