ギター雑学① Les Paulのボディ表のアーチについて
ギター系弦楽器にはその成り立ちに由来するスペックや形状が現在も引き継がれているケースが多い。
それほど重要ではないが知っておいて損は無い、そんな些事(?)をご紹介する記事が有ってもいいかと思い立ち、ギター雑学というシリーズをスタートすることにした。
初回はギブソン(GIBSON)のレスポール、スタンダードやカスタム、クラシックから現行ラインアップの最下位とされるトリビュートまで共通する、ボディ表のアーチ形状についてご紹介したい。
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ギブソンの長い長いレスポール(Les Paul、以下LP)の歴史の中でもボディ表面が平板なのはスペシャルやジュニア、およびその派生モデルであり、現行モデルではLPトリビュートから上のモデルはボディ表に立体的なカーブ加工を施してきた。
このボディのカーブ加工なのだが、実はふたつほど特徴がある。
ひとつはブリッジの位置である。
ブリッジはボディのカーブの頂点に配置されている。
LPは画像のチューン・O・マティック(Tune-O-Matic)以外にも
「バーブリッジ」ことラップアラウンドブリッジや、
カーラー(ケイラー、Kahler)ヴィブラートを純正搭載したりもした。
モデルのグレードやブリッジの種類を問わず、ブリッジはボディ表のカーブの頂点に配置される。これは何があっても一貫して守られるルールである。
といってもこれはLPだけでなく、ギブソンのアーチトップボディのギターであれば全てのモデルに共通する特徴でもある。
すなわちソリッドボディだけでなくセミアコースティック構造のES-335やフルアコースティックのES-175、さらにはL-5やバードランド、スーパー400やサイテイション(Citation)のような超がつくほどの高額なギターであっても同様なのである。
このブリッジの配置の起源は1920年代に遡る。
マンドリンの設計製造に手腕を発揮したルシアー/デザイナーのロイド・ロアー(Lloyd Loar)がギブソンとの共同開発で1922年にL-5を生み出した。
ロアーは既にマンドリンで導入済の、ボディのアーチの頂点にブリッジを配する手法をL-5にも流用した。
これによりボディ内部への弦振動の最大効率での伝達が期待でき、結果としてボディ内部でのより大きな弦振動の増幅が得られる‐という理論に裏付けされたものだった。
時代は下って50年代初期、西海岸の新興のギター/アンプファクトリー、フェンダー(FENDER)社が送り出したブロードキャスター(後のテレキャスター)に脅威を感じたギブソンは当時のスタープレイヤーにして以前より関わりの有ったギタリスト、レス・ポールと契約を結び、自社初となるソリッドボディ(一枚板)ボディのエレクトリックギターを開発する。
ソリッドボディたるLPは先のL-5とは異なり、ボディの中空部での弦振動の増幅は考慮する必要が無い。
また、後述するが現在では機械による全自動加工が定着したアーチ加工も当時は手作業の比率が圧倒的に高く、手間のかかるものだった。
にもかかわらず最初期LPの時点ですでにボディ表にはアーチ加工が施されていた。
これについて当時の社長テッド・マッカーティが後に明かしたところでは、既発のギブソン社製品のトレードマークとなっていたアーチ形状をLPにも採用することで高い木工加工技術をアピールする目的もあったという。
紆余曲折あったものの後にLPはこのボディ表の、有機的なカーブを描くボディ表の形状をもって歴史的名作としての地位を確立したのだから、テッド・マッカーティの判断と、当時のギブソン工場の高い木部加工技術には敬意を表すべきである。
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ボディ表のカーブ加工の特徴のふたつめだが、指板端からピックアップキャビティにかけての形状に注目していただきたい。
この、一見するとフラットな箇所も緩やかな曲面になっているのである。
実はこの指板の延長線上のボディ表のカーブ加工、ギブソンLPと他社製のレプリカの大多数を分ける要素のひとつでもある。
LPがエレクトリックギターの人気モデルとなり、他社製のレプリカが多く製造されるようになった70年代の時点でギター製造にはNC加工が導入されていた。
Numerical Control、数値制御を語源に持つNC加工はさらに後にコンピューター制御のCNC加工へと発展するのだが、おそらく、三次元加工の技術に制約の多かった時代ではボディ表のなだらかなカーブの成形が難しかったのではないかと想像される。
さらに、ピックアックキャビティのルーティング(ザグリ、掘り込み加工)との兼ね合いもあり、周辺の木部はフラットなほうが都合がよかったのであろう。
このことに注意してギブソン以外のLP系モデルをよくよく観察すると、ボディ表がピックアップ~ブリッジ周辺のみフラットに仕上げられていることに気づいていただけると思う。
対してギブソンがボディ表のカーブ加工を採用したLPを生み出したのはNC加工がまだ普及していない1950年代である。
以降は生産拠点の移設や、それ以外も数えきれないほどの仕様変更を行ったものの、ピックアップ周辺には‐どれだけ緩やかであっても‐アーチを形成するという加工法を守りとおしてきた。
この姿勢は結果としてLPの木工芸品としての価値を保ち続け、また同社の木部加工の高い水準を表す特徴のひとつとなっている。
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近年は倒産をはじめ良い話題が少ない印象のギブソンではあるが、世界屈指のギターファクトリーとしていまなお健在であるし、それがLPのボディ表のカーブの形状からも垣間見える。やはり老舗、実力は有るのである。
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