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『SPEAKEASY/スナイパー』(1998年5~6月)

 花組大劇場公演、真矢みき、詩乃優花、千ほさちサヨナラ公演を見てきました。客席には霧矢、千紘、それから美月亜優さんの変わらず美しい姿が見られ、うれしく思いました。

 ぼくは1階A席最後列で見ていたんですが、客席の中を歩く真矢みきにスポットが当たって、それが客席にも柔らかく広がっているのが、本当にきれいでした。

 「SPEAKEASY」は、禁酒法時代のもぐりの酒場という意味で、ラークのコマーシャルじゃなくて、クルト・ワイル作曲で有名な「三文オペラ」「ベガーズ・オペラ」をベースにした谷氏の作品。聞き慣れた音楽がたくさん出てきて、親しみやすいはずなんですが、冒頭、狂言回しの伊織直加から始まった歌にはなかなか乗れなくて、これは編曲に無理があるのか、構成に無理があるのか……と心配しました。ワイル&ブレヒトのドイツ的な部分と、舞台のアメリカ=シカゴの空気、そして宝塚が喧嘩してしまうんじゃないかと。また、「モリタート」という歌は、確かに耳に親しい曲ではあるけれども、いろいろ工夫してアレンジしているにもかかわらずどちらかというと軽妙な感じの曲だから、オープニングには相応しくないのではないか、と思いました。しかし、何人目かに詩乃優花が歌ったところで、舞台の色調がはっきりと決まったように思えて、それからは舞台の世界に入り込んでいけたと思います。

 死刑執行前夜のマック(真矢)のところにミュージカル作家の伊織が来て、マックの半生の真実を聞くという格好で、最後はまた死刑執行直前に戻っていきます。構成だけ見ると「エリザベート」に似ていて、ルキーニと同じように狂言回しもいるわけです。谷氏の「武蔵野の……」もそうでしたし、「イカロス」「エクスカリバー」と、このような狂言回しが語る作品が多いですが、これはちょっと安易ではないかと思います。芝居が作りやすくなるのかなあ。

 瀬奈じゅんが美しく堂々としているのにはびっくり。新人公演主役に抜擢されるだけのことはあります。歌はよく聞き取れなかったけど、姿、柄に大きさが出ていました。

 美しくなっていたのは、沢樹くるみ。目の描き方を変えたのと、痩せた? あごの線がくっきりと出ていて、雪組でやつれていた頃の星奈のようで、ちょっと心配でもあるのですが。手足のさばき方の美しさ、姿勢、表情、何をとっても文句ありません。「倒れるほどのダイエット」じゃなければいいんですが。新人公演、本当に楽しみ。

 逆に目立たなかったのが大鳥れい、舞風りらといった、ホープの地位に片手をかけたまま宙ぶらりんになっている若手娘役陣。特に舞風はいつまでもこんな使われ方ではちょっとかわいそう。

 他に目立ったのが、詩乃はサヨナラだからわかるとして、渚あき。ところが、妙に遠慮してるように見えてしまってもったいない。ここはパワーで押しまくればいいのに。

 詩乃はいきなり出てきて過去の秘めた時間を想像させるという難しい、しかしお得意の役どころ。さすがにきっちりと演じていて、一時の花組って、こういう芝居のできる人がたくさんいたよなぁと思ってしまった。

 蘭寿とむ、蘭香レア、名前も似てるし学年も似てるし、区別が付かない方もいらっしゃるかも知れませんが、二人がほとんど対のような形で出てくるので、どちらかがわかれば一方もわかるようになると思います。フィナーレのマイク前で上手が蘭香、下手が蘭寿(でしたっけ)。二人ともいいですね。特にぼくはこれまで蘭香の方をよく見ていましたが、動きもシャープさを増したようで、ぼくの中では急上昇中。蘭寿がいい表情、動きをしているのにも驚きました。

 さて、皆さんが心配している(?)、次代を担う花組男役たち。匠ひびき、伊織はそつなく無難に、というところでしょうか。二人とも歌は魅力的じゃないけど。匠は州知事に立候補している警視総監で、戦争中マックに瀕死のところを助けられて頭が上がらない、というおいしい役どころ。お芝居は特に問題ないと思います。州知事選挙のシーンが「JFK」に何だか似てて、これまた「谷氏よ、コラージュはやめておくれ」と思ったりしました。ただ、匠のダンスが、一時のキレや柔らかさを失っているように見えるんですが、どうでしょう。踊れる男役が少ない組だけに、これからの花組のショーの成否はこの人にかかってしまいそうで、なおのこと心配。

 伊織は相変わらず人柄で芝居をしているような気がしてしまって、その意味ではもう一皮むけてほしいところ。これまた湖月クンに続いて、ルキーニの練習?

 春野寿美礼、真由華れおはあまり目立たない感じでした。難しい時期ですよね。このあたり注目していた人は、どんどんフォローしてください。

 真矢のいない中詰、愛華みれの存在感がドーンと出せるかと思いましたが、ちょっとまだ無理でした。お披露目に期待しましょう。

 千はいつもの感じです。ただ、ウェディングドレスがあまりに貧相というか、安っぽそうだったのがかわいそう。衣装代、全部ショーにもっていかれたんかなぁ。あと、熱演なのはいいけど、胸の谷間を汗で光らせないでほしい。なぜ?と言われても困りますけど。どこ見てんねん、と言われても困りますけど。

 ショー自体は、あまり面白いショーではない。「シトラスの風」の「これでもか!!」というような迫力までは望まないにせよ、見どころがなさ過ぎるような気がしました。ダンス、歌の名手がいないせいでしょう、「ぅおおーっ」と思わせるような場面がないんですね。つらいです。真由華、眉月凰、蘭香あたりがブンブン踊るのを見たかったんだけど。

 ユダヤ人のゲットーのシーン、やっぱり余計だと思いました。磯野千尋さんが鉤十字つけて虐待……それって「国境……」みたいやん。あの手の非常事態下でのヒロイズムというのは、嫌いではないけど、もう少し美しく見せられる設定があるんではないだろうか。

 ハリマオもちょっと苦しい。石田氏は、以前マリコちゃん(麻路さき)のディナーショーだったかでもそうだったと思うけど、自分だけのノスタルジーに浸ってしまうところがないですか? 説得力ないですよね。タモ(愛華みれ)以下生徒が真面目にやってるのも何だか可笑しかった。

 タモと言えば、スターがフォーカスされてっていう場面の最後で、「松田聖子の記者会見に行かなきゃ!」って言って笑わせてくれました。といっても、ぼくは家に帰ってから、そういうことだったのか、とわかったんだけど。

 エトワールは男役若手3人。ここは幸美杏奈あたりに振ってあげたかったな。

原作:ジョン・ゲイ“THE BEGGAR'S OPERA”、脚本・演出:谷正純
スナイパー 作・演出:石田昌也

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