「ロンドン橋落ちた」
夏の陽射しが容赦なく照りつける8月、高校2年生の僕らは受験合宿のために長崎県の某ホテルに集められた。400人以上の参加者が、5、6人のチームを組んで相部屋に詰め込まれる。まるで囚人のように一日中勉強漬けの日々を送るというイベントだ。
当時の僕は、その状況に絶望的な気分でいた。勉強はやればできる方だったような気もするが、目的を見いだせず、エロいことを妄想したり、合宿の間にひげを剃らなかったら何ミリ伸びるか測定したり、ノートに無意味な落書きを繰り返していたボンクラだった。
「みんな、デスクライトを忘れずに!」という先生の指示に従い、私が持参したのは幼少期からの友、オルゴール付きの古びた品だった。ばねを巻くと『ロンドン橋落ちた』のメロディが流れる代物で、正直言って恥ずかしかった。
しかし、この古めかしいライトが、思わぬ騒動の火種になるとは予想もしていなかった。
休憩時間、同室のAが僕のライトに目をつけた。
「おい!そのライト、オルゴールなんやろ?鳴らしてみようぜ!」
恥ずかしさと悪戯心が入り混じる中、僕はおもむろにばねを巻いた。『ロンドン橋落ちた』のメロディが部屋に響き渡ると、みんなの顔がみるみる崩れていった。
「バカじゃねえの!」 「マジウケる!」 「おい、もう一回!」
笑いを堪えながら、僕らは交代でオルゴールを鳴らし続けた。
そして運命の時が訪れた。
勉強時間に戻り、廊下では先生たちが見回りを始めていた。緊張感漂う静寂の中、突如として…
ポロローン♪
かろうじて残っていたばねが解け、オルゴールが鳴り出したのだ。
「プッ」 「くっ…」 「ぶふっ!」
我慢の限界を超え、部屋中が爆笑の渦に包まれた。そして、それは厳しい現実への扉を開けることとなった。
「お前ら、廊下に出ろ!」
怒り心頭の数学教師の声が響く。
僕らは廊下に正座させられ、一人ずつ定規で背中を叩かれるという今では考えられない体罰を受けた。しかし、正直言って痛みよりも、笑いを堪えるほうが辛かったことを今でも覚えている。
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あの夏から何十年も経った。今では笑って話せる思い出だが、当時の僕にとっては長い間引きずった屈辱的な大事件だった。そして、このオルゴールライトは今も実家の押し入れの中に眠っている。
今度実家に帰ったら、またばねを巻いてみようかな。
『ロンドン橋落ちた♪』
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