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8/15 資本主義と根の生えたバジル

かれこれ1ヶ月くらい前のこと。まりえちゃんが泊まりにきてくれた時に、
「他でも散々聞かれてるかもしれないけど、さくらちゃんは今後この場所で根を張っていくつもりなの?」と聞かれた。
まりえちゃんはいつでも、「踏み込んだ話をしちゃうけど」とか「もう色んなとこでお話ししてるかもしれないけど」とか、一言前置きをして尋ねてくれる。「文字数制限とかないし、原稿用紙のマス目をはみ出しちゃっても良いからなんでも聞くよ!」とそばに寄ってくれるような気遣いがとてもまりえちゃんらしいと思うし、その一呼吸おいた感じがありがたくて、私は自然な息継ぎののち口を開く。

「根を張るとはちょっと違うかもしれないけど、多分、こいつみたいな感じかも」
そう言って指差したのは、パイントグラスに生けられたバジル。グラスの水分をめいっぱい使って根っこを生やしているそれは、先月、一番地で畑をやっているおばちゃんからもらったもの。
正直、最近は枝葉を伸ばすことに必死で、根っこのことなんてここしばらく考えられなくて、単に目に入っただけかもしれない。お皿の上に緑が足りなくて困った時のためのバジル。

移動式銭湯とか、旅するパエリアとか、綿毛みたいに風に吹かれるまま、たどり着いた土地どちの空気を自分のモノにして生きていく人もいるし、この道云十年の宿屋や居酒屋の女将さんのように、自分が根を張った場所に訪れる者を迎え続ける人もいる。私はどちらかというと一旦落ち着くと動きたくない性分だが、地植えされて動けないのは気に入らない。
好きな場所で芽を伸ばして、時々水を入れ替えながら根を生やす。たとえ植えられても土が合わないと枯れて粉々になるような程度の、水耕栽培がちょうどいい。我ながらいい答えだと思った。
しかし水耕栽培って、そもそも水を入れ替えてくれる人がいるのが前提で、しばらくほったらかすとすぐに枯れるんだった。そんな他力本願な私が、根を張ろうが、風に吹かれようが、「利益が手元に残らないと続けられない!やっば!」と気づいたのは、まじでほんのつい先週。戦後の北条が栄華を極めた頃営業していた「むろや旅館」のトモコさんとの再会がきっかけだ。

大学卒業後生まれ育った北条を離れ、イギリスに渡って現地で働き暮らしているトモコさんと初めて出会ったのは去年の夏。毎年、イギリス人の旦那さんと、子どもたちと一緒に帰国するたびに私に連絡をくれる。
「わざわざ遠いところから来てくれるから安く泊まってもらおうとするんじゃなくて、お金を費やしても良いから、わざわざ行きたいと思ってくれてるんじゃないの?あなたが儲からないと意味がないのよ」
トモコさんのイギリスでのパンクロックな暮らしぶりもさることながら、宿のサービスに対してもインバウンドの視点を持って色んな意見をくれる。
女性一人でむろや旅館を切り盛りしていたお母さんの背中を見て育ったからだろうか、私のことを本当に気にかけてくれている。
ちなみに女将さんであるお母さんの方はというと、宿を畳んだ後も広大なお庭をいつも綺麗に整え、お化粧も私より決まっていて、スイカにゴーヤ、カボチャなど、家庭菜園の域を超えたクオリティの高い夏野菜をいただいてばかりいる。

思えば、近所の魚屋さんは孫でもなんでもない私のことを、「よう帰ってきたなあ」と何かと世話を焼いてくれる。特にじいちゃん。野菜に果物に、欲しいものは聞けば大体じいちゃんの山から調達してくれるが、自分の売る魚は決して安売りしない。(市内の人にとっては十分安く、段違いに美味しいそう)それは魚屋に限らず他の商店も同じ。小さな町の商売で、スーパーと価格競争していて儲かるはずがない、というのもあるだろう。物価高の波はこんなに小さい港町にも押し寄せていて、ただでさえ年々収穫量が減っている海産物は値上げを余儀なくされている。それでも、値段を上げても質は落とさず続いているお店に、ときにその店の大将と奥さんと、忙しい時だけいるその妹と、接客のばらつきがあるパートのおばちゃんに、これでいいんかも、って励ましてもらえる。北条っぽいとか田舎っぽいからじゃなくて、人間らしくていい。

正直オペレーションもまだまだ手探り、毎回色んな状況と直面していてトラブルシューティングの連続。それでも、この不完全な状態に可能性を感じてくれた人と、一緒にこの場所に投資し合うことで、さらに大きな物語に発展するんじゃないかと。可能性を感じてもらうためには、自分の提供する品質に自信を持つこと。自分に自信を持つことは、ベストな準備で臨むこと。手間暇やアイデアで、低コストで解決できるなら越したことはないが、続く仕組み、遠くへ行く手段としての利益は単に利益じゃなくて、私の投資した時間とお金がごく自然な流れで循環円の中にかえっていくこと。その箱が世界にもたらす先に愛を見出してるのならもう振り返らなくていい。大丈夫。なるようにしかならない。

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