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バウ・ミュージカル・コメディ「君に恋してラビリンス」

 1997年4月20日(日)、バウホールにて。小林公平氏がご観劇。また、音木美香さんの姿を見かけたように思ったのだが、幻だったのかも知れない……。

 冒頭の初風緑のダンスが何とも硬くて、これはどうなることかと心配したが、結論から言って、かなり楽しめる、上質なライトコメディに仕上がっていた。特に第二幕、「シーン7(カツァリスの恋)」での海峡ひろきと美月亜優の再会以後のステージ全体の盛り上がりは、大したものだ。終演後、ロビーに貼ってあったポスターの初風と伊織直加をポンポンと叩いて「二人ともよくやったね」と声を掛けているおばさんがいたが、同感である。初風が「実は……」と告白する場面での大鳥れいの受け方など、芝居の運び方に何ヶ所か「?」を抱いた部分はあるが、初風、伊織、ギャング役の朝海ひかるらのユーモラスな役作りや掛け合いも楽しめたし、<代役>策のてんまつがどのようになるのかというハラハラした気分も味わえた。

 名門同士の結婚話、互いが互いを「観察」しようと他人とすり替わって影から相手を観察しようとする、というのが話の発端。億万長者の息子オービット(伊織)が失業青年ルディ(初風)に、お金持ちの令嬢パトリシア(舞風りら)がダンサー志望のマリー(大鳥)に<代役>を頼む。ところがルディはマリーに、オービットはパトリシアに引かれてしまい……。

 初風については、歌も演技も達者で、ユーモラスな演技も上々。からだの動きについては、腕が短く見えてしまうところなど、まだ少しノリが悪いのか、あるいはケガの後遺症があるのかと心配もされる。

 伊織については、歌も演技も伸びやかで、オービットとしての育ちの良さを見せるのはお手の物なのだが、「エデンの東」新人公演の印象があまりに強烈なせいもあるのだろうが、少し影のある屈折した表情も見逃せない。そのために、今回のオービットも、ただのお坊っちゃんであることを少しだけ超えて、パパがどんなに反対してもこの思いを貫くぞという決意の強さが現れていたような気がする。

 男役でとにかく目立ったのは、ギャング・マーティ役の朝海の存在。芝居ではチャリを付けるための演出だろうがところどころ声をひっくり返したりして爆笑を誘っていたが、ダンスシーンになると、長い手足を存分に伸ばし、大きさと速さを兼ね備えた美しい動きで、群を抜いていた。姿の美しさでは、文句ないだけに、うまく育っていってほしい。

 また、最下級生ながら、蘭寿とむも大きなスケールと豊かな表情で目を引いた。

 娘役では、もちろん相手役の大鳥、舞風はよくがんばった。大鳥は「エデンの東」新人公演でやや不評だったようだが、舞風と比べるとややお姉さんということもあってか、少し余裕を持って舞台に立てていたように思う。ルディに「愛している」と告白されたあとの脳天気な舞い上がり方など、良くできていたと思う。スタイルもよく、そう欠点が見あたらない感じなので、もっと自分を美しく見せる方法を工夫して、華やかになってほしい。
 舞風については、前回バウの「香港夜想曲」よりずっとやりやすそうで、のびのびとやっていた。ちょっと発声が浮く感じなのが気にかかるが、欠点という程のことではないだろう。全体的に小柄なので、もっと華やかな雰囲気を持つような努力や工夫をしてほしい。個人的にはとても好きな娘役なので、なおのこと、そう望むわけです。二葉かれん、幸美杏奈も要所で好演。

 海峡、美月の二人がこれで宝塚から去ってしまう* というのは本当に惜しい。この公演でも、二人が出てくると舞台がグッと引き締まり、その後のテンポが見違えるようになったことは既に述べたが、この二人にこの段階で辞められては、あとの花組の舞台が本当に心配になる。舞台には重しが必要だが、この二人はまさにその役目をずうっと果たしてきている。「冬の嵐」や「ハウ・トゥ・サクシード」の美月、「Last Dance」や「Ryoma!」……の海峡など、思い出すとゾクゾクするような存在感だった。7年間の牢獄生活を経て出所してきた男・カツァリスというのが今回の海峡の役どころ。それを待っていたアンナが美月。その再会のシーンの静かに燃えるような激しさは、これまでの二人の名バイプレイヤーとしての集大成として見てもいいかも知れない。実際の舞台以上に、これまでの名場面を重ね合わせて。隣の女性が海峡のファンらしく、海峡が出てくるたびに涙がこらえきれずにグスングスン泣いていたが、ぼくも何度かもらい泣きしそうになった。(4月20日)
写真は、https://www.tca-pictures.net/skystage/Prgm/Detail/1540.html  から

* 海峡と美月は、この後の東京宝塚劇場公演『失われた楽園 -ハリウッド・バビロン-/サザンクロス・レビュー』で退団。すでに宝塚大劇場公演は終えていたので、宝塚の地ではこれが本当に最後の公演となった。

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