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消えゆく音、終わらない音楽――『Ryuichi Sakamoto | Opus』の公開に寄せて④

楽曲解説

  1. Lack of Love

  2. BB

  3. Andata

  4. Solitude

  5. for Johann

  6. Aubade 2020

  7. Ichimei - small happiness

  8. Mizu no Naka no Bagatelle

  9. Bibo no Aozora

  10. Aqua

  11. Tong Poo

  12. The Wuthering Heights

  13. 20220302 - sarabande

  14. The Sheltering Sky

  15. 20180219(w / prepared piano)

  16. The Last Emperor

  17. Trioon

  18. Happy End

  19. Merry Christmas, Mr. Lawrence

  20. Opus - ending

「The Sheltering Sky」

「ぼくはあと何回、満月を見るだろう」

ベルナルド・ベルトルッチ監督による映画『シェルタリング・スカイ』(1991年)は、原作者ボール・ボウルズによる、このようなモノローグで幕を閉じる。

『async』(2006年)に収録の「fullmoon」では、この独白を引用し、様々な言語に翻訳した朗読を素材にしている。

この「fullmoon」の発表によって、「The Sheltering Sky」は特別な意味を持つ楽曲となった。もはや、単なる『ラストエンペラー』(1987年)に続く、ベルトルッチ監督の次回作『シェルタリング・スカイ』のテーマ曲ではない。

自身の生死と向かい合い、深遠な哲学的思索の果てに辿り着いた坂本による、重要なメッセージを孕んだ楽曲となったのである。

この映画は照明で、一日の日の動きが再現されているが、この曲の演奏により、空間が満月の夜のような薄暗さに染まっていく。

「20180219(w / prepared piano)」

日付が曲名となっているが、このような命名規則だけの楽曲が収録された『12』(2023年)には、この楽曲は収録されていない。

坂本はこの楽曲が出来た経緯を、次のように語っている。

2018年の2月にフランスで計6回のコンサート・ツアーをやっていた頃にぽろっとできた曲で、それ以来弾いています。こちらもAlva Notoとやるときや今年のシンガポール公演で演奏しました

『教授動静 第17回──映画音楽制作の日々は続くよ、どこまでも』(GQ JAPAN)


そして「w / prepared piano」とあるように、ジョン・ケージに倣い、ピアノ線に金属製のクリップを挟んでプリペイド・ピアノで曲が奏でられる。

キャリア初となった、オリジナル楽曲によるピアノソロアルバム『BTTB』(1998年)でも、プリペイド・ピアノを披露している。

しかし、ここで聴かれるプリペイド・ピアノの演奏は、クラシック音楽の楽曲形式を曲目に持ちながら、クリップなどで調律し直すことで、東洋音楽のガムランを再現した「prelude」や「sonata」(ともに『BTTB』に収録)などとは、別の意図を持っているように思える。

というのも、坂本は東日本大震災で水没したピアノを、「自然が調律したピアノ」として、インスタレーション作品に仕上げている。

つまり、この映画での坂本のプリペイド・ピアノは、前述のガムランではなく、この「震災ピアノ」を意識したものであると考えてもよいのではないだろうか。

『BTTB』より20年以上の時を経て、西洋と東洋だけではなく、自然と人間との対立を、坂本はプリペイド・ピアノによって前景化している。

「The Last Emperor」

ベルトルッチ監督と初めてタッグを組み、アカデミー賞を受賞した記念すべき作品。「戦場のメリークリスマス」と同様に、坂本のコンサートには欠かせない一曲である。

映画には収録されていないが、この映画の元になった配信コンサートでは、1曲目として「Improvisation on Little Buddha Theme」が演奏されていた。(Blu-Rayにはボーナストラックとして収録される)

この曲は、ベルトルッチ監督「リトル・ブッダ」(1993年)のテーマ曲をベースに即興演奏を行ったものである。

この映画で坂本は、「ラスト・エンペラー」(1987年)、「The Sheltering Sky」(1990年)、「リトル・ブッダ」(1993年)とベルトルッチと共演した全3作品、そして、ベルトルッチ追悼のための曲「BB」を演奏している。これはベルトルッチに対する最大の経緯を示すものだろう。

実は中世イタリアの作曲家、カルロ・ジェズアルドをテーマにしたベルトルッチの映画を手掛ける予定であったが、実現することはなかったことが残念でながらないなお『Async』(2017年)では「fullmoon」にイタリア語の朗読で参加している

「Trioon」

アルヴァ・ノトとの初コラボレーション・アルバム『Vrioon』(2002年)からの一曲。同アルバムは『V.I.R.U.S』としてシリーズ化され、2022年にリイシューされている。

アルヴァ・ノトとの出会いは、1998年に池田亮司のイベントにアルヴァ・ノトが出演しており、このイベントを観に行った坂本は終演後に池田に紹介してもらい、Morelenbaum2 / Sakamotoのライブ・アルバム『Live in Tokyo 2001』に収録された「Insensatez」のリミックスを依頼したという

アルヴァ・ノトはデヴィッド・シルヴィアンなどと同様に、坂本龍一と生涯を通じてのコラボレーターでもある。この曲は、アルヴァ・ノトへ捧げた演奏であるのかもしれない。

参考文献

  1. 『InterCommunication』(2000年秋季号)、4p

  2. 坂本龍一『ぼくはあと何回、満月を見るだろう』、10p

  3. 吉村栄一『坂本龍一 音楽の歴史』、278p

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