#20_ASEANというビッグワード
日本市場が成熟期を迎えつつある中で、海外市場に新たな成長の機会を求める企業は多い。とりわけ今後も高い市場成長率が期待されるASEAN市場への参入に関するご相談を受ける機会はいまだに多い。
私自身コンサルタントとしてクライアントと向き合う中で、「ASEAN」という言葉が非常にふわっと曖昧に(ある意味では都合よく)使われているのではないかと感じる機会が多く、今回の論考ではその点についてお話をさせて頂きたい。
ASEANとは
ASEAN(東南アジア諸国連合)の概要については、下記のとおりである。
上記はASEAN基本情報について、日本および世界との比較である。見ての通りASEANの魅力的の一つはその人口の多さにある。2019年時点の人口は約6.6億人、さらには2030年におけるASEANの人口は約7.3億人まで増加すると予想されている。
また1人当たりGDPにおいては、現時点では世界平均を大きく下回るものの、各国中間所得層の拡大(中所得国の罠からの脱却がカギ)、さらにはミャンマーやカンボジア、ラオス等の低所得国が順調に成長していけば、近い将来、消費市場としての魅力度もより一層高まってくる。
今までASEAN市場は日本企業にとって(中国プラスワンとしての)生産市場としての位置づけが強かった。一方、消費市場としての魅力度が徐々に高まってきたことにより、事業ポートフォリオにおける、ASEAN市場の重要度が徐々に高まりつつあり、地域間の優先順位の入れ替えが必要な時期に差し掛かっている企業が増えてきているものと想定される。
ASEAN市場は一つには括れない?
ASEAN市場は今まで述べてきた通り、多くの日本企業にとって魅力的な市場であることは間違いない。ASEAN域内での関税優遇(FTA)やASEAN国籍があれば短期ビザでの滞在が可能であること等、ビジネスを横展開する上での土壌は整いつつある。しかしながら、その恩恵を上回るほどの差分が各国に存在するという点も同時に理解しておかなければならない。
まずは市場の観点からASEAN各国の1人当たりGDPを下記に記載した。各国数値にはばらつきがあるため、消費者の購買力等も国により大きく異なることなる。つまり、ASEAN各国は異なる市場成長フェーズにポジショニングされており、市場を一括りで議論することは現実的ではない。
参考までにインドネシアの主要都市の1人当たりGDPを下記に記載した。同じジャワエリアの中でもジャカルタ首都特別州の1人当たりGDPは17,000米ドルを超える一方で、西ジャワ、中部ジャワ、ジョグジャカルタ特別州など消費財の普及が始まる3,000米ドルを下回る地域も存在する。ASEAN市場は国毎に成長フェーズが異なるという点を記載したが、1国内でも経済状況が大きく異なるという点は理解しておかなければならない。
次にASEAN各国の一般情報として言語、通貨、民族、宗教などの情報を下記に記載した。こうして見ると共通項を見つけ出すほうが難しいくらい、各国の状況が異なっていることが分かる。
言語や民族、宗教が異なれば、自ずと組織の運営も異なってくるだろう。また顧客特性も大きく異なるため、商品構成やマーケティングのやり方も国ごとに工夫が必要となってくる。ましてやインドネシアやマレーシアなどイスラム教がメインの国になれば、"ハラル"対応など別の観点で他の国々とは異なる対応が必要となる。(余談ではあるが、マレーシアとインドネシアのハラル基準はそれぞれ異なり、"ハラル"と言っても、一言で括ることは出来ない。)
ASEAN市場はポートフォリオ経営で攻めるべき?
今まで述べてきた通り、ASEAN市場は日本企業にとって魅力的な「市場の塊」に見えるものの、実際にビジネスを推進する上では、差分を意識した国別のチューニングが重要であることが分かる。
つまり、各国の市場成長フェーズに応じて、戦略・戦術を上手く使い分けることが事業成功上のカギとなるのだ。仮に成長フェーズを「黎明期」「成長期」「成熟期」と分けた場合、それぞれの成長フェーズに応じて「攻め」と「守り」(もしくは両方)を使い分けることが出来なければ、各々の市場で同時に成功を収めることは極めて難しくなる。
本論考の最後に「市場成長フェーズに応じた戦略・戦術」を上手く使いこなせている企業の事例として、ユニ・チャーム社を紹介したい。
ユニ・チャーム社は1人当たりGDPを基準指標として、投入する製品を使い分けている。またASEAN各国の市場を別々で考えるのではなく、横展開の仕組みがうまく構築されていることもわかる。つまり、各成長ステージで蓄積されたケイパビリティやノウハウは、共有資産として他の市場においても活用されているのである。(例えば、インドネシアで「黎明期」に蓄積されたケイパビリティやノウハウは、次に来るカンボジアやラオスの「黎明期」市場対応の際に活用される。)ユニ・チャーム社は、ASEAN市場を「点」ではなく、「面」で捉えることが出来ている点も非常に大きな強みであると思われる。
上記ユニ・チャーム社の事例は、今後新たにASEAN市場攻略を目指すプレイヤーにとっても有益な事例になるのではないか。ASEAN市場に参入する(もしくは戦略を再構築する)際には、初めからASEAN市場を「大きな塊」として見る必要はなく、1国1国を丁寧に攻略する中で培われたケイパビリティやノウハウを次の成長市場に投入する。そして最終的にはステージ毎に「攻め」と「守り」(もしくは両方)を組み合わせた「ASEANポートフォリオ」戦略を立案・推進していくという視点が必要になってくるのではないかと考えられる。
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