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「成長より先に分配」と考えなければベーシックインカムは実現しない

ベーシックインカムを実現しようとする論者の中には、何らかの試算などを行って予算があることを示し、「○○円のベーシックインカムなら可能」と主張しようとする人がいる。

ベーシックインカムの実現が図られるとき、「ベーシックインカムを可能とする何らかの余剰があることを示す」というやり方がされることは多い。

しかし、そのようなやり方では、ベーシックインカムという方法は説得力を持たないと主張したい。

なぜなら、ベーシックインカムは、「すでに存在する余剰を分配する」のではなく、「これから余剰を作り出そうとする試み」だからだ。

ベーシックインカムは、「成長したから(余剰があるから)分配できる」ではなく、「まず分配することで、成長を目指す」といった方法であり、やる前から、「確実にそれが可能なだけの余剰がある」という根拠を提示するのが難しいのだ。


「貨幣」は「供給」との関係で変動する

ベーシックインカムは、「すでに存在する余剰を分配する方法」ではなく、「これから余剰を作り出していくための方法」なのだが、ややこしいのは、それが「貨幣を配る」ことだ。

金を与えられておいて、それが「これから余剰を作り出す方法」と言われると、ほとんどの人は混乱するだろう。

これについて説明するためには、まず、「貨幣」の価値(物価)が常に固定されたものではないことを踏まえる必要がある。

日本は長い間物価が安定していて、それは良い側面もあるのだが、本来、「貨幣」は「供給」との関係で価値が変化する。

「貨幣」と「供給」が固定されたレートで結びついている(物価が常に安定している)という認識だと、「ベーシックインカムを配る=すでに存在する余剰を分配する」という考えになりがちだが、実際には、貨幣価値は上下する。

貨幣の量が増えると、貨幣価値が下がってインフレになり、逆に、貨幣の量に対して供給が大きければ、貨幣価値が上がってデフレになる。

貨幣を多く配ると、そのぶん貨幣の価値が下がる。配ったぶんだけ価値が薄まるならば、金を配ったからといって、すでに存在する余剰を分配していることにはならない。

社会の供給力は有限であり、政府が貨幣を配る決断をしたからといって、配られた貨幣が常に変わらない購買力(貨幣価値)を持つわけではない。ただ、ベーシックインカムは、貨幣を配った結果として貨幣価値が落ちるからこそ意味があるのだ。

政府が金を配って貨幣価値を落とすことは、「これから供給力を向上させていく」ために必要なことだからだ。


まず貨幣を配り、それから供給力の向上を目指す

政府は、貨幣を刷って国民に配ることができるが、資源や労働力をゼロから作り出せるわけではない。政府ができるのは、あくまで、方向性を定めて、社会を変化させていこうとすることだ。そして、「ベーシックインカムを配ること」は、政府が国民に対して、これから供給力を向上させていこうとする方針を打ち出すことを意味する。

なぜベーシックインカムを配らなければこれ以上の供給力の向上が起こりにくいかは、「ベーシックインカムがないとこれ以上の豊かさを実現しにくいという話」で説明した。

ベーシックインカムを実現するためには、まず、政府が国民に貨幣を配る。これは、「それを配れるだけの余剰(供給力)がすでに存在するから」ではなく、「これから供給力を向上させていくため」に「まず配る」のだ。

貨幣を配ると、貨幣価値が低下する。貨幣価値の低下に対して、貨幣価値を上昇させうるのは、供給力の向上だ。

産業の効率化や自動化が進んで、より少ない労力でより多くのものを作れるようになれば、「供給」が増えて、「貨幣」の価値が上がる。

ベーシックインカムを配ることで貨幣価値が低下し、供給力が向上することで貨幣価値がもとに戻れば、つまり、「貨幣量の増加によるインフレ」と「供給力の向上によるデフレ」が相殺されれば、それによって「ベーシックインカムが配られる社会」が実現する。

このようなやり方でベーシックインカムの実現を目指すとして、ベーシックインカムにおいては、「貨幣を配ることがゴール」なのではなく、「貨幣を配ることがスタート」になる。

「ベーシックインカムが配られる社会」は、政府が貨幣を配った瞬間ではなく、貨幣が配られるようになったあとで、企業や国民が供給力の向上のために努力することで実現する。

ただ、そうやって、企業や国民が効率化や自動化を進める努力をするためにも、まずは政府が「ベーシックインカム」という仕組みを作る必要があるのだ。


やる前に「余剰が存在する根拠」を示すことはできない

ベーシックインカムが、「これから供給力の向上を目指すための方法」であるとするなら、ベーシックインカムによって達成される余剰は、現時点では存在しないことになる。

そのため、「すでにベーシックインカムを配ることができる余剰があるから、ベーシックインカムが可能だ」という主張は、説得力を持つものにはならない。

未来は不確定であり、ベーシックインカムは、それが将来の供給力の向上に期待する試みであるがゆえに、やる前から、確実にそれが可能である根拠を示すことはできない。

しかしこれは、先に説明したように、「貨幣を配る」というベーシックインカムの性質によって、わかりにくくなっている。


試算された数的根拠も「貨幣」という変動する性質のもの

ベーシックインカムを提唱しようとする人のなかには、何らかの試算をして、「○○円のベーシックインカムなら配ることができる」という形で、ベーシックインカムが可能であることを示そうとする人がいる。

だが、ここまで説明してきたように、ベーシックインカムは、「貨幣量の増加によるインフレ」が「供給力の向上によるデフレ」で相殺されることによって実現する。何らかの試算によってベーシックインカムを可能とする数的根拠が示されたとしても、その数字も「貨幣」であり、それがまさにベーシックインカムを行うことで変化するものであるならば、「確実にこれだけの余剰がある」ことを示すのは難しい。

専門家による何らかの試算が不要になると言いたいわけではない。ベーシックインカムは、社会に大きな混乱を与えないであろう額面から始める必要があり、その現実的な額面を検討するときなどに、試算が不必要になるわけではない。

とはいえ、正確な試算をすれば、それがベーシックインカムを可能にする根拠になるというわけではない。

また、ベーシックインカムは、「デフレなら積極財政、インフレなら緊縮財政」といった経済政策の文脈で提唱されることもある。しかし、そのような考え方をするならば、インフレになるとベーシックインカムをやめて緊縮しなければならなくなる。

ベーシックインカムは、貨幣を配ることで起こるインフレに対して、供給力を向上させようとすることに意味がある。そのため、ベーシックインカムによってインフレが起こったとき、国家が金融政策によってそれに対処しようとするのは、想定を超えた極端なインフレである場合を除いて、望ましいことではない。


「分配」は政府が主導するしかない

ここまで、ベーシックインカムを実現するために、「成長したから分配できる」ではなく、「まず分配することで成長を目指す」という考え方をする必要があることを述べてきた。

実際のところは、成長と分配は、鶏と卵のような関係にある。ただ、「成長(供給)」と「分配(貨幣)」のうち、国家が政策として主導しやすい(しなければならない)のは、「分配」のほうなのだ。

「成長(供給力の向上)」は、企業や国民の努力によっても可能だが、「分配(貨幣を配ること)」は、国家でなければ行えない。

そして、当たり前だが、国家がベーシックインカムを配り始めなければ、「ベーシックインカムが実現した社会」は訪れない。

これは「ベーシックインカムがないとこれ以上の豊かさを実現しにくいという話」で説明したことだが、ベーシックインカムを前提とした(働かなくてもよくなるような)供給力の向上は、まずベーシックインカムを配ってみなければ、その動きが進まない。

これからの成長(供給力の向上)のために、政府が「まず分配」する必要があるのだが、「成長した結果として分配できる(成長するまでは分配するべきでない)」と考えていると、「成長」と「分配」の両方が起こらないことになってしまう。


リスクを負ってリターンを得ようとする政策

言い方を変えると、ベーシックインカムは、「リスクを負ってリターンを得ようとする」政策になる。

ここで言うリターンというのは、「ベーシックインカムが配られる社会」になることだ。リスクというのは、例えば、インフレが起こって生活が苦しくなったり、既存の経済の秩序が大きく変化してしまうリスクだ。

ベーシックインカムを実現するためには、まずベーシックインカムを配って、そこから供給力の向上を目指すことになるが、それが実際に起こるかどうかは、確実なことは言えない。思ったよりも効率化や自動化が進まないかもしれないし、時間がかかるかもしれない。そうなるほど、国民の生活が苦しくなりやすい。

また、インフレというリスクは、労働者層や子育て世帯よりも、高齢層や年金受給者に重くのしかかる。

インフレは、多くの人にとって生活苦の要因になりやすいが、インフレになると賃金が上がりやすくもなるので、働いている人ほどインフレのリスクは低くなる。また、ベーシックインカムの場合、乳幼児や子供にも給付されるので、子育てをしている世帯は相対的に不利になりにくい。

一方で、すでに労働力を持っていない高齢層や、年金に頼って生活している人たちほど、インフレによるダメージを負いやすい。そういう意味では、ベーシックインカムは、弱者を不利にしやすい政策であり、それが、ベーシックインカムが今の社会に受け入れられにくい理由のひとつでもあるだろう。

しかし、現状の社会保障の仕組みは持続可能なものではなく、このままではジリ貧で、いずれは弱者の保護が破綻してしまう。それをなんとかしうる可能性は、供給力の向上(効率化や自動化が進むこと)であり、どこかでそれを目指す方向に舵を切る必要がある。


ベーシックインカムの額面は「目標設定」である

まとめると、ベーシックインカムは、これからの供給力の向上に期待をする試みであり、「リスクを負ってリターンを得ようとする」政策なのだが、「貨幣を配る」というやり方をするゆえに、それがわかりにくいのだ。

「国家が貨幣を配る」ことは、必ずしもそのぶんの購買力を配ることを意味しない。貨幣価値は変動するものであり、ベーシックインカムは、全国民に貨幣を配ることで低下する貨幣価値を、供給力の向上が打ち消すことで完成する。

つまり、ベーシックインカムにおいて配られる貨幣は、ある種の「目標設定」のようなものになる。まず先に配り、それだけの額面を配っても経済が破綻しないように、あとから供給力の向上を目指すからだ。

そして、であるがゆえに、「ベーシックインカムを可能とする余剰」を、それを配る前から提示することはできない。

ベーシックインカムは、「それが可能である」と試算や実証研究によって示されることではなく、「リスクを負ってリターンを得ようとする(長期的な社会の豊かさを目指す)」という価値判断において行われるものなのだ。

しかしながら、ベーシックインカムが「リスクを負ってリターンを得ようとする」ものだとしても、少子高齢化が進む今の日本において、そのような政策を行う価値判断が、民主的な選挙において可能なのかというと、難しいだろう。

自分は、政府にベーシックインカムを強制するような方法があると考えているが、その詳細については、また機会を改めて書いていくつもりだ。

なお、その内容を先に知りたければ、「ベーシックインカムを実現する方法」に書いているので、参考にしてほしい。(すべて無料で読めます。)


まとめ

  • ベーシックインカムは、「すでに存在する余剰を分配する」のではなく、「これから余剰を作り出そうとする試み」であるゆえに、「○○円のベーシックインカムならば可能」という根拠を事前に提示することはできない。

  • ベーシックインカムは、「これから余剰を作り出そうとする試み」だが、「貨幣を配る」という方法であるがゆえにそれがわかりにくい。

  • 貨幣は、多く配るほど価値が下がる性質があるので、「金を配る=すでに存在する余剰を分配している」にはならない。

  • ベーシックインカムは、政府が「まず貨幣を配る」ことによって起こるインフレに対して、「供給力の向上」によるデフレがそれを打ち消すことで実現する。順序としては、先に貨幣を配り、そのあとで供給力の向上を目指すことになる。

  • ベーシックインカムは、貨幣を配ろうとするが、余剰を配ろうとするわけではない。そのため、「余剰があるからベーシックインカムを配ることができる」という形で説得力を得るのは難しい。

  • 何らかの試算によって「○○円のベーシックインカムなら可能」と示そうとしても、その試算による数的根拠も「貨幣」であり、「貨幣」が量を増やすことで価値が変動してしまうものである以上は、「確実にこれだけの余剰(購買力)がある」と示すことは難しい。

  • 成長と分配は「鶏と卵」のような関係にあるが、「分配(貨幣を配ること)」は、企業や国民の努力ではどうにもならないので、政府が主導するしかない。

  • ベーシックインカムは、「リスクを負ってリターンを得ようとする」政策になる。ベーシックインカムのリスクであるインフレは、労働者層や子育て世帯を相対的に有利にしやすく、高齢層や年金受給者を不利にしやすい。

  • ベーシックインカムにおいて、配られる額面は「目標設定」という性質を持つ。配られた貨幣の額面に対して、経済が破綻しないように供給力の向上を目指すことで、ベーシックインカムが実現に向かう。

  • ベーシックインカムは、「それが可能であると事前に示す」ことではなく、「リスクを負ってリターンを得ようとする」という価値判断によって行われる。


ここでは、ベーシックインカムを、これからの「供給力の向上」を目指していくための方法と位置づけたが、その「供給力の向上」が、具体的にどういったことなのかについても論じる必要があるだろう。これもすでに「ベーシックインカムを実現する方法」で書いているが、このnoteでもこれから書いていくつもりでいる。

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