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#2_組織内のアジア事業プレゼンスを向上させるには

アジアは成長著しい有望な市場であるものの、進出した日本企業の多くが既に成長の踊り場を迎え、停滞感に悩まされている点を初回の論考では記した。日本企業のアジア事業における停滞感の要因は様々考えられるものの、今回は「組織内のアジア事業プレゼンス」という視点から議論を進め、解決に向けたTipsをセイコーエプソン社の事例を通じて提示することにしたい。

アジア事業担当者の多くは、アジア市場の顧客ニーズに合致した製品を開発できていないことを嘆いている。市場ニーズに合致した商品を投入することはマーケティングにおいて基本中の基本と言えるが、それが出来ない要因はどこにあるのだろうか。

「組織内の政治力が意思決定に強い影響を与え、アジア事業は成長に向けて必要なリソースを十分に確保できていない」というのが答えの一つとして考えられるのではないか。アジア市場の成長性・魅力度は誰が見ても明らかではあるが、現状多くの日本企業は売上・利益の大半を国内、もしくは欧米市場に依存している。必然的に彼らの組織内でのプレゼンスは高まり、限りあるリソース配分においても、稼ぎ頭が意思決定においてボールを持つケースは多い。

つまり、国内市場や欧米市場等の重点エリアと同じリソースでアジア事業を推進することは極めて困難であり、実際には(優先度の高い)メインの市場向けのニーズをくみ取った製品を開発した上で、市場ニーズのごく一部を取り込んだ改良型製品をアジア市場に投入している例は枚挙に暇がない。

こうした状況が続くと、アジア市場における自社の売上・利益が、稼ぎ頭である日本市場や欧米市場を超えることはまずもって難しい。芯を得ず、勝てない製品を投入し続けることで、相対的にアジア市場におけるプレゼンスは低下し、負のスパイラルに陥ることが想定される。

この状況(負のスパイラル)を解消するための施策として考えられるのは、まず第一にメインの市場において売上・利益貢献が期待でき、かつアジア市場のニーズを最優先に汲み取った製品開発を行うことであろう。つまり、アジア市場における消費者のニーズがその他優先度の高い市場における(未解決の)ペインポイントを含んでいれば、アジア事業へのリソースの獲得難易度はぐっと下がるはずである。

最後の段落では、セイコーエプソン社の新興国向け「インクタンク搭載プリンター」を例として解説を行っていく。プリンター・複合機は「本体を安く販売して、インクやトナーなどの消耗品で収益を確保する」ビジネスモデル(ジレットモデルとも呼ばれる)が日本や欧米などの先進国では広く採用されている。一方で、中国・東南アジアにおいては「本体はもちろん安く購入し、インク・トナーカートリッジにおいても他社の安い「互換品」や「模倣品」を使う」消費行動が一般的であり、プリンターメーカーの多くが収益を上げられずにいた。平均所得が低いアジア地域において、頻繁に価格が高い純正消耗品を購入することへの不満は先進国のそれとは比較できない。一方で、消費者は安い「互換品」や「模倣品」の恩恵を受けていたものの、たびたび発生する故障に悩まされることとなり、結果的にTCO(総保有コスト)が上昇するという結果となっていた。

そこでセイコーエプソンはこの課題を解決すべく、従来のカートリッジよりもはるかに容量が大きい「インクタンク」を内蔵したモデルをアジア市場(第1弾はインドネシア)に投入した。本体価格は大幅に上昇したものの、ランニングコストは安く設定され、また故障も少ないため、TCO(総保有コスト)を維持しつつ消費者の満足度を大幅に上昇させることに成功した。セイコーエプソンとしてもプリンター本体を販売した時点で収益をある程度確保できる状態となったため、消耗品の販売が引き続き外部に流れたとしても、収益性はかなり上昇したものと想定される。

その後は先進国へも相次いでインクタンクモデルが投入され、これまで高いインク代や頻繁に消耗品を交換することに不満を持っていた既存セグメントの一部の消費者に幅広く受け入れられることとなった。セイコーエプソンがアジア新興国向けに開発した「インクタンクモデル」を、予め日・欧・米のメイン市場に投入検討していたかについては正直分からない。しかしながら、アジア市場のニーズを最優先に捉えつつ、先進国等の主要市場において解決できていないペインポイントを解消するという視点で製品開発を進めることで、アジア事業のリソース確保への道が拡がる良い事例ではなかっただろうか。

第3回以降も引き続き、日本企業のアジア市場における「停滞感」をキーワードとし、アジア事業拡大に向けたTipsを提供していければと考えている。


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