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仕事に追われていた。
その年、この部署には私1人だけが配属された。
同期はいなくて、1年経つと一つ上の先輩は辞めてしまって、二つ上の先輩も他部署に移動してしまって、一つ下は入社してこなかった。
若手を1人で担うことで大層可愛がられはしたが、各々の期待とデイリータスクは膨らむ、わたしはヘッドスパに行きたいなーとか、そんなことばかり考えていた。
来週は苦手な仕事が待っている。
他部署へのヘルプで、且つ深夜勤務。
ここ以外の部署は現場に近く、より体育会系というか、臨機応変に動くことしかないし、なにより誰も挨拶をしてくれないから上司の名前がわからない。
他の人との会話を盗み聞きして「あの人は佐藤さんって言うんだ…」とか、そういう雰囲気でやりくりしていた。
行きたくないな、16時間もここにいたくない。ヘッドスパに行きたいな。家に帰って、積読を解消して、詩を書いて、曲にしたい。
音楽、もうずっと聴いていない。
部屋にでっかいオーディオを置いたのに、ただのでっかい時計になっている。
ヘッドスパに行きたいな。
「先輩、ヘッドスパ行ったことありますか?」
「いや、行きたいと思ったことないな…美容院のシャンプーは好きだけどね」
「そうですか…」
頭が膨れ上がって今にも破裂しちゃいそうだ。
そういえば、昨日も風呂に入れなかった。
帰ってすぐ寝てしまって、起きたら家を出る時間だった。
ご飯は、仕事の合間に、ポケットに忍ばせたチョコレートを食べたらいい。
お風呂、お風呂、ヘッドスパに行きたいな、誤魔化すために香水を多めに振りかけた。
頭が割れちゃいそうだ、ヘッドスパに、あ、チャットが来ている、この前作成したデータの件だ、早く開かないと、「昨日やってもらったこのデータなんだけど、このやり方って誰かから教わったやつかな?この場合のネタはこの人の発言まで入力してほしくて。あと、ここのTC、全然違うところに入っていたから気をつけてね、わからないことがあったら出す前に教えてほしい。云々。」
文字が読めなくて、5回読んだ。ごめんなさい。あとで直接聞きに行かなきゃ。言いたいことはわかるんだけど。謝って、もうきっと私はわからないことだらけだから全て教えてもらわなきゃ。ヘッドスパ、今日はいけないな。てゆうか、予約制だろうな。家の近くにないのかな、ないな。19時で終わるもんな。いつか何も思い出せなくなって、ヘッドスパのゾンビになってしまう。
「先輩、データ処理って難しいですね」
「初めのうちはやり方掴むの難しくてイライラするよね〜」
「そうですよね…」
ヘッドスパ、ヘッドスパに行かないと頭の容量が足りない。
でも今日が終われば2日休みがある、連休嬉しいな。あと2時間で帰れる、あ、上司と話すから2時間半後かな、帰れる、帰って明日は休みで、次の日は久しぶりのライブだ、出る方のライブ、嬉しい、本当にたのしみ、でも全然練習できてないな、不安だな、頑張りたいな、もっと細やかにいろんな小さな粒を撫でるような、楽しみだな、ヘッドスパに行きたいな、ヘッドスパに行ったら全てがわかる気がするな、言い過ぎだけど、後頭部が重たいんだ、そこを拳骨で殴る、目が覚めましたか?拳骨で殴る、あー、うん。退勤。

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