還暦おやじのスタディアブロードWith ウクレレ ⑫
お尻を拭いた紙をトイレに流してはダメ!
ほどなくして、タクシーは古びて外壁に蔦が這っている3階建ての塀に沿って停車した。道幅は、2台の車がやっとすれ違えるほどだ。
街灯が照らす下に、女性スタッフが迎えに来ていた。空港から一緒だったスタッフのドナは彼の方をアテンドしていった。
そして、出迎えてくれたスタッフが、タクシードライバーから私のキャリーケースを受け取り、それを大事そうに抱えながら私を部屋までアテンドしてくれた。スタッフ教育は、私の予想よりちゃんとしているようで安心した。
彼とは、反対の方向に歩いて直ぐの幅が1メートルほどの路地に入った所で彼女は足を止めた。
そして、ドアの前で説明を始めた。犬が激しく吠えているので彼女の声が聞こえない。彼女はそのことに慣れているようで、ボディランゲージで説明をしてくれている。英会話初心者の私にとってボディランゲージは大いに歓迎だ。
彼女は、路地を曲がったところのこの突起物に手を一杯に伸ばして、指先で触りながら私は背が低いので頭にぶつからないが、あなたは背が高いから頭にぶつかるので注意してね。何度もぶつけてけがをする人がいるということらしい。
突起物に注意!
私は、ガッテン承知!と言いながら、OKとジャスチャーを返したが、彼女には「got it」ゲットイット日本語の意味としては分かったと聞こえたらしい。
そんなことより私はそんなものにぶつけるような間抜けではない、反射神経はまだまだ若い者に負けない自信がある。
よく見ると、緩衝材が巻いてあるのが見えた。今までぶつける人が本当に多かったのだろう。こんなものにぶつける人の顔が見たいものだ。
私は、ぶつけることはないがどんくさい人にとっては細やかな配慮は必要だろう。
彼女の身長は、私の妻と同じぐらいの身長だから、150センチちょっとくらいだろうか。
そして、カギを取り出しドアを開けている。私は、あっ!鉄格子だと、声を上げそうになったが、深夜でありその言葉を飲み込んだ。だって、隣は普通の住宅なのだから。
彼女は、2枚目のドアを開け電気を付け部屋に入るよう手招きしてくれた。
足元の段差に注意!
そして、足元を気にするような合図をしている。なんだろうと、見てみると階段にして1段分下がっているので、気を付けてという合図だと分かった。確かに足元が一段下がっている。これはアブナイ!
私は段差に注意しながら靴のまま中に入った。床はすべてコンクリートだ。室内は外気温よりも何度か低く感じたが、その時は私が到着する前にエアコンを付けてくれていたのだろうと考えていた。
部屋を見渡してみると窓が一つもない。部屋の中にいると天気も昼なのか夜なのか分からない。
まるで鬼平犯科帳に出てくる盗人たちが隠れ家にしている盗人宿みたいで、今にも鬼平が扉を開けて「盗賊あらため方、長谷川平蔵である、神妙にせい!」って入ってきそうな雰囲気だ。
いやいや、盗人たちが狙っている千両箱が沢山積んである土蔵の方がちかいかもしれない。いつもならば妻が隣で時代劇の見過ぎだなんて突っ込んでくれるが、この先一ヶ月は、自分一人でボケと突っ込みをするっきゃない。そう思うと少しさみしい。
そして、なんだか誰かに見られている気がして気味が悪い!
部屋の間取りは事前に写真で確認した通りの1ルームタイプ。最近都内でおしゃれな賃貸物件として人気のあるスタジオなんて呼ばれているやつだ。彼女は、キャリーケースを置くと。短いインフォメーションを伝えただけで、足早に部屋から出ていった。
その内容は、名前がマンゴウで朝8時に別のスタッフが朝食の為に迎えに来ますので、それまでは誰が来ても絶対にドアを開けないでと言う事だった。
開けたら危険という事らしい。治安は良いと聞いていたが気を付けなくては。
彼女を見送ってから、2重のドアのカギを夫々しめて、部屋の中の何も入っていない小さな冷蔵庫に一本の缶ビールを置いた。
スクールの部屋に着いたら乾杯するつもりだったが、マニラの気温ですっかり暖められたビールをくれとは喉チンコは要求してこない。
玄関ドアから一番遠いところにベッドがありこの部屋の3分の1のスペースを埋めている。
その横には小さな洋服ダンス。玄関ドアの近くの冷蔵庫の横には、机と椅子が2つ並んでいる。その横にはミニキッチン。一番奥がトイレとシャワーだ。
トイレのドアに紙が貼ってあり日本語と英語で文字が書いてありその内容に驚かされた。そこには「マニラは水圧が低いのでおしりを拭いた紙は便器に流さずに、ゴミ箱に捨てください。」という内容。続けて「スタッフがゴミを回収します。」と書いてある。勿論、シャワートイレではない。
紙にべったり付いたうんち君が部屋中にうんち君マークだらけにしちゃう映像を思い浮かべておかしかった。しかし、べったりうんち君付きの紙を回収されるのは恥ずかしさもある。何といっても一人部屋なので誰の体から生まれたうんち君なのかは明白だし、英会話のレッスンを受けるのはこの部屋になるからだ。
幸いにして今のところ便意はない。ここでは大便はしないで、食堂などで用を足すことを固く決意した。