見出し画像

ジェフ・ベックの選んだ音 リングモジュレイター

 ジェフ・ベック逝去が伝えられてからこのところずっと彼の楽曲を聴きなおしているが、その中で気づいたことがいくつかある。
 ギタープレイそのものの解説・レクチャーは本業のギタリストの皆様のハイクオリティな記事にお任せするとして、元楽器屋店員の私なりに使用機材をとおしてベックのギタートーンを特徴づけた要素について書いてみたいと思う。
 おそらく何回かに分けての投稿になりそうなので、今回は手始めにリングモジュレイターを採りあげたい。



 

 "Blue Wind"のイントロのギターにうねりとも揺らぎともつかない効果を付け加えているのがリングモジュレイター(Ring modurator、以下RM)という機材である。

 RMはシンセサイザーが発展途上にあった60年代、原音に対し非整数倍音を加えることで、自然界には存在しないキンキンしたサウンドを生み出す回路であり、鐘がゴーンと鳴り響く(ring)際の金属的な響きを目指して開発されたという特殊な生い立ちのエフェクトである。

 動作原理の説明にはAM変調やLFOやVCO等のアナログシンセサイザー関連の用語が出てくるのだが、ギタリストはその全てを理解する必要は無いだろう。RMと似たような動作原理のエフェクトなどそうたくさんは無いからだ。
 ただ、アナログシンセの泰斗モーグ(MOOG、ムーグとも)が2000年代に発売したペダル型RMが高い評価を受けており、まさに餅は餅屋であるということは覚えておいても損はないかもしれない。

MF-12


 なお、ジェフ・ベックが70年代に愛用していたのはマエストロ(MAESTRO)のRM-1Bというモデルだという。




 70年代をとおしてRMを使ってきたベックだが80年代の中盤以降、アルバムでは”FLASH”や”GUITAR SHOP”の頃になると使用を控えていたふしが見られる。

 それが、10年の沈黙を破って世に問うた”WHO ELSE!”から続く”YOU HAD IT COMING”そして”JEFF”の3作でエッジーなギター・インストゥルメンタル路線を疾走、同時に一聴してわかるRMサウンドも顔を出すようになる。

 ”JEFF”リリース時(2003年)で58歳というのに「枯れる」気配など欠片もない、このノイジーでぶっ壊れ気味なギタートーンに驚くやら呆れるやら、とにかく圧倒されたのを憶えている。




 80年代に入るとデジタル回路の発達とともに進歩を遂げたエフェクトにインテリジェント・ピッチシフターがあるが、これは音程を加工した音を原音に加えることでハーモニーを生み出す回路である。
 ハーモナイザー系エフェクトを積極的に活用するギタリストとしてはスティーヴ・ヴァイが挙げられる。

 しかし、改めてジェフ・ベックの楽曲を聴きなおしてみると、スタジオ録音における味付け程度の効果を別とすればハーモナイザーを演奏に積極的に採り入れようとした形跡が見られないのである。

 
 もうひとつ、オクターブ下の音をユニゾンで弾くオクターブ奏法は50年代のモダンジャズの頃から知られており、名手ウェス・モンゴメリーの影響もあって、例えばスティーヴ・ハウは折に触れて使用するのだが、ベックはこれもほとんど使わない。

 
 おそらくだが、ベックが楽譜の読み書きを不得手としていることと関係があるのだろう。
 先に名の出たヴァイはバークリー音楽大学の出身だし、ハウは憧れのジャズギタリストを必死にコピーして多くを学んだことを公言しているが、両者のようなバックボーンはベックには無いか、有ったとしてもその後のギタリストとしてのキャリアに与えた影響はごく小さなものだったはずだ。

 楽譜に従ってプレイすること、楽典の定めたハーモニーのなかで和音を弾くことも、もちろん演奏者には必要とされる能力のひとつだ。
 だがジェフ・ベックというギタリストはそういったレールからはみ出し‐というよりはさっさと線路を降りてお気に入りのホットロッドで行きたい道をぶっとばすことを選んだのであり、リングモジュレイターはそんな彼の耳とセンスが選んだエフェクトなのである。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?