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♯15_タイムマシン経営:翻訳の罠

「新規事業について社内で喧々諤々と検討してはいるけれど、中々良いアイデアが出ない。これ以上の社内での検討には限界があるので、一度当社事業に関連する海外市場の先進的なビジネスモデルの事例を調べてくれないだろうか。」

新規事業プロジェクトのご支援をさせて頂く際、クライアントから何度かこの手の話を伺った。クライアントの頭の中には、「タイムマシンモデル」なるものが浮かんでおり、恐らく海外市場において先んじて成功した優れたビジネスモデルやサービスを日本で展開することが出来ないか、また優れたビジネスモデルやサービスの特徴を抽出し、新たな価値展開の可能性を模索できないのか、ということを想定しているのであろう。もしくは以前、事例として取り上げたイオンのように、新たなイノベーションのプロトタイプをアジアで作り、自社の確固たる成功事例として日本にイノベーションの種を持ち込むことを考えているということもあり得るのかもしれない。

今回はこの「タイムマシン経営」をキーワードに論考を進めていく。議論の初めにまず1社事例を紹介したい。「タイムマシン経営」に最も愚直に、かつ数多く取り組んでいる企業はと問われた場合、間違いなくドイツに本拠を置くRocket Internet社の名前が挙がるであろう。Rocket Internet社は、ベンチャーキャピタルとして有名な企業であるが、彼らの特徴は「ベンチャービルダー」という手法を採用している点にある。

「ベンチャービルダー」とは同時多発的に複数の企業を立ち上げる組織として定義付けされている。通常のベンチャーキャピタルは、スタートアップを外部から見つけて何社かに投資するという手法が一般的だが、通常ベンチャー1社に複数のVCが介入するケースがほとんどであり、経営への関与の度合いはどうしても薄くなってしまう。一方、「ベンチャービルダー」は1からベンチャーを複数同時に立ち上げるため、こうしたリスクが軽減される。日本でも2019年にDeNAがデライト・ベンチャーズと共同で立ち上げた「デライト・ベンチャーズ1号投資事業有限責任組合」は「ベンチャービルダー」の事例として記憶に新しい。

Rocket Internet社はこうした手法を採用し、今まで数多くの企業を世に生み出してきた。彼らの社是は極めてシンプルであり、「アメリカ」と「中国」以外の地域で世界最大のネット企業になることだ。誰よりも早く(企業の設立まで100日程度、サービスローンチからプロモーション戦略まで立案する)、かつ徹底的にアメリカ市場における成功企業のビジネスモデルを模倣し、本家が進出する前に「アメリカ」と「中国」以外の市場を制圧することを目的としている。欧州最大のファッション通販サイト「Zalando」、シンガポールの「Zalora」、日本の「ロコンド」(当社の再建については現社長の田中氏の貢献によるものであり、Rocket Internet社の関与は少ない)はアメリカのザッポスをコピーして設立された企業である。東南アジアの「Lazada」やアフリカの「JUMIA」はアマゾンのコピー、他にもドイツの「WIMDU」(既に事業終了)はAirbnb、ドイツの「Alando」はeBayのコピーとその徹底ぶりには驚かされる。一方で失敗に対する見切りも早い。ローンチから9カ月経過しても成長の目処が立たない場合は即撤退するという潔さも持ち合わせている。

「タイムマシン経営」の事例としてRocket Internet社を取り上げたが、読者の皆さんの捉え方はそれぞれ異なるものと想定される。私自身がこの事例を通じて伝えたいこと、それは既存ビジネスに行き詰まり、新規事業の創出に悩んでいる日本企業は、海外の優れたビジネスモデルを真似て、日本市場に素早く導入しようということではもちろんない。上述した通り、Rocket Internet社は100社以上の企業を設立し、一部のビジネスでは多大な成功を収めたものの、同時に数多くのビジネスで進出市場からの撤退を経験している。

ここから学ぶべきは、いかなる優れたビジネスモデルを模倣して、未進出の市場に製品やサービスをローンチしたとしても、市場投入のタイミング、市場差異への対応等一つでもボタンを掛け違えると、途端に事業としての成功確率が低下してしまうという点にある。市場のグローバル化が進んでいるとは言え、未だ市場毎の差分は至る所で残存しているのが現実である。企業として新たな事業/市場への進出を検討する際、市場環境の差異を丁寧に読み解き、理解しようとすることから目を背けてはいけない。Rocket Internet社が推し進める「タイムマシン経営」の事例は、「翻訳の罠」への教訓を改めて想起させるものであったと考えている。


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