マチネの終わりに 感想

タイトルに惹かれて読んだけど全然良くなかった。いくつか理由はあると思うけど、一つには風景がないというところだと思う。説話的に必要な部分はもちろんあるけれど、単なる飾りか説明的なものにとどまっているように思う。特にこういう世界各地で展開する話は、風景とか情景描写で実は作品世界の奥行きというか、空気みたいなものが決まってくる部分があると思っていて、けれどこの作品にはそれが全然効いていないせいで、肝要なイラクのシーンも、パリもニューヨークも東京も全部のっぺりとした印象で、実際結構スケール感のある話のはずなのに、あまりそう感じない。
一番眼に浮かぶなと思ったのは静岡かどこかの旅館で主人公と武知が、小さいゲームセンターとかがある温泉旅館の200円入れて動くマッサージ椅子で話すシーンで、一流のギタリストがそんなみみっちいところ泊まるか? と思ったけれど、そこが一番しっくりきて、あとのいろんなラグジュアリー感?のあるシーンは全部ハリボテ感があるというか、実は単なる成金なんじゃないかとさえ思った。
しゃらくさいのは別に小説だしそれでも良いと思うけれど、そのしゃらくささがどこまで行ってもなにか洗練されていない野暮な感じがするというか、付け焼き刃の一流という感じがしてむず痒かった。たとえばソフィアコッポラとか吉田健一とか、一流のものを生まれたときから当たり前のなんでもないものとして享受してきてる人たちの描くものとは何かが決定的に違う。ヘレンのキャラ設定もコテコテというか、バブル過ぎた。
このシーンも、洋子にそういう雰囲気に辟易したみたいなことを言わせつつ、多分作家はこういういわゆる分かりやすいゴージャス感みたいなの本当は嫌いじゃないんだろうなぁって感じがした。
それに関連して気になったのは、知的な女性という表現が何回も出てくること。それを普通に言ってしまう感じがあまり知的な感じをもたらさないというか、作家なら人物の所作とかニュアンスでそれとなく伝えれば良いのにと思う。あと主人公が洋子が美人で、コロンビア大出てて、著名な映画監督の娘で、とかを会う人会う人に話して周るエピソードとかも、内心引かれてるんだろうなって感じがして辛い。
そもそも洋子の最初のアメリカ人の夫が、ハネムーンにはカンクーンに行こうよ! みたいなことを言うシーンで、無理してでもイラクに二回も取材に行くジャーナリストでヨーロッパ人の社会派の映画監督の娘が、そんな軽薄なアメリカ人を婚約者に選ぶかな? っていう時点で疑問もあるし(一応説明はあるけど)、仮にもウォール街を牛耳っているような経済学者が、わざわざハネムーンにカンクーンみたいな浮ついた場所を選ぶのも考えづらいように思う。洋子がイラクから帰国してパリで日本の温泉の入浴剤入れてお風呂に浸かるとかも、そこまでハードコアな海外取材をするような人が、わざわざそんなことするか? って違和感がある。天才とか知的とかそういう思わせぶりな表現が折に触れて出てくるから余計安く感じる。そういう些細なディテールが全部ちょっとずつずれた結果、全体として印象がちぐはぐというか、優雅じゃないように思えた。
あと、そんな「知性」を重んじる一流の音楽家が、早苗みたいな子をマネージャーにはまず雇わないし、ましてや結婚相手に選ぶっていうのも無理があるような気がする。早苗も単なる気が強くてやばい奴みたいな描き方で、もう少し主人公が性格的に惹かれた要素の説明とかあっても良かったのになと思う。
それ以外にも、主人公のキャラ設定に対する不信感が最初から最後まで抜けなかった。天才のはずなのにあまりにも態度が二流っぽいというか、天才は凡人に合わせることを要請させられるみたいな説明があったけど、本当の天才的音楽家ならこんな行動するか? というエピソードが多すぎた。一番気になったのは、イラクからの難民の女性が身を寄せる洋子の家に、主人公がギターを持参して、ブリトニースピアーズのtoxicをその場で弾いて、その女性がそれに合わせて踊るのを見て洋子と3人で爆笑したみたいなシーン。教養あるいい大人がそんなことに喜ぶかも疑問だけど、そんなに神経質に音楽やってる人間が、自分の能力をそんな安く使うのかなと。そんな人だから、ときに上質な猥談をいうみたいな謎の説明もあったけど、そもそも周りの人に話してる小話の内容が全部しょうもなすぎて、ユーモアがあって気遣いができる人というよりは、ただのうっとおしい人としか思えない。
途中まであまりにも主人公に天才らしさというかカリスマ感がなさすぎて、洋子も洋子でバリバリのアクティビストのはずなのに、意外と卑屈で所帯じみてて、その違和感がどこか小説の中で逆手に取られて暴かれるのだろうなと思いながら読み進めていたら、特になんの裏切りもなく終わって呆然とした。
携帯のくだりも昔のアンジャッシュのコントみたいで、さすがにやり取りの中で何かおかしいことに気づくだろうと思ったら、そのあと完全に思い込みだけで走ってるし、うまく登場人物の思考回路が追えなくて完全に置いていかれてしまった。

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