『劇場版ラブライブ!』感想 Part1

『ラブライブ! School Idol Movie』感想

今回は劇場版『ラブライブ! School Idol Movie』の感想を。ということでネタバレあります、まだ見てない人は今すぐ閉じよう。ゴーバックだ。
今回の劇場版はアニメシリーズの完結編としても、一つの映像作品としても非常に完成度の高いドラマを提供したと思っています。劇場でも泣き、帰り道でも家でも泣いたよ俺は。4回目の上映終了後もハンカチで目元覆っているんだぜ!
今回は、二部か三部構成で感想をアップしたいなと思っています。そんなわけで第一回目のポストは、作品全体についてになります。



本作のポイント

物語では、「9人がもう一度μ’sを終える決意をする」姿が描かれる。
2期11話「私たちが決めたこと」を思い出させる内容だね。しかし、2期11話とはまた違った形から活動終了への思いを描写している。
2期11話では、自己本位の解散だったと言える。彼女たちにとっての「μ’s」とは、まさにあの9人だけであり、ただのアイドルグループ、「箱」なんかでは断じてない。例を挙げると、希にとってはようやく見つけた友達であり、にこにとっては欲しかった居場所・仲間であった。真姫と絵里にとってはやりたいことをやれる場所である。「μ’s」は9人の繋がりの象徴。彼女たちは、その象徴を守るために「μ’s」を終わらせることを決意した。このときは、自分たちの気持ちだけがこの決断をさせるファクターであった。

では、本作は2期での解散と何が違うのだろうか?一つは『ラブライブ!』シリーズに登場するアイドルは「スクールアイドル」であることをより明確に押し出したことだと思う。
「スクールアイドル」って大雑把に説明すると部活やサークルでアイドルやってるようなもんだ。自分たちで歌をつくり、衣装を編み、ライブ会場を用意する。「スクールアイドル」は、自分たちの手でアイドル活動を行う、ゼロから自分たちをつくりあげるのだ。また、高校を卒業すればその人はもう「スクールアイドル」ではない。「スクールアイドル」には、明確なピリオドが存在している。穂乃果たちにとって、①あの9人であること、②スクールアイドルであることが「μ’s」を構成する要素だ。だから「μ’s」を続けることを期待する世間に対して、穂乃果は「スクールアイドルなんだから3年生組が引退したら解散するってわかるじゃん」と愚痴をこぼしてしまう。
もう一つは周囲の気持ちや他者への影響も考えての判断であること。「スクールアイドル」の可能性を表現した「μ's」は、ラブライブ大会と「スクールアイドル」の価値向上のため、活動を続けることを期待されてしまう。「スクールアイドル」の原則を守れば絵里のぞみにこの3年生組を欠くことになり、逆に三年生組との活動を選ぶなら「スクールアイドル」ではなくなる。どちらにしても活動継続は「μ’s」を構成する二本柱のどちらかが消えてしまう。今回は、後進への義務感やファンからの巨大な期待までもが継続か終了かの判断に影響を与えている。
本映画は、「スクールアイドル」であることが重視されている。「μ’s」は「スクールアイドル」らしい選択を選ぶことでこの解散問題にケリをつけた。




アメリカパート

ここ観ていて「エグイな」って内心思ったの。そうエグいの。
日本の「スクールアイドル」の盛り上がりを知ったアメリカのTV番組の依頼により、「μ’s」はアメリカでライブをすることになる。「スクールアイドル“μ's”」のライブを披露するため、ランニングを始めとする毎日のトレーニング、ライブ会場の選定など9人で過ごす時間がアメリカパートでは描かれる。
第2回ラブライブで幕を閉じたはずの「μ‘s」の活動が再開してしまったのだ。アメリカでの日々はあまりに魅力的だ。またあの9人で活動できるのだから。
そんな日々になにかを感じる穂乃果は、ある日みんなとはぐれてしまう。言葉も通じない、馴染みのない土地、独りぼっち――穂乃果は寂しさで胸がいっぱいになる。孤独の中でふと聴こえた歌声に導かれて出会った女性シンガーの手助けにより無事にホテルへ戻るも、穂乃果は再び解散について思い悩むことになる。

人間誰にとっても「あの時は楽しかった」と振り返る思い出があるだろう。それは部活に打ち込んでいた時間かもしれないし、放課後友達と集まってだらだら遊ぶ時間かもしれない。俺にとってはフリーペーパー制作に熱量を注いでいた大学生活だと感じる。
また、思い入れの強い人は、「時間を巻き戻せたら」と思うかもしれない。あの素敵な日々をもう一度だけでも過ごせたら。多くの人がそう思うことだろう。穂乃果にはまさにそんな状況が降りかかってきたのだ。「スクールアイドル」は高校卒業で終わりという絶対的ルールにより、「μ's」はTV2期で思い出の域に入りかけていたのにね。そんな時期に夢のようなロスタイムがきたことで穂乃果に迷いが生じたわけだ。そして、あの遭難事件。窺った見方だと思うのだけど、あれは「μ’s」が解散した後や「スクールアイドル」を卒業した後に感じるであろう孤独や寂しさを疑似的に体験させる装置なのかなと。いつもまでも9人でいられるわけではない、ずっと一緒にいた幼馴染も離れるかもしれない。どこかで1人になる。
ほら、エグイでしょう?




帰国パート

アメリカでのライブは大成功、「μ's」は充実感とともに帰国する。しかし、このアメリカライブが彼女たちを取り巻く環境を一変させる。アメリカライブの反響はとても大きく、世間の「μ’s」を見る目は、「スクールアイドル」ではなく、日本の有名「アイドルグループ」へと変貌してしまう。自分たちの中では解散することが決まっているが、周囲はまだまだ「μ’s」が活動することを望んでいる。この状況を打開するため、一度彼女たちは「μ's」解散ライブを行い、ファンへ解散を告げようと方針を決める。しかし、「μ's」の影響力は本人たちが予期しないほど強大であり、ラブライブのドーム開催成功のために「μ’s」を継続することを彼女たちは期待される。

ここで再び「μ's」解散の是非が問われる。
真っ先に真姫は解散すべきだと言う。彼女は「μ’s」が利用されることを嫌った。絵里と希は、自分たちが後の「スクールアイドル」に貢献できることを喜び、存続に理解を示す。その2人に食って掛かるのはにこ。あのときの誓いを遵守することを主張する。このシーンはとても興味深い。一番に口を開くほどに真姫にとって「μ's」が大切であることを示し、責任感や義務感の強い元生徒会コンビらしい反応である。またにこの思い入れも描かれている。「アイドル」へ憧憬を抱くにこには、ドームライブは魅力的な話だったろう。2期でにこは「アイドル」ではなく「スクールアイドル」であることを受け入れたのだと俺は思っている。「スクールアイドルグループ“μ’s”」が終ることを受け入れたのだからこそ、「スクールアイドル矢澤にこ」として改めての解散を支持できたのだろう。

穂乃果にはアメリカで感じた嬉しさと寂しさがあり、自分の意見を言うことができない。穂乃果はアメリカで抱いた感情と向き合うことになる。「μ's」継続を選べば、またあの9人でアイドル活動ができる。しかし、その瞬間「μ’s」はアイデンティティーの崩壊を生じてしまう。「μ's」は「スクールアイドル」なのだ。高校卒業した絵里のぞみにこは、ラブライブドーム開催時には「スクールアイドル」ではない。継続することは「スクールアイドル」を辞めることに等しいのだ。しかし、世間はそんなことを気にしない。「アイドルググループ“μ’s”」であることを求めている。
この世間の期待と自分たちの願いがマッチングしたのは「A-RISE」だった。「A-RISE」も「μ's」同様ラブライブの価値向上に影響を与えるグループだ。彼女たちは「スクールアイドル」であることに誇りをもっていたが、それ以上にずっとみんなでアイドル活動をやることを希望していた。2期同様、「μ’s」と「A-RISE」の対比描写だね。


雪穂と亜里沙が穂乃果に練習場所のアドバイスを求めるシーン。ここもある意味残酷だよ。これから3年間もやりたいことを楽しいことをやれる雪穂と亜里沙に羨望の感情を持つ穂乃果が描かれている。
そりゃそうだよな、あんなに最高で素敵なチームをつくったのにたった1年しかともに歩めないなんて悲しいよ。自分と比較して3年間もある2人をうらやむよ。解散問題に悩んでいるときに夢や希望に満ち溢れた2人をみたら余計にさ。
シリーズ通して雪穂・亜里沙はニュータイプ少女だなと思う。「μ's」のことを肌感覚でよくわかってらっしゃる。悲しい顔をする穂乃果をみて、「楽しくないの?」「楽しいのがμ’s、μ'sのように楽しいスクールアイドルになりたい」と雪穂・亜里沙は穂乃果に語りかける。
2期の解散問題のときといい、この子たちは解答をずばっと言っちゃうねぇ。女性シンガーの発した「なんのために歌うのか?」という問いの解答はまさにそれ。「楽しそう!やりたい!やってみた!楽しい!夢中になるほど楽しい!」
「スクールアイドル“μ's”」は母校を廃校から救いたいという願いから始まり、スクールアイドルの楽しさにのめり込んだ9人の姿である。みんながワクワクする、自分たちがワクワクするライブをしてきた9人の女神を間近でみてきた2人はだからこそすぐに答えに辿り着いたのかもしれない。当事者よりもすぐ近くの人の方が本質を見抜いているときってあるよね。

俺が『ラブライブ!』に、「μ's」になんでハマったかというと、「楽しそう!やりたい!やってみた!楽しい!夢中になるほど楽しい!とことんやったる!」ていう9人の姿勢が大好きだから。自分が決めたことに誠実に向き合う9人の姿が愛おしいから。そういうわけで初見の時点で俺は、「解散ライブ」も「未来のスクールアイドルのためのライブ」もやりたいことなんだから、やりたいこと全部やっちまえばいいと思っていたし、それしか解決手段はないと確信していた。「やりたいこと楽しいこと好きなことをやるったらやる!」いつだってそれが「μ’s」の原動力なのだから。



決意パート

雨の中それぞれが「μ's」に思いを馳せる。迷う穂乃果を導いたのはアメリカで聴いた歌声、あの女性シンガーと再び相見える。未だ答えを見つけられない穂乃果に、答えは見つかったかと女性シンガーは問う。沈黙する穂乃果をみて、彼女は「飛べるよ」と言葉を残し、突風とともに去る。

「あのころのように飛べるよ」、いいセリフだな。
冒頭の幼少期の穂乃果たちに通じる部分。きっと冒頭の水たまりジャンプは、「あんなでっかい水たまりをジャンプで超えたらすごいことだ、きっと楽しいはずだ」という流れで穂乃果が始めた遊びなんだろうね。そして、何回やってもうまくいかず、苛立ちを募らせる穂乃果。無理だよと発することり。後ろで心配そうに見つめる海未。
水たまりを超えに成功した理由は、「楽しさを取り戻した」からだろう。楽しげな歌声に触発されて、穂乃果は軽やかなステップを踏み始める。どこかへ行こうとする、飛ぼうとする心のステップは、見事に水たまりを乗り越える。楽しい遊びだからこそ楽しんでやらないと成功できないんだ。

楽しいことを楽しみながら取り組めばいい、あのころのように。女性シンガーの問いとその答えは、『ラブライブ!』シリーズで描いてきた「好きなことをやりたいことを楽しいことをやるったらやる!」という根幹を凝縮させた問答なのだろう。

自分たちが一度背負った活動終了という決断と周囲からの過度な期待が、「スクールアイドル」の「μ's」の本質を曇らせてしまった。「好きなことをやりたいことを楽しいことをやるったらやる!」、その心意気を取り戻した穂乃果はみんなと再開する。限られた時間の中で精一杯の輝きを放つ「スクールアイドル」の誇らしさを胸にして、「μ’s」は改めて活動を終えることを決断。そして、穂乃果は「解散ライブ+スクールアイドル素晴らしさを伝えるライブ」の実施をみんなに提案する。

全てをゼロから自分たちの手で準備する「スクールアイドル」のライブを、スクールアイドルのみんなで行う。「スクールアイドル」の持つ、今この瞬間を全力で駆け抜ける楽しさと素晴らしさを伝えるのが目的だ。ほら最高に「スクールアイドル」らしい解決手段でしょう?
ここでにこが「スクールアイドルにこにーにとって不足なし!」なんて心のダムを決壊させにくるんだよ!一番アイドルらしさにこだわっていた人が「スクールアイドル」の美学に殉じようとする。かっけーな、矢澤ァ!




ライブパート

なんやかんやで全国各地の「スクールアイドル」の協力を得て、「μ‘s」を船頭とする「スクールアイドル」たちはライブを開催する。秋葉原一面がステージのライブは、住民たちをもワクワクの渦に引き込む。
こんなん見せられたらそら「スクールアイドルsugeeeeeeeee」になるわwwww
本当に素晴らしいライブだったと思う。観てて聴いててワクワクしたもん俺。
またさ、ライブ前に穂乃果が太陽を掴む姿を写した後に、『Sunny Day Song』なんてタイトルの歌を一瞬の輝きを放つ「スクールアイドル」が歌うんだよ。よくできてるよな。

場面は変わり、3年生になった雪穂と亜里沙がアイドル研究部の説明会を行う姿が映し出される。ここでは、「μ's」が企画したライブによりラブライブがドーム大会になるほどに成長したことと、2人が「μ’s」のように楽しい活動をやり通してきたことがわかる。
そして、「μ's」の最後のライブが映し出されて本映画は幕を閉じる。

敢えて穂乃果海未ことり真姫凛花陽のその後の「スクールアイドル」生活を飛ばしたのは真っ当だと思う。きっと6人は卒業するまで「スクールアイドル」をやり抜いたのだと思う。でも、そこは描く必要はない。
本作のラストで本当に描くべきは、9人の女神とその仲間たちが守ろうとした「未来のスクールアイドル」の姿だからだ。そして、本作において雪穂と亜里沙は「未来のスクールアイドル」の象徴だ。2人が3年生になっても「スクールアイドル」をやっている姿を見れるから心が動くんだよ。9人の女神たちは未来を守り切ったのだと。2年後の場面は彼女たちの頑張りの結晶なんだ。

本映画は、最初の導入部では『ラブライブ! School Idol Movie』と表記されていた。しかし、エンドロールの中で『ラブライブ! School Idol Project』と表記される。これは「μ's」から次世代の「スクールアイドル」へバトンを渡した比喩なのかもしれない。その次世代の「スクールアイドル」は雪穂・亜里沙であり、『ラブライブサンシャイン』の「スクールアイドル」である。

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