察することが難しい生き物

「何をしてるんですか?」
「ちょっとした実験をしているんだ」
「この入れ物はなんですか?」
「これは『教室』っていうんだよ」
「『教室』ですか」
「この『教室』にはね、年上の生き物一匹と同じ年くらいの生き物をぎっしり詰められんだよ」
「年上の以外は席についていますね。年上の生き物は黒板に何か書いていますよ」
「これは『授業』っていうんだ。この年上の生き物が勉強を教えているんだよ」
「なるほど。みんな静かですね」
「本当だね」
「あ、年上の生き物が教室から脱走しましたよ」
「これは授業が終わったサインだよ」
「あ、教室にいた生き物たちが動き回っていますね。何だか急に騒がしくなりました」
「そうだね」
「あれ。何だか揉めている生き物がいますよ」
「どれどれ。あぁなるほど。とても興味深いね」
「どうしたんですか?」
「君が年上の生き物だったらうるさい時になんて言うように指導する?」
「『静かにして』ですかね」
「『うるせえよ』は?」
「駄目というわけではないですが『静かにして』の方がより丁寧で且つ角が立たないかなと」
「今この子達は『うるせえよ』って言葉を使っていいか使っちゃだめかで揉めているみたいなんだ」
「それの何が興味深いんですか?」
「この子達には二つの社会があるんだ」
「二つの社会?」
「そう。一つ目は大人に監視された社会。二つ目は同い年達によって形成された社会。前者では大人に気に入られないと苦しい思いをさせられる。だから大人に気に入られるように良い子でいないといけない。後者は監視役がいないから良い子である必要はないんだ。彼らも大人のご機嫌取りは疲れるから息抜きが必要なんだろう。だから、この時はちょっと悪いことをしているくらいがちょうどいいのかもしれない」
「ふむふむ」
「問題は、社会が複数存在することに気付いていない者もいるということだ」
「え、みんなが知っているわけではないのですか?」
「彼らの大半は二つの社会があることはなんとなく理解するんだ。だから授業で取り扱っているところも少ない。でも、それが出来ない者も確かにいるんだ。出来ない者はどちらかの生き方しか出来ないからどうしても衝突してしまいがちになる」
「なるほど。だから『うるせえよ』で揉めたんですね。大人の監視された社会では『静かにして』だから」

「この生き物の世界では良い子過ぎても生きづらいし、悪い子だと生かしてもらえないんだ」
「なんだか窮屈ですね」
「そうかもしれないね。彼らがそれに気付いているかどうかは僕には分からないけれど」

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