ジェフ・ベックの選んだ音② トーキングモジュレイター
前回の投稿でジェフ・ベックが好んで用いたリングモジュレイターを採りあげたが、そうなるとやはりトーキングモジュレイター(以下TM)を素通りするわけにはいかないだろう。
実際のところベックがTMを積極的に使っていた時期はかなり短く、また現在に至るまであまり普及しているとは言いづらいエフェクトなのだが、なぜそのTMをベックが使い始め、またすぐに止めてしまったのかを推察するのも一興かとおもう。
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ジェフ・ベックとトーキングモジュレイターといえばやはりこの”She’s a Woman”の、アルバム”BLOW BY BLOW”に収録したバージョンを挙げないわけにはいかないだろう。
ファンの皆様ならご存じのとおりTMじたいはベック・ボガート&アピスの頃から活用していたのだが、曲の骨子となる鳴らし方となればやはりこの曲が最も良質なサンプルである。
トーキング「モジュレイター」と呼ばれるものの、リングモジュレイターのようなアナログシンセサイザーに近い動作原理なのかというと実際はそのようなものではなく、それどころかかなり原始的な構造である。
上の図のエフェクト内部にはいわば超小型のギターアンプ及びスピーカーが詰め込まれており、ビニールチューブを繋ぐ穴からはギターの音が出ている。
この音がチューブを伝って出てくるので、その音をマイク‐ギター用マイクであるピックアップではなく人の声を拾うマイクロフォンで拾う、だけのエフェクトなのである。
プレイヤーはこのチューブを口に咥え、声を発するように動かすとチューブから出てくるギターサウンドが人の話し声のようにウワウワ、エオエオと聞こえるという仕組みである。
TMのチューブがマイクの側にあるので誤解されやすいが、プレイヤーはあくまで口腔のカタチをつくればいいのであって声を発する必要は無く、もちろん歌う必要も無い。
なお、その効果から「マウス・ワウ」(mouth wah)と呼ぶ向きもあるようだが、ギターエフェクトのワウペダルやオートワウ(エンベロープフィルター)とも動作原理は異なる。
また、トーキング・モジュレイターという呼称はどうやら日本でしか定着していないようで、英語圏ではtalk boxと呼ばれるらしい。
先ほどの図は90年代以降に生産されたTMであり、通常のギター用エフェクトペダルのように床に置いて、ギターとアンプのあいだに接続する。
ところがベックが用いたTMは
このような、肩にかけるバッグのようなカタチをしていた。この形状から海外のファンにはtalk bagと呼ばれるらしい。
さらに、接続方法も現在の基準で見ればかなり奇異なもので
上の図の”SP IN”"SP OUT"つまりギターアンプのスピーカー接続端子に繋ぐという手法をとっていたのである。
2020年代の現在、100ワット超級のハイゲインなギターアンプを所有し鳴らすギタリストであればこれがどれだけリスキーな接続か、説明は不要だろう。音響機材の大出力化が加速する前の60~70年代の機材とはいえ、ベックのbagはなかなか野心的な仕組みだったようだ。
ベックはこのbag専用にフェンダーの小型アンプを用意していたとされる。
そしてbagからは常に音が出るようにしておき、必要に応じてチューブを咥えてマイクに向かうことでTM音を鳴らしていたようだ。
なお通常のギターサウンドとTMの切替は足元に置いたフットスイッチで行っていたとされる。
たしかにこの動画でのベックの動きをみると、床に置くのではなく自分で担ぎ、自分のタイミングでマイクに向かいさえすればいいという点でbagが使い勝手の良い機材だったことがうかがえる。
一説ではこのtalk bagをベックに勧めたのはスティーヴィー・ワンダーだったとか。ホーナー(HOHNER)のなんの変哲もないエレクトリックピアノを、ギターを想起させるコキコキの硬質なサウンドに作り変えて世間の度肝を抜いたスティーヴィー、常識にとらわれないセンスの持ち主ふたりにふさわしいともいえる。
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ピーター・フランプトンの使用をたまたま目にしたことで興ざめして使用を止めてしまったというエピソードがあまりにも有名だが、実のところジェフ・ベックは遅かれ早かれTMから離れていったのではないかと想像する。
理由はいろいろ考えられるが、第一にその使いづらさである。
先述の接続方法の特殊さに加え、小型アンプ及びスピーカーを内蔵という構造上、過大な信号を受けたときにあっさりと破損してしまう脆弱性はTMの泣き所として知られている。
もうひとつはワウペダルの存在である。
ベックは在命中のジミ・ヘンドリクスと短期間ながら交流があり、また他のギタリスト同様に多大な影響を受けたのだが、ヘンドリクスが強烈なスクリーミングマシンとして活用したワウペダルにベックも注目していたふしがみられる。
しかも、ギターソロ時にヘヴィディストーションと組み合わせるだけでなく、コードストローク時のリズミカルでファンキーなタッチを演出する手法も早い時期に採り入れていた。
”Got The Feeling”を収録したアルバム”ROUGH AND READY”の製作は1971年、映画”SHAFT”の、アイザック・ヘイズによるテーマのリリースと同じ年なのである。
さらにいえば70年代以降はギターアンプの大出力化とともに再生される音域が広がるワイドレンジ化も進んだ。
ワウペダルやリングモジュレイター等のエフェクトも続々と登場し、それらを組み合わせることでさらに奇抜で強烈なサウンドを鳴らせるようになった。
しかも、線が細くすぐに不要な歪みが乗ってしまう、出力15ワットあたりのアンプにかわる50~100ワット級の高出力なアンプが普及し、以前では冒険的すぎて使いづらかったギターサウンドを思うがままに鳴らせるようになったのだから、TMを使い続ける意味も薄れてしまったのだろう。
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こうしてジェフ・ベックの使用機材の座から降ろされてしまい、ついでに時代の潮流に押し流されてしまったトーキング・モジュレイターだが、シンセサイザーの発展は70年代後半にヴォコーダー(vocoder)なるエフェクトを生み出す。
動作原理じたいは1930年代から知られていたらしいが、一般的な音響機材として市販されるようになったのは1976年のこのEMS2000がきっかけだという。
ヴォコーダーとTMでは仕組みは全く異なるのだが、楽器の音と人の話し声を融合させるという効き方は共通している。
となればジェフ・ベックの食指が再び動いてもおかしくはなさそうだが、彼はヴォコーダーを使うことはなかったようだ。
70年代後半のベックはヤン・ハマーと強く共鳴しており、そのハマーはシンセサイザーのピッチベンドを大胆に打ち出したリードプレイでベックと渡り合うとともに、最新のシンセサイザーを導入し時代の最先端を突っ走っていた。
その影響か、70年代終盤にはローランド(ROLAND)のギターシンセサイザーGR-500/GS-500をステージでプレイしている。
結局は動作が安定しないと使用を止めてしまったが、おそらく当時のベックの頭の中にあった音を鳴らすにはローランドGSまたはそれ以上の表現能力が必要だったのだろう。
ヴォコーダーは多くのヒット曲に使われたことで知られるようになったが、「ジェフ・ベック使用」の栄誉だけは最後まで手に入らなかったのである。
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ジェフ・ベックがTMを使わなくなって以降、彼からの影響かは定かでないものの、使われ方が印象に残る曲はいくつかある。
ただ、ベックに近い感性でTMを用いているギタリストとしてジョー・ウォルシュを挙げておくべきかと思う。
ウォルシュのディスコグラフィを追っていくと分かるが、彼はUKのロックシーンに強い影響を受けていたことがうかがえるのである。
後にイーグルスのライヴでも持ちネタとして披露する”Rocky Mountain Way”の、中盤のTMを効かせたギターソロは、もしかしたらウォルシュ流のジェフ・ベックへのオマージュなのかもしれないと思ったりもする。
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