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【シズる映画にハズレなし】カメラが奇跡の瞬間をとらえた「眠れぬ夜のために」

パスタを茹でるとついつい「雨に唄えば」を口ずさんでしまう人はキューブリックの影響を受け過ぎだよね、ってオレだけですか。
麺を湯のなかでまわしていて気がつくと 「しーんぎんざれーん♪」と脳内再生してる。ラーメンやうどんの麺をまわしてるときには鳴らないので、要はスパゲッティの口になっているときのテーマ、ってことやね。

斯様に、映画が人間の嗜好や習慣に与える影響は大きい。
「食べてるとこがおいしそうな映画にハズレなし!」と30年くらい吠え続けてきたんですが、語呂が良くなかったので【シズる映画にハズレなし!】と圧縮して、よしなしごとをダラ書きしていく所存です。

今回は『眠れぬ夜のために』(1985)の食べるシーン。
初っ端からユルい作品チョイス!でも邦題がカッコいいからいいのだ。
原題は「into the night」。ジョン・クラカワーみたいなタイトルだけど、こちらはランディスさんによる毒にも薬にもならない(もちろんホメ言葉)、テーマもジャンルもわからない(完全にホメてる)映画だから、これは見逃せません。

最高にシズるシーンはOPタイトル明け3カットめくらいに早々と。
不眠症のエド(ジェフ・ゴールドブラム)は徹夜明けの人の顔でテーブルにつく。目の前には(たぶん)卵、カリカリベーコン、トーストあたりが盛られた朝食の皿。が、半覚醒のため食欲はない。先に食べ終わっている奥さんのエレンは「なぜ眠れないの?」と少々困惑のご様子。

で、問題はここから。
エドが何とか気を取り直してスクランブルエッグを食べようとすると、同僚が迎えに来たクラクションの合図を聞いたエレンが、まだ手つかずの彼の朝食をおもむろに下げてしまう。
そして次の瞬間。
画面には映らないけど彼女がエドの皿と自分のを重ねる、その音ときたら!

「カコッ、カコ…」、だって。

「カチャカチャ」とか軽くないのよ、まだ料理がぜんぶ乗ってるから。
あくまで、「カコッ」。
続けて「カコカコ…」

ワンプレートに盛られたアメリカンなブレックファストのルックスや、皿を持ってかれたときにエドのフォークの先っちょにひとカケ残るスクランブルなど、映像でも大いにそそってくるのですが、この「カコッコ」音にはかなわない。音効さんの皮を被った神の御業か。
そもそもなぜ「食べてるとこがおいしそうな映画にハズレなし」なのか、その謎を我々は完全に解明済みだが、そのひとつの答えがここにあったのでした。

さて、至高の朝食シーンと同じ日の夜。エレンがTVを観ながらハーゲンダッツのストロベリー・アイスクリームを食べている。
このときの字幕「ストロベリー・フレイバー」ってワードもなかなかの怪力ですが、このシーンで重要なのは、朝とは違ってエドが妻の浮気現場を見てしまった後だということ。そうとは知らない奥様はエドにアイスを勧めたりする。

妻の不貞目撃という事件以外は、ここまでいわゆる日常シーンの連続なんだけど、この夫婦の水面下の行き違いをスクランブルエッグとストロベリー・アイスがさらりと伝えてくれるのでした。

このあとエドは深夜にひとり空港駐車場に行く。その明確な動機の説明はないし、本人自身にも特に意図はない。上記のような描写の積み重ねだけで、「何となく行っちゃったんだな、そういうときあるよね」とふんわり納得させる。
行動の理由を全部セリフで説明する脚本より数段、数十段巧妙です。
することもなくぼんやり停車しているとボンネットにダイアナ(ミシェル・ファイファー)が降ってきて、エドはもう少しずつ深く緩くトラブルに足を取られていく。ゆっくり流砂に沈んでいく感じ。OPでB.B.キングもそう歌っていたしね。
大上段に構えないランディス映画の導入部としてかなり秀逸なのではないか、と今書いていて思えてきましたよ。

さてストーリーの中盤。夜明け前のファミレスで二人がサンデーを食べる。アイスクリーム3個のうえにチョコレートソース、さらにチョコスプレーで飾った生クリームがたっぷり。てっぺんにチェリー。
すごくおいしそうなのに今回観直すまで忘れていたのは、先のふたつほどの重責を担っていないからか。ま、見た目は間違いなくいちばんおいしそうなんですけどね。腹へってきたわ。

あっ、タイトルの「奇跡の瞬間」を書くのを忘れてた。
上述の通り、朝食を下げられるときにスクランブルエッグがフォークに引っかかるんですが、初見のときは「どうやって撮ったんだ!」とビックリするくらい偶然に刺さったように見えたんですよ。
でも、よくよく観るとエドが微かにフォークで玉子を刺しにいってる。奇跡ではなく演出でした。

芸が細かいぜランディスさん。

(ドミンゲス)


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