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「秋風のささやき」曲目解説

◆佐藤真由子(ソプラノ)
♬ 山田耕筰/かやの木山の 1922
 北原白秋の詩で、秋の山里で囲炉裏端を囲んでかやの実を炒るお婆さんの姿が目に浮かぶような曲です。
 かや(榧)の実は、オリーブより一回りほど大きな、アーモンドに似た緑色の実で、炒って食用にするそうです。少しほろ苦くて香ばしく、悪玉コレステロールの減少に効果があるとか。

♬ 小林秀雄/落葉松 1973
 野上彰の詩で、落葉松(からまつ)の間を歩いている「わたし」に雨が降り、手が、心が濡れていく。思い出があふれ、涙がこぼれてくる、という時と思いの経過が淡々と描かれます。具体的に何があったかはわかりません。それだけに、多くの人に共感される美しい悲しい詩なのではないでしょうか。
 落葉松は日本の針葉樹のうち唯一の落葉樹なので、落ち葉が地面に積もるのも、心情を反映する樹木としてふさわしいのでしょう。
 3連符が多用され、雨のやさしさと心の揺れとしめやかな悲しみがあらわされます。

♬ ロベルト・シューマン/献呈Widmung(「ミルテの花」より)1840
 シューマンが結婚前日に妻となるクララ(名ピアニストで作曲家としても知られています)に贈ったという、音楽史上五本の指に入りそうな愛の歌です。詩はフリードリヒ・リュッケルト、多くの作曲家が彼の詩に曲をつけています。「君はぼくの至上の喜び、君はぼくの悲しみをぼくの墓の下に永遠に葬った」…と歌いあげます。クララの父の強い反対を押し切っての結婚だっただけに、喜びもひとしおだったでしょうし、そのことで心を痛めたこともあったのかもしれません。クララと人生を共にできることの喜びを、これまでの苦しみが昇華されるような解放感と共に歌いあげている曲です。

◆吉岡 彩(メゾ・ソプラノ)
♫ 瀧廉太郎/荒城の月 1901
 土井晩翠の詩に、21歳の東京音楽学校の学生だった瀧が作曲、日本で作曲された初めての西洋音楽の歌曲とされています。日本音階じゃないの?と思われるかもしれませんが、主旋律に五音音階(ペンタトニック)ではなく、ドレミファラシの6音が使われています。
 荒れ果てた古城で、城が栄えていた昔の栄華はどこに行ったのだろうと、昔をしのぶ哀感あふれる詩です。

♫ なかにしあかね/二番目に言いたいこと 1992
 星野富弘の詩が心にしみいる曲です。「一番言いたいことが/言えないもどかしさに堪えられないから/絵を描くのかも知れない/うたをうたうのかも知れない」という詩には、共感を覚える人も多いのではないでしょうか。
 短い曲ですが、静かなきらめきを帯びたピアノの前奏から静かに始まり、高揚を見せ、やや転調気味に展開し、再び静かにヴォカリーズ(歌詞のない母音だけの歌唱法)で終わる、美しい構成の曲です。

♫ サン=サーンス/あなたの声に私の心は開く
(「サムソンとデリラ」より) 1877
旧約聖書「士師記」を基にした歌劇。士師(しし。古代イスラエルの預言者的な英雄)で怪力の持ち主サムソンに、異民族の領主たちに買収された妻のデリラが怪力の秘密を聞き出そうとする際に歌われる、美しいアリアです。「私に注いで、私に注いで あの陶酔を!Verse-moi, verse-moi l'ivresse!」の繰り返しが官能的です。
「サムソンとデリラ」はメゾ・ソプラノを主役とした数少ないオペラのひとつで、メゾのための美しいアリアが多いことで知られています。

■佐藤真由子+吉岡彩 二重唱
♪ フェリックス・メンデルスゾーン/秋の歌 1836
 詩はメンデルスゾーンの友人カール・クリンゲマン。「ああ、なんて素早く踊りの輪は終わってしまうの」と、季節のめぐりと共にすべてのものは過ぎ去ってしまうが、ただ一つ消えないもの、それは「あこがれSehnen」である、という内容です。
 「6つの二重唱」の第4曲で、速いテンポながら「ああAch」というため息が印象的に何度も繰り返されます。曲集全体としては、恋の歌、明るい春の歌も収められ、さまざまな感情・情景を表現しています。

♪ ジャック・オッフェンバック/ホフマンの舟歌  1881
 E.T.A.ホフマンの小説を基にしたオッフェンバックの遺作のオペラ「ホフマン物語 Les Contes d'Hoffmann」第3幕「ジュリエッタ」の劇中歌。原曲のタイトルは「美しい夜、おお恋の夜」で、恋多きホフマンが自らの失恋話として、高級娼婦(クルチザンヌ。娼婦というよりは、貴顕を相手に特別な交際を求めて社交する女性たちのこと)であるジュリエッタとのヴェネツィアでの顛末を語ります。魔術師に宝石と引き換えにホフマンの影を奪うようにそそのかされたジュリエッタ。「あなたのすべてが欲しい、そして影も欲しい」とくどかれて、陶酔の内に影を与えてしまったホフマンは失神し、ジュリエッタもだまされ毒殺されます。
冒頭でジュリエッタとニクラウス(ホフマンの親友、実は女神ミューズ)が歌うデュエット曲です。オッフェンバック自身のドイツ語オペラ「ラインの妖精」から流用されたものです。
元々裁判官で音楽家でもあったホフマンの幻想的でロマン的な小説はバレエ「くるみ割り人形」「コッペリア」、シューマン「クライスレリアーナ」等多くの芸術家、作品にインスピレーションを与えました。

♪ 木下牧子/風をみたひと 1989
 素直な冒頭の問いかけが聴く人の心をつかみ、詩を深く読み込んだ自然な落差のあるメロディが魅力的です。原詩はロセッティ(Christina Georgina Rossetti)というイギリスの詩人。訳詞の木島始は、ビート世代の詩人、英米文学者で、作品が多く合唱曲になっているほか、ホイットマンやヒューズの翻訳でも知られています。

♪ 村松崇継/いのちの歌 2008
 NHK連続テレビ小説『だんだん』(2008~2009)の劇中歌。劇中の音楽ユニット「シジミジル」(三倉茉奈、三倉佳奈、久保山知洋、東島悠起)による唯一のオリジナルソングという設定だったそうです。
 村松崇継は、高校時代にピアノソロアルバムを出してデビューした俊秀で、ジブリ作品やUSJの音楽を担当したり、ミュージカルを作ったり、マルチな才能を発揮しています。
 この曲も出会い、わかれ、ふるさと、命など、様々な場面で心にしみいってくることでしょう。

◆山内海波(ピアノ)
♩ フランツ・リスト/ペトラルカのソネット第104番(「巡礼の年」第2年「イタリア」より)
「巡礼の年」は、リストが欧州各地を旅した地の印象を集めたもので、この「イタリア」は1838~39年に作曲されています。マリー・ダグー伯爵夫人との逃避行ともいえる旅の中でめぐり逢ったイタリアの文物の印象に基づいたものです。
 ペトラルカは、14世紀イタリアの恋愛詩で知られた詩人で、ルネサンス期を代表する人文主義者。ソネットは「小さな歌」という意味で、4連14行からなる定型詩。イタリア風ソネットでは、前半で問いを提起し、後半で答えを出すという形式をとるようです。
 村上春樹の小説『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』で「第1年 スイス」中の「ル・マル・デュ・ペイ」等が重要な場面で流れる曲として紹介されていたので、一躍注目されました。このペトラルカ104番についても「リストの音楽というよりはどことなく、ベートーヴェンのピアノ・ソナタみたいな格調があるな」とふれられています。

♩ロベルト・シューマン(フランツ・リスト編曲)/献呈(「ミルテの花」より)1848
 先ほど佐藤真由子が歌った曲。リストがピアノに編曲したものです。リストらしい華やかでダイナミックな仕上がりになっています。
 実はこの曲を贈られたクララ自身による編曲もあり、そちらは短くシンプルで、流れるような曲の美しさをそのまま生かしたものとなっています。

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