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Mötley Crüeを「音楽的に」振り返る(本論)

前回の序論では1981年〜1991年におけるMötley Crüeをざっと振り返りました。今回は本題として、それ以降のMötley Crüeを考察します。


●1994年のMötley Crüe

1991年のベスト盤『Decade of Decadance』リリース後、バンド内外の様々な問題からヴォーカルのVince Neilが脱退。Mötley Crüeは後任としてJohn Corabiを迎え、新編成でのアルバム『Motley Crue』を1994年に発表。

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長らくバンドの顔だったVinceとはまったく異なるタイプのシンガーであるJohn Corabiをフィーチャーし、オルタナ/グランジ色が強く現れた新作の音楽性に対して、ハードロック/ヘヴィメタル界隈のほとんどがネガティヴな反応を示しました。結局のところCorabiの参加はこれ1枚のみ、その後すぐVinceがバンドに復帰したこともあり、『Motley Crue』は当時の否定的な評価のまま闇に葬られ黙殺放置されている状態です。

"悪くない作品だが、Mötley Crüeというバンド名で出すべきではなかった"

『Motley Crue』に対するメディアの評/見解はほぼすべて上記の通り。これは当時も現在もまったく変わっていないままです。リリースから25年以上経った今もなお。


でも、本当にそうでしょうか?


果たして『Motley Crue』はMötley Crüe名義で出すべきアルバムではなかったのか? 

確かに「Vince Neil視点で」捉えればその通りでしょう。Mötley Crüeの個性と魅力の大きい部分を担ってきたVince Neilがそこにいない、というのが大きな衝撃と痛手なのは間違いないし、(特にリアルタイムでその衝撃を味わったファンの方々が)否定的な反応を示すのはとても理解できます。

ただ、もうあれから四半世紀が過ぎています。いい加減このアルバムを別の角度から再考してもいいのではと思うのです。

そして私は、『Motley Crue』はMötley Crüe名義で出したことに相当大きな意味と意義があるアルバムだと捉えています。それはなぜか。


『Motley Crue』は、Mötley Crüeがその歴史において初めて、音楽的な継続性・連続性を提示したアルバムだからです。


『Dr. Feelgood』 → "Primal Scream" → 『Motley Crue』の音楽的流れは、非常に自然なものです。『Dr. Feelgood』におけるタイトル曲や "Sticky Sweet" "Rattlesnake Shake"等で示された「新しいグルーヴ感」が、オルタナティヴロックな感触をもつサウンドへと変化・進化したのが『Motley Crue』であり、そしてその過程にあったのが"Primal Scream"。

『Too Fast for Love』から『Shout at the Devil』への唐突な変化や、『Girls, Girls, Girls』から『Dr. Feelgood』への急激な変化に比べると、『Dr. Feelgood』から『Motley Crue』への音楽的変化は実はそれほど大きなものではないのです。

1980年代において「脈絡なき変化」を続けてきたMötley Crüeが、初めて「継続的変化」を見せたスタジオアルバム、それが『Motley Crue』ではないか。だからこそこれをMötley Crüeというバンド名で出したことには大いに意義がある。そう思います。


また、その内容単体で見ても『Motley Crue』は極めて素晴らしいアルバムです。その完成度の高さ・個々の楽曲の出来の良さは間違いなくMötley Crüe最高傑作。オルタナティヴメタルの名盤を1枚挙げろ、と言われたら私は本作を推します。

John Corabiのハスキー&ブルージーな声をしっかりフィットさせ、ヘヴィな音像の中においてメタル的な起伏も十分。"Hooligan's Holiday" や "Misunderstood"といった超名曲を生み出したNikki Sixxの作曲能力のピークは、(その後を踏まえても)間違いなくこの時点にあります。"Poison Apples"ではオールドファンが求めるキャッチーさを前に出し、"Smoke the Sky"ではスラッシュメタル的感触も取り入れる(リフはおもいっきりAnthraxの"Caught in a Mosh"ですが)。

バンドの音楽的引き出しの豊富さを見せつつ、アルバムとしての統一感をも実現した作品、それが『Motley Crue』です。単にオルタナにかぶれただけで作ったとしたらここまでの完成度の高さは絶対に出せないでしょう。

そして何よりも、Bob Rock & Randy Staubによるミキシング/エンジニアリングが絶品。『Dr. Feelgood』から余分なゴージャス性を取り除き、圧倒的クオリティの高さを誇る音質へと仕上げています。特にドラムとベースのミキシングは本当に素晴らしい。各音を分離しつつ迫力を損なわない見事な音像を作り上げた2人の功績はもっと褒め称えられて然るべきだと思います。


そんな新編成Mötley Crüeでしたが、アルバムは商業的に失敗、加えてリリース後のツアーにおける不評もあり(これはもうCorabiかわいそう案件で、「往年の曲を歌わせるとイマイチ」「ロックスター感がない」の声に関しては「そりゃそうでしょぜんぜんタイプ違う人なんだから…」の一言に尽きる)、結局John Corabiはバンドを離脱。政治的な思惑も孕んだ話し合いの末にVince Neilが復帰することとなります。


●1997年のMötley Crüe

再び「あの4人」に戻ったMötley Crüeは、新作『Generation Swine』を1997年に発表。

こちらも一般的評価が高いとは言えないアルバムで、それにはいくつか要因があります。まず今回の音楽性として、前作以上のオルタナティヴ化+あからさまなインダストリアルロック化があり、この変化があまり受け入れられなかったこと。そしてTommy Leeを除くメンバー3人も本作に否定的な見解を示していることが挙げられます。

特にMick Marsはリリースして間もない頃から『Generation Swine』プロデューサーのScott Humphreyとの衝突を公言しており、「ギターが脇に追いやられた」との不満は彼の視点に立つとごもっともではあります。また、John Corabi在籍時からすでに制作が進んでいた本作に放り込まれ半強制的にレコーディングさせられたVince Neilも、『Generation Swine』に対してはあまり良い印象を抱いてはいません。

ただそういう内部事情的ゴタゴタを無視して客観的に捉えると、『Generation Swine』はMötley Crüeの新たな尖りを具現化した良いアルバムだと思うのです。

ここにきてのインダストリアルメタル化は唐突感があるように思えますが、実はこの音楽性に至る布石や流れはあります。

まず、John Corabiがまだ在籍していた1994年に発表されたアウトテイク集EPの『Quaternary』。こちらには各メンバー主導曲がそれぞれ収録されており、その中でTommy Lee主導の"Planet Boom"はヒップホップテイストも含んだインダストリアルな楽曲(なおこれは現在ではB面集アルバム『Supersonic and Demonic Relics』やベスト盤、BOXセットで聴けます)。すでにこの時点で予兆が示されています。

またVince Neil側も、Mötley Crüe離脱中の1995年にリリースした2ndソロアルバム『Carved in Stone』はダークなテンションのオルタナ/インダストリアル要素が全面に行き渡った作品となっており、『Generation Swine』でのアプローチがまったく真新しいものというわけではなかったはずです。


確かに『Generation Swine』は捨て曲もあるし、ボーナストラックの"Song to Slit Your Wrist By"をはじめとしてNine Inch Nailsからの影響が露骨だったり、どう考えてもPanteraの安易なパクり曲としか思えない"Let Us Prey"があったりするので手放しで絶賛できるアルバムではないかもしれません。

ただ一方で、"Find Myself"の暴力性はMötley Crüeにしか出せない尖りっぷりだし、Tommy Leeだから許される超ストレートなバラード"Brandon"も良いし、セルフリメイク曲"Shout at the Devil '97"もオリジナルよりカッコいい(実際、以降のライヴではこちらのバージョンに準拠した演奏をしています)。

また"Afraid"や"Glitter"や"Flush"といった曲で「オルタナを歌わせても魅力を出せるVince Neil」を証明したのはとても大きくて、同じ作風だったソロ『Carved in Stone』ではまったく引き出されていなかったVinceのVoの良さが『Generation Swine』ではちゃんと発揮されているあたり、さすがNikki Sixxだなという気がします。

『Generation Swine』は完璧とは言えないまでも「新たな尖り」を見せた点で意義があるアルバムだと思います。そしてこの冒険的モチベーションがバンドとして維持されれば、またおもしろい音楽的方向性にいく可能性もあったのですが……


●1998年以降のMötley Crüe

結論から書きますが、これ以降のMötley Crüeの音楽活動はかなり散漫なものとなります。

1998年、所属していたElektraと喧嘩別れしたバンドは自分たちのレーベルMötley Recordsを設立。同年から翌年にかけ、新曲2曲を含むベスト盤『Greatest Hits』やライヴ盤『Live: Entertainment or Death』、B面集『Supersonic and Demonic Relics』をリリース。そして並行して、Vince Neilとの仲が最悪の状態になったTommy Leeがバンドを脱退します。Mötley Crüeは後任に故Randy Castilloを迎え入れ活動を継続。

『Greatest Hits』に収録された新録曲の"Bitter Pill"と"Enslaved"でMötley Crüeは、「キャッチーなメタルバンド」としてのカムバックをアピールしました。実際2曲とも悪くなく、ややオルタナ風味を残しつつ往年のファンにも受け入れられやすい楽曲となっています。これら2曲はTommy Lee在籍時に録音されており、『Greatest Hits』に伴うツアーにもTommyは参加。

しかしその後Tommy Leeが脱退すると、残されたMötley Crüeの面々は「『Generation Swine』がああなったのはTommyとScott Humphreyが主導権を握ったせい」「本来のMötley Crüeではなかった」「Tommyはロックに興味をなくした」的な発言をするようになります。

Mick MarsとVince Neilがそのように言うのは理解できるのですが、この時点でのNikki Sixxが本当に『Generation Swine』を否定的に感じていたのかは多少疑問が残るところではあります(後述)。


Randy Castilloを迎えたかたちで2000年にリリースされた新作が『New Tattoo』。「往年のMötley」的サウンドを喧伝されて発表された本作ですが、このアルバムについては正直、「普通のハードロック」という印象を抱いています。

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"Hell on High Heels"、"1st Band on the Moon"、"Punched in the Teeth by Love"といったMötley Crüeらしいキャッチーなフックをもった楽曲はあるのですが、いかんせん全体的にびっくりするぐらい音が弱い。

Mick Marsのギタープレイ自体は冴えており、ちゃんとフィーチャーされているものの、彼の持ち味である「ファットでラウドなギタートーン」の迫力があまり伝わってこない音作り。VinceのVoもパワフルさに欠けている点含め、私は本作に関しては完全にミキシングを失敗していると思います。

ちなみに『New Tattoo』はレコーディング時の映像も公開されており、「ちゃんとベースが弾けるNikki Sixx(当たり前っちゃ当たり前なんですが)」が拝める貴重なものだったりするんですが、それを見てもかなりまったりとした、悪く言えば緊張感や覇気のない雰囲気で録音がなされているのが確認できます。


Mötley Crüeが『New Tattoo』で「無難に落ち着きすぎたロック」を提示してしまった一方、Tommy Leeは極めて意欲的な作品を発表しました。

Mötley Crüe脱退後のTommy Leeは自身のプロジェクトMethods of Mayhemを始動。1999年にデビュー作をリリース。Scott Humphreyプロデュースによるその『Methods of Mayhem』はTommyのラップ的Voを据えたインダストリアル+ヒップホップ作品で、当時のメタル/ハードロック界隈では完全に無視されましたが、これは素晴らしいアルバムです。

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Tommyのセンスとカッコよさがあらゆる観点で凝縮され、メタルに通じる攻撃性も頭から終わりまで十分。ゲスト陣もSnoop DoggKid RockLil' KimGeorge Clinton、Limp BizkitのFred Durst、Beastie BoysのDJも務めたMix Master Mike、The Crystal MethodのScott Kirkland、現JourneyのRandy Jackson、Jane's AddictionのChris Chaney、現Bon JoviのPhil Xなど、2020年現在の目線で考えてもすさまじく豪華なメンツです。最も再評価されてほしいアルバムの一つだと思っています。


そして肝心のNikki Sixxですが、当時この人はまだオルタナ方面の可能性を探っていたのではないかと私は睨んでおり、その証左が『New Tattoo』の裏でひっそりとスタートさせたソロプロジェクト、58です。

58としてリリースしたアルバム『Diet for a New America』はヒップホップ要素も含まれたダークなオルタナティヴロックで、Nikkiと一緒にこのプロジェクトを結成したギタリスト/プロデューサーのDave Darlingは、実は『Generation Swine』にも関わっていた人物です。

すなわちNikki SixxはMick MarsやVince Neilほどには『Generation Swine』を失敗作とは考えておらず(少なくともこの時点では)、Tommy同様に新しい方向性での音楽的チャレンジを試みようとしていたのではないかと思うのです。

ところが残念ながら、Nikkiお得意の「飽きっぽさ」がこの頃からさらに顕著になってきてしまいます。上述の58も結局1枚きりで終了。『New Tattoo』後に活動休止状態となったMötley Crüeのかたわら、Tracii Gunsと手を組みBrides of Destructionを結成。John Corabiも加入させスタートしたBrides of DestructionでしたがNikkiは1stのみで離脱。たまーに他アーティストのプロデュース業もやったりしたもののいずれも単発のお仕事。この人は何事においても「じっくり長続きさせること」に向いていないのです。


●2004年以降のMötley Crüe

そんなこんなで2004〜2005年にTommy Leeが復帰し「あの4人」としてのMötley Crüeが再び活動再開。これ以降のNikki Sixxは「Mötley Crüe」というブランドイメージ/看板を意識することに割り切ってバンド活動を進めています。

活動再開に際してリリースされたベスト盤『Red, White & Crüe』の時点ではそれでもまだ可能性はありました。新録曲としてフィーチャーされたのが"If I Die Tomorrow"だったからです。これはダーク&ヘヴィな雰囲気の中で抑制の効いた中低音Voを聴かせるVince Neilのパフォーマンスが素晴らしい1曲で、「実はオルタナ適性が高いVince」を再認識させてくれるとともに発展性も期待させてくれるものでした。

ですがこの曲はそもそもSimple Planが自分たち用として作った楽曲で、彼らのアウトテイクです。純粋にMötley Crüeとして、Mötley Crüeのために書かれた曲ではないのです。よって残念ながらここから音楽的に発展することはありませんでした。


その後のMötley Crüeとしての新録曲は、現時点での最新スタジオアルバム『Saints of Los Angeles』(2008年)、2012年にさらっとリリースされた単発曲"Sex"、解散ツアーに際し発表された楽曲"All Bad Things Must End"、そして2018年の再結成に続き2019年に公開されたNetflix自伝ドキュメンタリー映画『The Dirt』のサウンドトラックに提供された4曲です。

これらのうち、『The Dirt Soundtrack』以外のすべてに関与している人物がいます。James Michaelです。

2007年以降、Nikki SixxのプロジェクトSixx: A.M.のヴォーカルとして活動しているJames Michaelですが、本業はプロデューサーであり、『New Tattoo』の頃からすでに作曲面でMötley Crüeに関わっています。

この人はSixx: A.M.においては作曲/パフォーマンス/プロデュースいずれも素晴らしい仕事をしており、そちらの「アメリカン歌ものオルタナティヴロック」には完璧に合っているのですが、Mötley Crüeでも同様の功績を残しているかというと少し微妙なところです。

『Saints of Los Angeles』のタイトル曲はキラーチューンだし、"Sex"にしても"All Bad Things Must End"にしても曲自体は悪くないのですが、どうもJames Michaelが作曲・プロデュースを務めるようになってからのMötley Crüeの音は「普通の/ありがちな」ものになっているように感じるのです。バランスの点では良いものの、1997年までの「ある特定の方向に伸びた尖り」が失われているのではないか、と。

ただこの点はJames Michaelだけの責任ではなく、彼が関与しなかった『The Dirt Soundtrack』の新録曲の音がいずれもインパクトに欠けていたことからもそれはうかがえます(楽曲"The Dirt"は悪くないですが)。

思うにもはやブランドとなったMötley Crüeについて、成功を収めた『Dr. Feelgood』の「良い音」を再現し提供しようというNikki Sixxの意図があり、その結果(Nikki自身のセンス/発想力の低下も相まり)「クオリティは高いけど普通な」音に落ち着いてしまっているのではないでしょうか。


もちろん現在のMötley Crüe、Nikki Sixxの方針は「かつてのMötley Crüe」を愛するファンにとってはなんら問題ないものではあります。私も気持ちの半分はそっち側です。

ただ、「賛否両論ありつつもひたすら尖ったMötley Crüe」を彼らの音から感じたいのも正直な気持ちです。いま現在のNikkiからはそれは望めないし、Mick Marsはそもそもそういう方向に興味はないでしょうし、Vince Neilは何も考えていないでしょう。


ゆえに今後のMötley Crüeを変えてくれる可能性があるのはTommy Leeしかいません。

Methods of Mayhemの1st後の各ソロ作ではいずれも歌ものオルタナロック方面へ転換していたTommyですが、彼は今秋新たなソロ作『Andro』をリリースする予定だと伝えられています。

そしてその収録曲が、この記事を書いている翌日6月5日に発表となります。ティーザーを観る限り、トラップEDM寄りのアグレッシヴな方向性を示唆していて非常に興味深い。


ソロだからこその音楽なのかもしれませんが、私はそれをぜひMötley Crüeに持ち込み融合させてほしいと思っています。「わくわくさせてくれるMötley Crüe」の復活はあなたにかかっています、Tommy Lee。毎日嫁と一緒にTikTokで遊んでいる場合ではないのです。頼むぜ。


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