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思い出話14 書の先生に言われた人を食った字

「人を食ってるな~」
以前、ある書道専門校に通っていた頃、書の先生から言われた言葉です。
それは、宿題として書いたものを添削してもらったときのこと。
持ってきた作品を差し出すと、先生は書道の下敷きの上に私の作品を置いて、
開口一番
「人を食った字だな~」
と言った。

一瞬、普段あまり聞きなれない言葉に混乱し、無返答であったが、少ししてからその言わんとする意味が理解できた。

「人を食っている」ということは、おそらく、人をバカにしたような尊大な態度、傲慢、生意気な姿だということだろうと類推した。

「私自身、そんな風に見られているのか・・・」とちょっとショックを受け、それ以降の先生の言葉が全然耳に入ってこなかった。

三十代前半で、事務責任者として仕事をこなし、高収入を得ていたのでそれなりに贅沢な暮らしもしていた当時。
私は、他人から見たら、人を食ったような不遜な無礼者に思われていたのだろう。

当時私は、中間管理職になっていたが、上下の人間関係に悩み、強いストレスを感じながら仕事をしていた。
十分過ぎるほどの待遇ではあったが、経理・総務を主とし、誰がやっても答えが同じでなければならない仕事に嫌気がさしていた。本当につまらなかった。
変わりばえもしないデスクワークに、感謝もやり甲斐も感じずに、かなり手抜きをして課長職を務めていたのでした。

そして、これからの活路を好きな書の道に求めていた。
週に二度、会社を終えたあとに書道専門校に通い、書の学習に励んでいた。

自分ではあまり認識もなかったが、あの頃の自分は、あとから考えると、随分驕り高ぶっていたのだろうと思われます。本当に傲慢になっていたのです。

そんな私の内面を見抜いた先生が、
「人を食ってるな~」
と、私が書いた書を見て直感したのだろうと思います。

その時にそのことを強く認識し、改めていたら、その後の状況もまた違っていたかもしれない。
辛くて長い失業期間も避けられていたのかもしれないが、そうはいかなかった。
所詮、人間は痛い目に遭わないと、わからないことが多いものです。

でも、人生、ことごとく塞翁が馬。
失敗や過ちは、成功よりも多くの英知を得ることができるし、悟りも深くなる。
それを基盤として、将来に夢を持って努力すれば、それは失敗しなかった時より素晴らしい人生にもなろうというものです。

失業期間に私は、古典をよく読むようになりました。
古典は、そういう人生の真髄を教えてくれる教材です。

「人を食った字」
その先生の言葉はずっと後々まで、私の頭の隅に残るものとなりました。
人間にとって、この慢心や傲慢さを戒めることがとても重要と思います。


コサギ

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