第58回理学療法士国家試験 午後51-55の解説
息子は57回の国試では不合格で、1年間一緒に勉強し、58回の国試になんとか合格する事ができました。一緒に勉強したというのは、私が医師の立場でいろいろ教える事ができたという事です。理学療法士の専門ではありませんが、医師である事から、それなりに知識もありますので、恩返しの意味を込めて、解説やコメントをしたいと思います(いわゆる理学療法士出身の予備校講師や塾の先生と比較して詳しいところもありますが、詳しくないところもありますのでご容赦ください)。もしこれは違うよという所があればご連絡いただければ幸いです。
51.骨で正しいのはどれか。(58回午後51)
1.短骨には髄腔がある
2.黄色骨髄は造血機能を持つ
3.海綿骨にはHavers管がある
4.骨芽細胞は骨吸収に関与する
5.皮質骨表面は骨膜で覆われている
【答え】5
【解説】
骨の解剖についての基本的問題です。
1.短骨には髄腔がある:×
短骨は立方体の形をした骨で、手根骨や足根骨がそれに相当します。髄腔は長骨の骨幹部にあります。
2.黄色骨髄は造血機能を持つ:×
骨髄には赤色骨髄と黄色骨髄があり、造血機能があるのは赤色骨髄です。黄色骨髄は大人で赤色骨髄が脂肪組織に変わったものです。
3.海綿骨にはHavers管がある:×
ハバース管は皮質骨(緻密骨)部分にあります。
長管骨では外側に骨が緻密になった骨皮質があり皮質骨(緻密骨)と呼ばれます。一方骨の内側には骨がスポンジ状になった部分があり骨梁(海綿骨)と呼ばれます。髄腔(骨髄)とは海綿骨の隙間の部分の事を言います。
下図のように、皮質骨(緻密骨)の部分には、バームクーヘンのような構造が密に並んでいますが、その構造をハバース層板または骨単位(オステオン)と呼ばれます。骨単位の中心を長軸に平行に血管が通る孔がありハバース管といいます。ハバース管に対して、長軸に垂直に走る管もあり、フォルクマン管といいます。
4.骨芽細胞は骨吸収に関与する:×
骨芽細胞は成熟して骨細胞になりますので骨産生に関与します。一方、破骨細胞は骨吸収に関与します。なお、骨芽細胞や破骨細胞は骨表面に存在します。
前述のように骨芽細胞は骨産生に関与しますが、骨芽細胞はハバース層板の骨表面において骨基質を周囲に分泌しながら自ら骨基質に埋もれ、最終的に骨細胞になります。骨細胞が存在する部位を骨小腔といい、ハバース管を中心に層状にいくつも存在しています。
5.皮質骨表面は骨膜で覆われている:○
選択肢3の解説の図のように、皮質骨の表面は関節面を除き、骨膜でおおわれており、シャービー線維で皮質骨と強く結合しています。骨膜には感覚の神経線維が分布しており、骨折して骨膜が損傷を受けると強い痛みを感じます。
52.前骨間神経に支配される筋はどれか。(58回午後52)
1.短母指伸筋
2.長母指屈筋
3.長母指伸筋
4.尺側手根屈筋
5.長母指外転筋
【答え】2
【解説】
前骨間神経は正中神経の分枝(深枝)です。橈骨と尺骨の間(骨間)の手掌側と通るので前骨間神経と呼ばれます。橈骨と尺骨の間の手背側を通る神経は後骨間神経と呼ばれ、橈骨神経の分枝になります。
正中神経は円回内筋の2頭(上腕頭と尺骨頭)の間を通過した後、すぐに深枝である前骨間神経を分岐します。本幹(浅枝)はそのまま前腕を走行し、手関節にある手根管内を通ります。
前骨間神経は前腕深部にある長母指屈筋・深指屈筋・方形回内筋の3つの筋肉を支配します【超重要】。 →問題の答えは2の長母指屈筋です
さて、前骨間神経が麻痺した場合、どんな症状がおこるでしょうか?
(1) 長母指屈筋の麻痺→母指のIP関節*・MP関節の屈曲ができなくなります
*長母指屈筋は末節骨に停止しているのでIP・MP関節の屈曲作用があります。一方、短母指屈筋は基節骨に呈ししているのでMP関節屈曲作用はありますが、IP関節の屈曲作用はありません。
(2) 深指屈筋のうち、第2・3指は正中神経支配で、DIP・PIP・MPの屈曲作用があるため、前骨間神経麻痺の場合、示指のDIP関節の屈曲ができなくなります。
(1)(2)の結果、正常では示指と母指で丸の形を作る事ができます(パーフェクトOサイン)が、前骨間神経麻痺では示指のDIP関節と母指のIP関節が屈曲できないため、示指と母指で丸をつくる事ができず、それぞれを伸展した状態となり、涙のしずく様に見えます(涙のしずくサイン)。
なお、補足ですが、正中神経がさらに高位の円回内筋の部位で絞扼され麻痺をきたす場合があります。これを円回内筋症候群といいますが、この場合は第2・3指の深指屈筋に加え、浅指屈筋・短母指外転筋・母指対立筋などが麻痺する事により、患者が手を握ろうとすると、小指と薬指だけが屈曲するようになります(祈祷師の手)。なお、前骨間神経麻痺の場合は浅指屈筋は麻痺しませんので、第2・3指のPIP関節以下は屈曲する事ができます。
ついでに後骨間神経麻痺についても勉強しておきましょう。国試ではこのように関連する病態で未出題のものを勉強しておく事が重要なです。
後骨間神経とは橈骨神経の肘の部分から深部へ至る分枝です。
橈骨神経は腕神経叢を出た後、腋窩部で三角間隙を通ります(下図左)。小円筋・大円筋・上腕三頭筋・上腕骨でつくる外側腋窩隙の中には腋窩神経が通り、大円筋・上腕三頭筋・上腕骨でつくる三角隙の中には橈骨神経が通る事は知っておいてください。
橈骨神経は三角隙を出た後、上腕骨にへばりつくように橈骨神経溝にそって下行します。上腕骨にへばりついているので、上腕骨骨折では橈骨神経麻痺が起こりえます。
橈骨神経が肘の部分まで下行してくると、回外筋部分で深部へ走る後骨間神経を分枝します。分枝の部分は回外筋を貫きますが、貫く部分をフローゼのアーケードといいます。
橈骨神経の絞扼性障害については①腋窩部と②上腕骨橈骨神経溝部で起こる高位麻痺と、③回外筋部で後骨間神経が麻痺になる低位麻痺とがあり、高位麻痺と低位麻痺では症状が決定的に違います【重要】。
下図は前腕後面筋である①長・②短手根伸筋と③尺側手根伸筋の起始・停止・作用についてまとめたものです。これらを含めて、前腕後面筋はほとんどすべてが橈骨神経支配ですが、①②以外は後骨間神経支配です。この話で何がいいたいかというと、後骨間神経麻痺の場合は①②が作用するので、手関節の背屈が可能です【重要】。
したがって橈骨神経の高位麻痺では前述の①②③のすべてが麻痺するので手関節の背屈ができず、下垂手になりますが、橈骨神経の低位麻痺(後骨間神経麻痺)では手関節の背屈が可能なので、下垂手とはならず下垂指になります。
なお、橈骨神経麻痺による下垂手には、コックアップ装具やトーマス装具、オッペンハイマー装具などが用いられますが、手関節背屈ができる下垂手には、下図のような逆ナックルベンダーが用いられます。下垂手ではMP関節が伸展しないため、MP関節を伸展位で保持するための装具です。
この問題を通して、前骨間神経麻痺と後骨間神経麻痺について理解を深めてください。
53.眼球運動に関わる脳神経として正しいのはどれか。(58回午後53)
1.視神経
2.外転神経
3.滑車神経
4.顔面神経
5.三叉神経
【答え】2,3
【解説】
このあたりは脳神経についての基本問題ですね。眼球運動に関わる脳神経は動眼神経 (III)・滑車神経 (IV)・外転神経 (VI)の3つです。支配する外眼筋は以下の図のようになります。
ちなみに内眼筋とは目の中にある筋で、毛様体(レンズの厚さを調節する)と虹彩(瞳孔の大きさを調節する)があります。
また動眼神経 (III)は目の動きだけでなく、まぶたを上げる眼瞼挙筋も支配しています。
なお、動眼神経麻痺の場合は眼瞼挙筋が麻痺するので上眼瞼のみ垂れ下がります。眼球自体は滑車神経(IV)と外転神経(VI)優位となり、眼球は外下を向く事になります。また副交感神経である動眼神経が麻痺すると、瞳孔は交感神経優位となり散大します。
一方、交感神経活動が低下するとHorner症候群になりますが、この場合は瞳孔が縮瞳し、ミューラー筋が麻痺する事により、上下眼瞼の筋力低下により、眼裂狭小になります。
ちなみにまぶたを閉じる筋は顔面神経 (VII)となります。
最後にもう一つ (one more thing)ですが、動眼神経 (III)と滑車神経 (IV)は中脳にあり、三叉神経(V)と外転神経 (VI)・顔面神経 (VII)・内耳神経 (VIII_は橋にありますが、滑車神経だけは脳の背側から出ます。滑車のように、脳幹の背側(上)を回って下に降りるとイメージしましょう。
54.脊髄で正しいのはどれか。2つ選べ。(58回午後54)
1.膨大部は3つある
2.前角は白質からなる
3.後根は脊髄神経節をつくる
4.交感神経は胸髄と腰髄とからなる
5.脊髄円錐は第3・4のレベルにある
【答え】3,4
【解説】
脊髄についての解剖の問題です。
1.膨大部は3つある:×
脊髄には頚膨大部と腰膨大部の2つの膨大部があります。頚膨大部は上肢に、腰膨大部は下肢に向かう神経が多く出ているので脊髄も太くなっています。
2.前角は白質からなる:×
脊髄の中心部は灰白質となっていて神経細胞が密集しています。脊髄の周辺部は白質となっていて神経線維が密集しています。一方、脳では周辺部が灰白質で中心部が白質となっています。
灰白質の前方を前角、後方を後角といいます。前角にはα運動ニューロンやγ運動ニューロンの神経細胞があります。
3.後根は脊髄神経節をつくる:○
後角に入る神経線維の束を後根といいますが、後根の途中に一部膨らんだ部位があり、後根神経節といいます、後根神経節には感覚神経の細胞体があります。一方前角から出る前根には神経節はありません(運動神経の細胞体は前角にあります)
4.交感神経は胸髄と腰髄とからなる:○
交感神経の解剖についてはイメージしずらい所もありますので、ここで一度詳しくまとめます。
交感神経は自律神経ですが、視床下部や大脳辺縁系から入力を受けています。交感神経の細胞は脊髄の側角(注:前角ではありません)にあり、脊髄を出た後、脊髄の横に神経節を作ります(交感神経神経節)。交感神経節は上下の神経節と連なっています。
脊髄側角から交感神経節に至る線維を節前線維といいます。交感神経は交感神経節で、別の線維に中継します。これを節後線維といいます。
そして、以下の図のように、交感神経節前線維の神経伝達物質はアセチルコリンで、節後線維の神経伝達物質はノルアドレナリンです。また副交感神経の節前線維・節後線維の神経伝達物質はともにアセチルコリンです。
交感神経の神経細胞は胸髄のTh1〜Th12、腰髄のL1・L2・L3にあります。頚髄や仙髄にはないので注意してください。一方、副交感神経は脳神経のIII・VII・IX・Xと仙髄S2・S3・S4にあります。仙髄には排尿・排便に関する神経があります(骨盤神経)。
なお、胸髄から出た交感神経節は、脊髄の外で上方へと伸びて頚部に神経節を作ります(頚部交感神経節)。頚部神経節からは頭部の涙腺や耳下腺などの分泌腺に線維を出して分泌のコントロールを行っています。頚部交感神経節には大きく上頚部神経節・中頚部神経節・下頚部神経節の3つがあり、特に下頚部交感神経節を星状神経節と呼びます。星状神経節は交感神経抑制を目的にブロック注射を行う場所として知られています。国試的には肩手症候群の治療に星状神経節ブロックが行われる事があります。
5.脊髄円錐は第3・4のレベルにある:×
脊髄の終端は丸みをおびた形になり脊髄円錐と呼ばれます。脊髄円錐の下橋は第1腰椎レベルです。以後は馬尾神経となります。
55.心臓の構造で正しいのはどれか。(58回午後55)
1.僧帽弁は3尖である
2.大動脈弁は2尖である
3.洞房結節は左心房にある
4.卵円窩は心房中隔にある
5.三尖弁は右心室の流出口にある
【答え】4
【解説】
心臓の解剖の問題ですね。基本的な問題です。
1.僧帽弁は3尖である:×
2.大動脈弁は2尖である:×
心臓の中にある4つの弁のうち、僧帽弁だけ2尖弁です。僧帽弁は写真のようにローマ法王がかぶる帽子に似ているのでそう呼ばれています。
3.洞房結節は左心房にある:×
下図は右心房と左心房と切り開いたところのイメージ図です。
洞房結節は上大静脈と右心房の境(上大静脈開口部)にあります【国試既出】。一方、房室結節は右心房下壁にあります。
4.卵円窩は心房中隔にある:○
卵円窩は胎児循環での通路である卵円孔の名残りです。卵円孔は生後すぐに閉鎖して卵円孔になります。生後も卵円孔が開存すると心房中隔欠損症という病気になります。
今年は内部障害の循環器で先天性心疾患の心房中隔欠損症が出ると予想していたんですが、外れました…。心室中隔欠損症は55回で既出、ファロー四徴症も既出です。
一応、59回以降の受験生のために、心房中隔欠損症のポイントを下に紹介します。
ついでに、先天性心疾患でチアノーゼを生じる疾患は国試ではファロー四徴症だけと覚えてください。
5.三尖弁は右心室の流出口にある:×
三尖弁は右心房と右心室の間にある弁です。右心室の流出口(右心室と肺動脈の間)にある弁は肺動脈弁です。
Dr. Sixty_valleyの第60回理学療法士国家試験対策のポータルサイトページは以下です。