2023年俳句『林檎磨く』

体操着わざと忘れて初燕
野田牛(べこ)のふぐりに砂(いさご)やませ来る
点字読む人さし指や蝶ほろほろ
客捌けて微熱のドラム花の冷え
鰆食ふ祖父竹取の翁めく
ああおれにはおれしかゐない春菊噛む
故郷てふ故郷もなくて木の芽和

麦秋や埴輪の犬は舌を出し
新じやが食ふ生まれた時はみな無職
楽器箱担ぎ朝顔市に入る
ほうたるの地軸をふつと逸れけり
ハンカチの名のさんずいの消えさうな
おれ太宰おまへは中也ビール呑む
海月飼ふことの淋しさ、あかるさよ
みづからを鳥と思つてゐる海月
「死刑確定」フラペチーノを吸ふ晩夏
泣きたいだけ泣いたらいいよ晩夏だもん
西貢の市やあななす引つ提げて
あななすぶつた切るかじりつく歩く
水甕の水騒ぎをる我鬼忌かな

サイドミラーぶつけし母や秋暑し
若書きの曲弾き語る秋の雲
水澄むや水には水の息遣ひ
秋高し子キリン首を重さうに
不器用に生きて器用に葡萄剥く
作業着にボンドをつけたまま夜学
衣被「好き」を語れといふけれど
道端の祠へ供花阿波踊り
はらわたの熱がうがうと角力かな
鳩吹くや唇に詩をたくはへて
復職にコスモスといふ日差かな
曼珠沙華ぽつんと中央分離帯
ひぐらしや考(ちち)と黒子の位置同じ
錠剤の殻や夜寒のカウンター
疎まれて疎み返さず後の月
ギター一本も売れねえ林檎磨く
木漏れ日を詰め込むやうにけらつつき

霜割ってずんずん歩きだす無職
ムエタイの拳打ち鳴らして小春
音速の小春に轢かれる3番線
返り花新卒がまた辞めていき
冬晴のパールブリッジ駅弁食ふ
冬星や迷子放送は空耳
空風や「愛羅武勇」の壁洗ふ
夜廻やムエタイジムの灯の猛し
わたしには欲が足りない蕪おいしい
レシートを二度確かめて葱ひかる
冬の薔薇きみに上手に嫌われたい
寒鰤の黝きまで肥えにけり
我が餐を浄土となして冬の蠅

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