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かみなりのいしを探していました(下)

新年度が始まりはや2ヶ月。お願いしなくてもアルバイトさんがきっちりとまとめてくれている宿泊者名簿と照らし合わせ、遅ればせながら2020年度の宿泊者統計をとっています。だけど本当は、ゲストと一番距離の近い人が、その手で顧客データを残した方がいいだろうな。「お客さんがどんな方か」を自分の五感でインプットできることに接客業の面白さがあると思う。
それを旅館業・宿泊業の文脈に当てはめると、ゲストが何を求めてどこへ行きたいのかを振り返って、それを言葉にした時の表情、その場に巻き起こった感動を自分の中で反芻してはじめて「お客さんと接する」ということになる。そう、つまりこれはおかみの仕事なのだ...。わき目を振らずに走ることと時々振り返ることの均衡を保つためにも、今年度こそは手洗いうがいと同じテンションで顧客管理も日々の習慣にしていこうと思う。


思い返すと、昨年はトータルで半年しか宿を開けられなかった。
夏、秋、行楽シーズン...と、限られた時期に人が押し寄せて、私はお一人お一人の気持ちをじっと汲んで接することができたかどうか、それはぎこちないものではなかったかどうか、おそるおそる振り返っては反省が尽きない。世間の波に左右されるのが前提の業界だが、潮の満ち引きがあまりにも激しい。
ホスピタリティの湧き出る泉を持つような旅館業の人たちは、「自分の日常と旅人の非日常」を天秤にかけていつ心が休まるのだろうと心配になる。
予約がたくさん入ってきた!と思えば、満室もイベントも重なり、世間が騒ぐとみるみるうちにキャンセルが立て続き、お上に言われるがままに明かりを消せば、助成金の申請に追われる。
日本中で不要不急だと言われている私たちは、このループを繰り返してどこに行き着けるのだろう。主語を「私たち」にしてみたが、経営者の気持ちは計り知れない。しょせんリスクを背負わない、薄っぺらい私と虚しい言葉がいくあてもなく歩いているだけだ。

長く休業していた分、再開後にお客さんを迎える楽しみはもちろん格別なものだったけれど、それと同時に、変に肩がこる思いも多かった。
満床15人の小さなゲストハウスである以前に、門司港という、不思議な歴史を孕む場所に生かされてきた建物だ。
お金も名刺もそっちのけて(本当にそっちのけるために後日どんな方か知って震えることもある) ここに来てくれる方とそれぞれのページの余白に、一緒に門司港の地図を描いてきたような感じがある。

けれど、今こうして国一体となって「宿泊業」という枠組みに入れられて(自分たちで入ったんだけど)、「Gotoトラベルはないの?」やら「このキャンペーンに入って割引プランを打ちなよ」と言われると、私たちと私たちのつくる世界は、れっきとした商品だったことを思い知らされた。

去年の夏に催行された「北九州市宿泊モニターキャンペーン」では、1泊2000円でポルトに泊まることができた。
1泊に対し2000円の助成金が出るため、宿側は実質1泊4000円を売り上げる。ポルトの1室を2000円で正規販売するのは、後にも先にもこのキャンペーンしかないと思う。小倉で飲み歩いた時の3、4軒目くらいの会計と同じくらいだろうか。つまり、たった小一時間の飲み代で、ポルトと門司港のまちを一日過ごせるということだ。
今この瞬間にも日本全国のホテルで、補助金も助成金もなしの価格破壊が行われている。
「破壊と創造」は万物の事柄に当てはまる過程だと言えるかもしれないが、この価格破壊から創造されるものは何だろうか。

キャンペーンが終わってから問い合わせを受けて、通常料金を提示すると、素泊まりでこの金額は高すぎるだったり、市のホームページで書いてることと違うだったり、とにかくまあいろいろ言われた。この手の電話にはなるべく機械的に対応する、と心がけていたものの、あまりの件数、そして電話の向こうが本当に求めるものが私たちではないことを思い知って、夏が終わる頃にはさすがに憔悴した。心の荒んだ私を心配してくれた皆さん、大変お世話になりました。

ポルトは一体何に値札がついているのだろう。
をずっと考えた休業中だった。考えすぎて肌が荒れたので考えるのをやめた頃には、GoToトラベルはこの世から無かったことみたいになっていた。今となっては、大量の地域共通クーポンだけがスタッフルームに入っていてちょっと笑える。今まじまじと見てみるとそれは上等な紙きれなので、これから100年後には「幻のチケット」的なプレミアがついてメルカリで売られたり、1000年後くらいには「古代日本の疫病時代の特別通貨」とかで出土されたりしないかな。

巨大タンカーだろうが小さな漁船だろうが、海での泳ぎ方を知らないまま乗ると転覆したら溺れる。世の中の価値がひっくり返って、波の向きも日々変わる今、私はここでまちも宿も見渡せるからこそ
お金がどう流れているか、人がどう流れているか、
自分はその流れにどうかかわれるか、前線にいるからこそ全身で体感してきたし、溺れないように浮かんでいきたい。そして今年度中には船舶免許が欲しい(2級)。

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