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雪娘 -Снегурочка-

第3次世界大戦が終結して5年後。12月24日、クリスマスイブの夜。
ネオペトログラード自治州。数多の資本と欲望が流入する新興開発都市。
ダウンタウンの冷たいコンクリート街に、煤煙で薄汚れた雪が降り積もる。人生に疲れた男が酒に溺れて歩道で眠り、行き交う人々は見向きもしない。
行く当てのない浮浪児たちは廃ビルに身を寄せ、ドラム缶の火で暖を取り、厳寒じいさん(ジェド・マロース)の訪れを夢見て、夜通し寒さを凌ぐ。
暗闇の奥底から二筋の光束が伸びて、キャブレターの乾いた駆動音が迫る。
今なお復興途上の寂れた街路を、一輛のラーダ・ニーヴァが走り去った。



薄汚れた車のフロントガラスに、ビビッドな赤紫のロングヘアが照り返す。スラブ女の冷酷な美貌を、鈍く光るスマートグラスが神秘的に彩る。
若い女だった。線の細い身体には、研ぎ澄まされた殺気が充満していた。
黒地に昇り龍のスーベニア・ジャケットで装う、雪娘(スネグーロチカ)。
助手席にジェド・マロースはいない。そこに在るのは人間でも神の遣いでもなく、12.7mm×55口径のブルパップ・アサルトライフル。
スラブ女・ナターリヤがハンドルやギヤを操作するたびに、上着の下に装着した黒き鎧、試作型炭素製外骨格・通称『CExF』がギシギシと軋む。
正教会ではクリスマスを12月25日に祝わない。今夜も忙しくなりそうだ。


『油滓横丁』。排水で汚染された川の岸辺に、倉庫や工場が並び立つ地区。
工場地帯を貫く一本道の半ばで、ナターリヤは車を減速して路肩に寄せた。
そそり立つは、有刺鉄線を備えたコンクリート壁。奥には朽ちた廃工場。
この一帯では有り触れた、通り過ぎる誰もが気にも留めない風景。
スマートグラスが風景をネット照合にかけ、事前情報との一致を確認する。
ナターリヤは、助手席の足元に転がる複合材ヘルメット『バブーシュカ』を頭に被ると、12.7mmブルパップ銃のマガジンを確認し、初弾を装填した。
バックアップの巨大な5連発リボルバーを掴むと、フレームを中折れさせて12.7mm×55弾の装填を確認。腹部のホルスターへ、斜めに装着する。


ナターリヤは女を売らない。彼女は独立武装したフリーランスの便利屋だ。
軍に警察、犯罪組織。金次第でどこからでも『仕事』を請け負う。
彼女に回ってくる仕事ときたら碌なものはなく、大抵は利権絡みの荒事だ。
強襲、強奪、当たり前。銃撃戦は日常茶飯事。名前を出しただけで誰からも門前払いされるような、重武装の手合いと対立することも少なくない。
ナターリヤの仕事は、同業者の多くと同様に、毎回が命懸けだ。


車を降りると、静寂と刺すような夜の冷気がナターリヤを出迎えた。
ロシア迷彩ズボンを汚染雪が撫ぜ、コマンドブーツが地面に足跡を刻む。
夜も更けたクリスマス・イブの油滓横丁に人気は無い。
ナターリヤは白い息を吐き、錆び果てた鉄門に歩み寄る。黒革の手袋ごしに鉄格子を握って力を込めると、門扉は車輪を軋ませながら開いた。
スマートグラス越しに、視界に広がる暗闇が緑がかった景色で増幅される。地面の至る所を注視しては、ズームイン・ズームアウトを繰り返した。
轍の跡だ。雪に埋もれかけた無数の轍。頻繁な出入りを繰り返している。
門前の時点で強烈に漂う、化学薬品(ケミカル)の眩暈を催す刺激臭。
町工場の機械油やスクラップ屋の金屑とは明らかに違う、危険な香りだ。


ナターリヤは刺激臭に辟易して、溜め息がちに頭を振って敷地に歩み入る。
スマートグラスで周囲の視界と音を警戒しつつ、屋内への侵入経路を探す。
足跡が集中する正面入口。空の表札と、塗装の禿げた観音扉。
ドアは施錠され、開かない。ドア横には、やっつけ仕事で増設されたようなテンキー端末。電源のある証拠だ。やはりこの『工場』は稼働している。
ナターリヤは荒業でブチ破ることはせず、素直に敷地の側面へと迂回した。


行く手から、機械の重厚な金属音。緩やかな速度でこちらに近づいて来る。
直角に突き出た建屋に視界を遮られ、姿は見えない。が、確かに居る。
ナターリヤは『バブーシュカ』の側面を手探り、内臓する熱感知センサーの情報をスマートグラスとデータリンク。視界がレイヤー状に重なり合う。
透過された壁向こうに、動く熱源が複数。同時にアラート表示と警告音。
『推定:重装甲外骨格/中国製・第2.5世代輸出型との外見近似率:93%』
第3次大戦の市街地掃蕩で活躍した、個人運用型・軍用重装甲外骨格。
武骨で嵩張り、鈍重で外部動力も必要。旧世代の遺物だが、その搭載火力と耐弾性、耐NBC防護性は圧倒的。試作軽量型のCExFとは比較にならない。


手持ちの12.7mmで戦える相手ではない。あれを抜くには25mmが要る。
おまけに身を隠そうにも、スクラップが点在する他は遮蔽物が存在しない。
暗視装置は確実に向こうも持っているし、つまりはお互いに丸見えだ。
建物の影から、懐中電灯めいて放射状に延びる赤外線走査光がちらついた。
ナターリヤは即座に肚を決め、周囲を見渡してから頭上を見上げた。
建屋の屋上から、庇めいて突出するコンクリート。あれなら行けるか。
ナターリヤはガッツポーズめいて右腕を掲げ、『捕鯨砲』を起動した。
CExFの背部にマウントされた、電源一体型のモーターがスピンアップ。
右腕にマウントされた銛撃ち銃型レールガンが、電気を帯びて低く唸る。


プレス機めいた音と、赤外線走査光が迫る! 外骨格の一端が姿を現した!
同時に龍ジャケットの袖口から、レールガンがタングステン銛を射出!
撃ち出された銛は、背部ユニットのウィンチから繰り出すカーボンワイヤを牽きながら、十数メートル頭上のコンクリートへ轟音と共に食い込む!
「何の音だ!?」
咄嗟に向けられた赤外線光を浴びるより早く、強烈なGを伴い急上昇!
「侵入者か!? どこにもいないぞ!?」
鈍重な足取りで外骨格たちが『駆けつけ』、何も無い虚空を見渡した。
重装甲型は、横視界の可動域が広い割に上下方向の仰角は大したことない。
直後、閃光! 外骨格たちの足元で、置き土産の電磁手榴弾が炸裂!
局所的EMP攻撃! 瞬時に電子回路を焼き切られ、外骨格たちは沈黙した。


自慢の大砲(ビッグ・ディック)で撃ち合わずとも、方法はあるわけだ。
ナターリヤは上層階の割れ窓から廃工場に侵入し、心中で得意げに呟いた。
直後、背後を閃光と共にEMP波が駆け抜け、CExFを通してナターリヤの肌をビリビリと揺らす。彼女はパルス照射がもたらす心地よい痺れに陶酔した。
彼女の装備一式は耐EMP仕様。悪いな、これが世代間の性能格差だ。
ナターリヤはブルパップ銃の安全装置を解除し、セレクターがフルオートであることを確かめると、マガジンを再度叩き込んでから歩き出した。
吹き抜けの通路から見下ろすと、化学薬品とガソリンの混ざり合う不快臭が強烈に漂ってきた。階下は暗闇で、蜂の巣を突いたような大騒ぎだ。
一方ナターリヤのスマートグラスは万全の視界で、その様子を捉えていた。


廃工場の作業場では、デソモルヒネの密造が昼夜を徹して行われていた。
「何だ、警察か!? 表の外骨格どもは何やってんだ!」
「俺のスマホが死んだ! 3日前に買ったばっかなのに、クソッ!」
「畜生、懐中電灯も点かねぇ! 一体何が起こってんだ!?」
暗闇で叫ぶ男たちは、マフィアの孫請け、曾孫請けである麻薬密造人。
「何で明かりがつかねぇんだよ!」
「おい、誰か火ィつけろ、火!」
「ガソリン使ってること忘れんな、馬鹿野郎! 引火して爆発するぞ!」
とは言いながらも銃を手にする彼らの只中に、人影が降り立った。


唐突な噴炎! 12.7mm弾の轟音と、打上花火めいたマズルフラッシュ!
2発の指切りバースト射撃が、手近な男の腹と胸に拳大の穴を開けた!
一瞬だけ照らし出されたナターリヤの姿に、密造人たちが度肝を抜かれる!
「何だお前!?」
「どこから入ってきやがった!?」
「メリークリスマス! サンタクロースがプレゼントを持ってきたよ!」
再び、2発のバースト射撃! AKを構えた男の首が千切れ、顔面が爆裂!
「この世にサンタクロースなんか居ねえエエエッ!」
作業場が再び暗闇に包まれ、密造人たちは気が狂ったように撃ち始めた。


「どこに消えやがった!」
「俺たちは生活が懸かってんだ!」
「ぶっ殺す!」
「絶対生きて返さねぇ!」
拳銃、散弾銃、SMGにアサルトライフル! 四方八方を弾が乱れ飛ぶ!
ナターリヤはだだっ広い作業場を駆け回り、密造人たちの背後から銃撃!
断続的な2発バーストで、密造人たちが1人また1人と肉塊に変わる!
「お、おい止めろ撃つなッ! 爆発するぞッ!」
リーダーらしき男の懇願めいた絶叫を、立て続けの銃声が掻き消した。


ナターリヤは空のテーブルに身を寄せ、ブルパップ銃のマガジンを交換。
「おい、何の騒ぎだ!」
別のエリアから、十数人の増援が武装して殺到!
「侵入者だ! 探し出して殺せ!」
「何も見えねえぞ!」
「とにかくそこら中に撃ちまくれ!」
ナターリヤはボルトを引いて装填すると、出入り口に固まった増援目がけてフルオート掃射。12.7mmの強烈な反動を、CExFが地面に受け流す。
「「「ギャーッ!?」」」
20連発マガジン1連射! テーブルに委託した銃口が閃光を瞬かせ、大きな空薬莢がゴロゴロと転げ落ちる! ミンチ製造機めいた凄まじい殺傷力!


とうとう、誰かの放った銃弾がガソリン容器を貫き、火球を噴き上げる!
「居たぞ、あそこだ!」
「絶対に逃がすな!」
「手前ぶっ殺す!」
ナターリヤは状況判断し、弾切れのブルパップ銃を左手に持ち替え、右手の捕鯨銃を起動! 銛を天井に撃ち込み、ワイヤ巻き取りで急速上昇!
「「「死ねーッ!」」」
燃え上がる作業場を背に、密造人たちが銃を乱射! 数発の弾がロシア迷彩ズボンを切り裂き、下肢のCExFに弾かれて火花を散らした!
ナターリヤはブルパップ銃を肩に下げ、左手で巨大リボルバーを抜く!
急上昇しながら射撃! 男たちの背後、作業台の精製された麻薬に着弾!
徹甲弾が麻薬ごと鋼鉄のテーブルを貫き、盛大に火花を散らして炎上!


ナターリヤは天井まで昇り切ると、左手のリボルバーを仕舞って徒手を壁に向けた! 左腕にもマウントされた捕鯨銃が、壁に銛を撃って横移動!
右腕の銛ワイヤを振動させて外せば、ウィンチが巻き取って瞬時に格納!
最上階の吹き抜け廊下に転がり込むと、階下から爆炎が噴き上げた!
ナターリヤは周囲に視線を巡らせつつ、念入りにブルパップ銃を再装填。
手摺に背中を寄せ、黒煙と獄炎に包まれる階下を肩越しに一瞥する。
そうして今度こそ振り返らずに、割れ窓へと駆けて外へ飛び出す!
両腕で電荷に唸る捕鯨銃! コンクリート外壁に銛を穿ち、屋外に降下!


猫めいた仕草で降下するナターリヤを、沈黙する重装甲外骨格が出迎えた。
ほうほうの体で機内から脱した男たちと、ナターリヤの視線がかち合う。
「「あッ」」
横凪ぎの10発バースト射撃。数発の徹甲弾が外骨格で弾け、出鱈目な方向に飛んで行った。2人の操縦者は、武器を抜く間もなく胸を破裂させて即死。
並び立つ3機のうち1機は、ハッチが開いていなかった。
ナターリヤがブルパップ銃を低く構え、警戒を怠らず歩み寄ると、機内から金属を叩くような物音と、男の声が聞こえた。
「助けてー! 開けてくれー! ハッチが故障して、開かないんだよー!」
「……命拾いしたな」
ナターリヤは呟きと共に、僅かばかりの微笑を浮かべて走り去った。


――――――――――


ダウンタウンの安宿街『狐穴通り』。小銭を握りしめ、その日の宿を求める人々が行き交う目抜き通りから外れた、裏通りに並ぶ安アパート。
路肩にずらりと並んだ車列と、その中に紛れる一台のラーダ・ニーヴァ。
ナターリヤはデイパックを背負って階段を昇りながら、龍ジャケットの裾を鼻先に近づけて、化学薬品とガソリンの刺激臭に顔を顰めた。


鍵を回し、アパートの一室を開くと、そこは純白の雪が舞う銀世界だった。
ナターリヤは、スマートグラスの奥の冷酷な瞳を、一瞬ハッと見開いた。
しかし次の瞬間には、再び精彩さを失った瞳が、幻影に視線を彷徨わせる。
雪の丘を目がけて歩むナターリヤの身体に、純白の雪は積もらない。
それはホログラム映像だ。現実と見紛わんばかりい精巧な紛い物。
「おかえりナターリヤ。出来栄えはいかが? 結構な力作なのだけれど」
雪の丘に、テーブルが一つ。傍らでは銀髪の少女が車椅子に座り、無邪気な笑顔でナターリヤに手を振った。膝の上で、武骨なラグドPCが光っていた。
「ただの映像だ」
ナターリヤは間取りを脳裏に思い浮かべ、幻惑世界を歩いた。
虚空を手探り、棚からウォッカ瓶とグラスを取って、テーブルに向かう。


銀髪の少女は右手で顎を撫ぜ、左手で髪を弄びながら不服そうに唸った。
「うーん……今回も頑張って、貴方を驚かせようと思ったのだけれど」
ナターリヤはテーブルにグラスを置き、欠伸交じりで椅子に腰を下ろす。
「確かに良く出来てるよ、ソフィヤ。映像作家になるといい」
「つまんない。私は貴方にビックリしてもらいたいだけだもん!」
対面するソフィヤは頬を膨らませて、ラグドPCのキーを数回タッチした。
そしてナターリヤを一瞥し、彼女から漂う刺激臭に顔を顰め、鼻を摘まむ。
「いやだ、貴方どうしたの!? 酷い臭い。とっても臭うわよ」
「だろうね。クロコダイルの密造人どもをぶちのめしてきた帰りだからな」
ナターリヤは苦笑し、グラスにウォッカを注いで半分ほど呷った。


「……消すのか」
「何が? 貴方、やっぱり臭いわよ。お風呂入ってきたら?」
ナターリヤは咳払いして、ウォッカの残りを飲み干す。
「雪だよ、雪。白い雪はいい。ネオペトログラードの雪の汚さを思い知る」
グラスを置いて立ち上がるナターリヤと、訝しげに首を捻るソフィヤ。
ややあって言葉の意味を理解したソフィヤが、満面の笑みで身を乗り出す。
「わかったわ、ナターリヤ!」
「何が」
ソフィヤは笑顔でナターリヤの袖を引き、ぷんと漂う悪臭に顔を顰めた。
「クサ……やっぱり臭い。それより貴方、私の雪が見たいのではなくて?」
ナターリヤは上着の袖からソフィヤの手を放し、肩を竦めた。


ソフィヤは卓上で握り拳を震わせ、放心したように一点を見つめ続ける。
刺激臭の残り香に思いを馳せ、ナターリヤの笑顔と言葉を反芻した。
「たまには、雪の丘で寒空を眺めるってのも悪くない。ウォッカ片手にね」
いや反芻ではなく、ナターリヤの語り方を真似た独り言を呟いていた。
何なら、彼女の表情すら真似ていたぐらいだ。
それからソフィヤは呆けた顔のまま、テーブルのグラスにウォッカを注いで一気に飲み干し、無事喉を焼いて派手に噎せ返りながら笑った。
「やっっっっっっっっっった――ッ!」
それから彼女は急に酒が回り、グラスも酒瓶もテーブルから落として割り、何なら彼女自身も車椅子から転げ落ちて幸せな顔で眠りに落ち、ナターリヤから後でしこたま怒られることになるのだが、それはまた別の話。


【雪娘 -Снегурочка- 終わり】

From: slaughtercult
THANK YOU FOR YOUR READING!
SEE YOU NEXT TIME!

――――――――――

【これは何ですか?】

上記のツリー作品に投稿予定、でしたが間に合わなかったものです。
ロシア正教では、クリスマスは1月7日らしいので、実質投稿期間な。
すいません嘘です。ここまで読んでくださってありがとうございました。


【ベース作品】

逆噴射小説大賞の投稿作。一応完全オリジナル作品です。まともな続編すら書いていないのに、いきなりサイドストーリーをぶち上げるスタイル。
クリスマスネタで悩みに悩み、スラブ×クリスマスで一発ネタを書いてみることに。恐らく投稿作中一番の長丁場? 作者も頑張ったから許してね。

皆様、メリークリスマス!(もう過ぎてるけど)メリークリスマス!
深夜テンションでゴメンナサイ、もう寝ますね。それでは御機嫌よう!

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