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井上小百合 トリビュート

 2020年4月27日。乃木坂46から一人のメンバーが卒業した。1期生の井上小百合だ。自分の信念に従い、アイドルとして、人として正しい道を選択し続けてきた彼女。そんな一人のアイドルの卒業に寄せて、これまでの軌跡を記録したいと思う。



⊿ 乃木坂46として

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 井上は2011年8月21日、乃木坂46の1期生としてグループに加入する。デビュー当時の彼女はツインテールに「あなたのハートをくださゆにゃん」というキャッチフレーズ、多くの人がアイドルに抱くパブリックイメージを体現したかのような存在であった。

 活動の方に目を移すと、1stシングル『ぐるぐるカーテン』から6thシングル『ガールズルール』までの延べ6作品で選抜入りを果たしている。一見華やかな一歩を踏み出したかのように思えるが、当の本人は3列目というポジションに悔しさを滲ませていた。グループや周りのメンバーを思う気持ちも持ちつつ、彼女の視線の先には常にセンターの椅子があったのだ。

 そして迎えた7thシングルの選抜発表。これまでアンダーメンバーとして活動してきた中元日芽香や衛藤美彩、川後陽菜が選抜入りを果たすなか、井上の名前は最後まで読み上げられなかった。活動2年目にして選抜以外の景色を見ることとなる。9thシングル『夏のFree&Easy』で一度は選抜復帰するも、その後もアンダーメンバーとしての活動が続く。そんな状況下でも井上は、自身の置かれた環境を決して負のものとは捉えていなかった。

「反省はあるけど後悔はないです。」そう言えるのは、様々な活動で努力を惜しまなかったからこそだろう。その一つが8thシングルから始まったアンダーライブである。伊藤万理華が先陣を切り、井上小百合が文字通り身を削って打ち込んだこのライブは、現在でもグループを支える一つのビッグコンテンツになっている。全体ライブでは感じることのできない熱量を生み出し、グループに新たな可能性を見せてくれるもの。井上はアンダーライブ並びに「アンダー」という概念の価値を底上げした功労者の1人に違いない。

 選抜の活動から遠ざかって1年が経った夏。井上のもとにも一筋の光が差し込んでくる。12thシングル『太陽ノック』で選抜復帰を果たしたのだ。彼女の勢いはこれだけに止まらず、加入前からの目標である舞台での活動が増えたり、予てからファンだと公言していた特撮ドラマに呼ばれたり、14thシングルまで連続の選抜入りを果たしたりと、充実した活動を送っていた。すべては順調で、誰もが良い軌道に乗っていると思っていた。

 15thシングル『裸足でSummer』の選抜発表。齋藤飛鳥のセンセーショナルな登用を目の前に、井上の名前が呼ばれることはなかった。「努力は報われない。」「地獄のような日々だった。」後に彼女はそう語っている。そんな絶望の淵に立たされた井上がとった行動は、ファンやメンバーに弱さをさらけ出すことだった。彼女が思い描くアイドル像は「常にファンを楽しませる人」というもの。だからこそ弱音を吐くことに戸惑いを感じていたのだ。しかし握手会等を通じてサユリストが気持ちを汲み取り、寄り添ってくれた。井上小百合という存在を理解してくれた。この期間は井上にとって「地獄」と形容するほどのものだったことはたしかだが、それと同時に多くの温もりや優しさを感じることができた期間でもあっただろう。アイドル「さゆにゃん」としてではなく、「井上小百合」としての自分を支えてほしいと素直に思えるようになった瞬間でもあった。

 続く16thシングルで選抜に返り咲いてからは、彼女は選抜の椅子に定着することとなる。印象的な出来事として記憶に残っているのは、乃木坂46のデビュー5周年を記念して開催された「5th YEAR BIRTHDAY LIVE」だ。このライブでは1日目に橋本奈々未の卒業コンサートが執り行われた。そして迎えた2日目。『OVERTURE』のあとに流れてきたのは、井上小百合のセンター曲でもある『あの日 僕は咄嗟に嘘をついた』であった。長年グループを牽引してきたメンバーの卒業を前日に消化した翌日、アンダー楽曲から始まることには大きなメッセージを含んでいるようにも感じられる。たしかに音楽番組やドラマやCMなど、世間一般の目に留まるような活動は少なかったかもしれない。それでもグループを支え続け、ライブという自分たちのフィールドで情熱を燃やし続けたアンダーメンバーたち。大事な場面で彼女たちに白羽の矢が立ったことに、アンダーメンバー及びに井上小百合への信頼を感じ、胸が熱くなったことを覚えている。

 苦楽をともにしてきた戦友たちとの別れが近づく2017年秋。19thシングル『いつかできるから今日できる』で井上は初の福神入りを果たし、夢のポジションへ一歩近づくかたちとなった。初期の選抜発表で涙していた頃と比べ、よりグループのことを考える言動が増えてきてはいたことは事実だが、この目標は変わらず胸に秘め続けていたのだ。それは卒業発表前の23rdシングル『Sing Out!』の選抜発表後、ファンに気持ちを吐き出していたことからも分かる。

 24thシングル『夜明けまで強がらなくてもいい』では、予てから抱えていた身体的な不調を理由としてシングル活動を辞退することを決断。そして25thシングル『しあわせの保護色』での活動を最後に、彼女はグループから卒業していった。


決して倒れない人になろうとするのではなく
必ず起き上がることができる人になろう。

 彼女の母親の言葉だ。井上にとって乃木坂46で過ごした9年弱が順風満帆なものであったのかは分からない。ただ、ときに喜び、ときに傷つきながらも何度も立ち上がり、大切な人とともに人々を魅了し続け、最後までブレない姿勢をもって卒業していく彼女の姿は、とても素敵で輝いていた。

 アイドルになってよかったです!

 最後のブログで井上が残した言葉だ。これを聞けただけで、アイドルになるという選択が正しかったと思ってくれただけで、これまでの全てが報われたかのような気持ちになった。彼女のアイドル人生を応援できたことを心から誇りに思う。


⊿ 役者として

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 井上小百合のこれまでのキャリアを語るのならば、もう一つのステージについても触れておきたい。乃木坂46の1期生メンバーとしてグループとともに数多の物語を紡いできた井上だが、彼女はもともとアイドルになりたいわけではなかった。

 井上は幼い頃から身体が丈夫な方ではなく、入退院を繰り返していた時期がある。病床の上で自分の存在意義について頭を悩ませたこともあったと語る彼女を笑顔にしたのは、テレビやラジオの存在だった。そういった経緯を持つ井上が、いつの日にか自分も人に幸せや笑顔を届ける存在になりたいと思うことは自然なことだろう。なかでもドラマや舞台に出会った彼女は、役者という職業に強い憧れを持つようになっていた。

 そんな井上が人前に立つきっかけとなったのが中学生のころにラジオで知ったモデルのオーディションだ。当初は「ずっと聞いていたラジオの関係者に会える!」という動機だったが、話はとんとん拍子に進み見事合格。その後アイドルの道を勧められるが、あくまで役者志望の井上はすぐには首を縦に振らなかった。しかし経験もないなかで、プロの役者の道に進むことの難しさを痛感していたことも事実としてある。重い足取りでアイドルのオーディションを受けた彼女に、ある出会いが訪れる。アイドル井上小百合に初めてファンができたのだ。自分のことを応援してくれる人に出会ったのだ。胸に抱いていた「人に笑顔を届ける」という思いと、アイドルの存在が結びつく。そうして彼女は乃木坂46の活動を通して人に笑顔を届けながら役者を目指すことを決意する。

 乃木坂46では誰もが一度は演技の道を通ることになる。プリンシパル公演だ。この公演のひとつの特徴として、目に見えた結果を突き付けられるということが挙げられる。この点に井上は苦手意識を持っており、一時期は舞台に立つことが怖くなっていたとも明かしている。それでも舞台に立ち続けた彼女の姿勢は次の道へと繋がる。

 舞台『帝一の國』で井上は初めて外のステージに立つことになったのだ。この舞台では井上演じる 白鳥美美子 以外の登場人物が全て男性ということもあり、劇場に足を運ぶ客層も女性がほとんどであった。そこには今まで体感したことのないアウェイの空間が広がっており、厳しい目を向けられることもしばしばあったという。そこで井上は1つの想いに辿り着く。「どうせアイドルだから」そんな色眼鏡を覆したい。思考や言葉だけで終わらせないのが井上小百合である。毎公演ごとに努力を重ねた結果、客席からの視線も変わり、日に日に好感触を得ていったという。この舞台は彼女の女優キャリアのなかでも、自信と成長の裏付けにもなる重要なものになったに違いない。

 その後も井上は数多くの舞台を通し、数多くの人を魅了してきた。それは乃木坂46ファンや演劇ファンだけではなく、共演した役者仲間の口からも彼女をたたえる言葉が多く寄せられるほどに。

 そして2019年8月。彼女のもとに大仕事が舞い込んでくる。舞台『フラガール』ではじめて(外舞台で)主演を務めることになったのだ。そこで井上は、紀美子と自分を重ね合わせ、胸に抱く色とりどりの感情を台詞に乗せて演じ切ってみせた。多くの人の心を揺さぶったその姿は、目に見える形でも評価されることとなる。演劇誌『えんぶ』が毎年開催する、日本のありとあらゆる舞台を対象に、その年の優れた作品・役者を読者投票で決めるという「えんぶチャート」。2019年版のランキングで『フラガール』が作品部門6位、井上小百合は女性アイドルでトップとなる94位にランクインしたのだ。役者として独り立ちできるという証左にもなったこの出来事は、まるで旅立ってゆく彼女の背中を後押ししているようだった。

 一度は「怖い」とも思った演劇。それでも彼女は今も舞台に立ち続けている。それは彼女が幼き頃から抱いていた夢への想いの強さと、一つひとつの仕事に対して直向きに努力を重ねてきたことの表れともいえるだろう。だからこそ、乃木坂46と袂を分かつことを悲しい別れと受け取るのではなく、一人の役者として歩みを進めようとする彼女の門出を素直に祝いたいと思う。

 舞台の原点は人を笑わせたり感動させたりすること。努力を惜しまず、感謝を忘れず、何事にも真摯に向き合う彼女は、これからも多くの人に笑顔や幸せを届け続けてくれるはずだ。そして昔の彼女が芝居の世界に夢を見たように、今も誰かが井上小百合という女優の姿に憧れと夢を抱き目を輝かせていることだろう。


⊿ 人として

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 なぜ井上がここまでアイドルとして、役者として走り続けることができたのか。その答えは彼女の声に耳を傾ければ自ずと見えてくる。雑誌やブログなどで井上がよく口にしている言葉がある。

誰かを笑顔にしたい。幸せにしたい。
それが私の幸せだから。

さゆ

 この考えは生まれもってのものなのか、彼女を取り巻く家庭環境からくるものなのか、成長するなかで見つけたものなのか、はたまた別の由来なのか。重要なことは、彼女がこういった考えを持っているということだ。

 アイドルとしてではなく、役者としてでもなく、井上小百合という一人の人として。その身を賭して、誰かに幸せを届けたいということを信条にしている。「元気な身体に産んでもらったからには、命をちゃんと使いたい。」そんな言葉を残している。誰にでも持てる考えではない。ましてやそれを行動に移すことは更に難しい。それでも井上は多くの人に、多くの幸せを届けてくれた。自分の信念に従い、人として正しい道を歩み続けてきた。彼女がテレビ越しに熱視線を送っていたヒーローのように。

 ヒーローと一つ違う点を挙げるとすれば、彼女はヒーローでありながら、リアリストでもあるということだろう。知っての通り、井上小百合は「お金」が大好きなのである。思い返せば2013年に放送された『乃木坂って、どこ?』#66 から彼女のお金好きは顔をのぞかせ始めていた。その回では「メンバーで誰の金運が一番いいか」というテーマになり、井上は見事に1位を獲得している。その際「正直 今めっちゃお金あるんですよ!」というアイドルらしからぬ、いや18歳の少女らしからぬ発言を残している。その後も「ATMと結婚がしたい」「預金通帳は誰にもいじられたくない」など、人が大っぴらに言いづらいことを彼女は目を輝かせながら語っている。

 このままでは彼女が守銭奴のようだという話で終始してしまうが、それは本意ではない。大事なのはここからである。彼女がお金を好きな理由。ここにも「幸せ」が関係してくる。お金は労働の対価であり、自分が頑張った証明にもなる。それと同時に「お金は他人のことも幸せにできる」と彼女は考えている。「誰かを幸せにしたい。誰かを助けたい。」そう思ったときに、言葉やアクションだけでは気持ちを伝えきれないことがある。その際、かたちあるものとしてお金は思いが伝わりやすいという。自分が好きなことをして稼いだお金を誰かのために使う。そうすることで幸せが循環するという考えだ。

 結局のところ彼女は「お金」が好きなのではなく、「お金を使って誰かを幸せにすること」が好きなのではないかと思う。チープな表現になってしまい申し訳ないが、常に「他人を思いやる」というしっかりとした軸を持って生きているのだ。繰り返すようだが、これは誰にでもできることではない。それでもブレない姿勢を持ち続けているからこそ、井上小百合は多くの人から尊敬され、信頼され、愛されているのではないかと思う。それはグループを離れたあとも続いていくことだろう。どんな肩書きを持とうと、井上小百合は井上小百合なのだから。


⊿ 最後に

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 井上自身、はじめはアイドルになることを望んではいなかったと言う。それでも乃木坂46のことが好きになり、かけがえのない存在を手にすることができたと思ってくれたことが嬉しい。多くの人に愛され、別れを惜しまれる人になってくれたことが嬉しい。そして、そんな素敵な「存在」と出会えたこと、少しでも同じ時を共有できたことを何よりも嬉しく思う。


「自分だけの幸せは、幸せだと思わない」

 思い返せば彼女は事あるごとにファンのことを気にかけてくれていた。アンダーメンバーになったときには「ファンが悲しむことに申し訳なさを感じる。」と語り、初の福神入りを果たしたときには「喜んでくれる人の存在がいるから、より嬉しい。」と語っている。彼女が誰かの幸せを願うように、いちファンとして、これからの井上小百合の人生が幸せに彩られることを願っている。

 
同期の優しさに涙を流せる彼女が好きで、
戦友の卒業を明るく祝える彼女が好きで、
後輩に純粋な愛情を伝える彼女が好きで、
お遊び満載のメールを送る彼女が好きで、
いつも誠実であろうとする彼女が好きで、
最後まで他人の幸せを願う彼女が好きで、

人として尊敬できる井上小百合が好きだった。


 2015年、アンダーメンバーの1つの夢である日本武道館でアンダーライブが開催された。乃木坂46というグループが、そしてアンダーの存在が今ほど世間やファンに認知されていなかった時代に、アンコールで登場した彼女は舞台上でこのような台詞を残している。

私たちのことを見つけてくれて
ありがとうございました

 アイドル井上小百合のファンとして最後に言っておきたいことがある。ステージの上に咲き続けてくれて有難う。そして、多くの幸せを有難う。

2020年4月30日
エメりんご


※ 以下参考

BOMB! 2016年1月号
BUBKA 2016年10月号
日経エンタテインメント アイドルSpecial 2017
Top Yell 2017年1月号
BUBKA 2017年2月号
EX大衆 2017年8月号
EX大衆 2017年10月号
EX大衆 2017年12月号
BUBKA 2018年1月号
Top Yell 2018年3月号
blt graph. vol.27
ENTAME 2018年3月号
日経エンタテインメント 2019年2月号
BARFOUT! Vol.282
週刊女性セブン 2019年10月31日号

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