世界の見方を移動させる仕掛け 山田せつ子 企画・構成「恋する虜」(2008年)

 2年間にわたって、フランスの作家ジャン・ジュネのテクストを様々なジャンルのアーティストが読み込み、ワークショップやシンポジウム、映画上映会などを重ねてきたプログラムが、ようやくダンスを中心に映像、美術、サウンドが重層する総合的な公演「恋する虜-ジュネ/身体/イマージュ」として結実した(3月7~9日、京都芸術劇場春秋座。主催=京都造形芸術大学舞台芸術研究センター)。
 こう説明すると、とても難解でとっつきにくい作品のように思われるかもしれない。もちろん作品の内側には多くのテクストや作業の集積が横たわり、複雑な層を重ねてはいただろうが、初めてこのプロジェクトに接した観客にも十分楽しめる作品になっていた。
 特に強く印象に残ったシーンがある。バウンドするマットを使った白井剛ら男性ダンサーの激しい絡み。終盤の砂連尾理と寺田みさこの、相手を飲み込まんばかりに大きく口を開けた厳しい対峙……。
 ジュネの言葉が、砂連尾によって語られる。……白いページを埋める文字や記号が現実というものなら、パレスチナも「無の上に書かれたものか?」と。観る者は否応なく現代の中東情勢や、イラク、コソボのことを思ってしまうが、それは情報として知っているに過ぎないことだ。目の前にある言語化することの難しい身体と、言語で記述されている世界の距離について、考えさせられる。
 さらに重要だったのは、春秋座という大劇場の舞台上にしつらえられた客席が、回り舞台の機構に乗って、時折90度ずつゆっくりと回転したことだ。その酩酊感、視点の移動と視野の変化。現実に観客自身の身体が回転するという経験によって、世界の見方そのものを問うというラディカリズム(根源性、激しさ)が増幅した。逆に後半、山田せつ子が回り舞台の外側でゆっくりと弧を描いて移動すると、止まっている客席が動いているような錯覚に陥ったのは、観る側の身体が相当に酩酊の度を深めていたということか。
 実際にこの作品を観ることができたのは数百人に過ぎなかったかも知れないが、この極東の地から世界に向けて、同時代を根源的に激しく問う作品を送り出せたことに、快哉を叫びたい。(京都新聞掲載)

企画・構成:山田せつ子
引用テクスト:ジャン・ジュネ『恋する虜』(鵜飼哲・海老坂武訳、人文書院刊)
テクスト引用:八角聡仁
コレオグラフィー:山田せつ子、砂連尾理、白井剛 
ダンス:山田せつ子、砂連尾理、白井剛、寺田みさこ、佐藤健大郎、竹内英明、野渕杏子、京極朋彦


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?