突如訪れる断絶と「絆」の可能性 ―『スマイルプリキュア!』18話を通じて


*スマイルプリキュア!18話のネタバレあり*


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【1】「いまは、このバトンをつなぐことだけを考えよう。」

 体育祭の女子リレーに2年2組はみゆきたち5人で出場することになった。

 運動が苦手なやよいだったが「この5人で走りたい」と言うなおの言葉に背中を押された。

 練習を続け、やよいのスピードも上がってきたが、陰口を叩く子もいて、やよいの心は揺れていた。(…)

 リレーが始まった。あかね、みゆき、れいかと順調にバトンをつなぐ。

 やよいは順位を落としたけれど、あきらめない。クラス全員の歓声が上がった。

 最終走者なおにバトンがつながる。トップに立つなおだったが……!


 けっきょく、なおはゴール直前で転んでしまう。

 5人で走ると初めに言い出したなおが、最後で失敗してしまうのだ。

 以上が『スマイルプリキュア』「18話 なおの想い!バトンがつなぐみんなの絆!!」のあらすじである。


【2】この話のなかで、「絆」という言葉が直接つかわれることはない。5人が最後までつなごうとするバトンが、絆というものを象徴していた。

 『スマイルプリキュア』は東日本大震災をうけて、当初の構想を変更してまでつくられた作品であった。その作品のなかで、唯一「絆」という言葉がタイトルにつけられているストーリーがこれだ。私はこの話こそが、震災を受け止めて制作を開始した『スマイルプリキュア』が提示した「絆」についての一つの答えであったのではないかと考えている。

 人生にはご都合主義的な奇跡など起きない。たとえば足の遅いやよいが、いくら努力をしたところで突然足が早くなるわけでもない。そして、ゴール直前におけるなおの転倒は、努力をしても突然全てが水の泡になることがあることを教えてくれる。ただでさえ上手く進まない物事が、予測できない力によって、突然無意味なものへと変わってしまう。


【3】プリキュアたちが対峙する敵も、そうした現実を突きつける存在として描かれる。

 彼ら[三幹部]は「今大人になった僕ら」自身、もしくは僕らの可能性でした。意地っ張りな中高生の男子が、なんらかのきっかけでひねくれて不良になったのと同じです。(…) もしかしたらそんな不幸な自分もありえたかもしれない。そんな存在ですね。(…)

 三幹部が思春期の悩みで、ジョーカーやピエーロは僕らが抱える未来への漠然とした不安で、それが敵の姿をしていますが、そうした絶望や闇には、最終的には自分自身と打ち勝つしかない。

(SDインタビュー)


 まず、何度となく執拗に「思春期の悩み」を提示する三幹部がいる。

 そして、その背後で三幹部を動かすのは、先が見えない未来への絶望だ。

 そうしたものと戦うなかで、プリキュアは「ほんとうに大切なものはなにか」という問いを、自分たちに幾度も問い直す。答えがでることがなくても、何度も。

[作中でたびたび提示される、「大切なものは何か」について]もしかしたら、最終回をへても何もわかってないかもしれない。ただ自分の気持ちには素直になれたとは思います。(…) しょせんは14歳の女の子。偉そうに『これが正しい』なんて言える理由も根拠もないんです。 (SDインタビュー)


 このようにスマイルプリキュアは、不安と戦うことを通じて自分自身と戦っている。思春期の悩みと、先が見えない未来という二重の不安と。それに負けたとき、絶望 (バットエンド) が訪れる。

 ここではあえて「思春期の悩み」と「先が見えない未来」が分けられていることに注目しておこう。それはしばしば同じものでもありうるのだが、スマイルプリキュアでは違うものとして描かれている。とくにピエーロは、人間味あふれる三幹部とは異なり、絶望を抽象化したような存在として描かれていた。感情があるのかは疑わしく、その目的も明瞭に語られることはない。ピエーロはまさに、突如襲い来る絶望のシンボルなのである。(*ここで上北ふたご版コミックスのラストについても想起しておこう。)


【4】 さて、リレーの話にもどる。

 私は、スマイルプリキュアが象徴的に描く以上のような不安を、リレーの話のなかにも見出すことが可能だと考えている。ストーリーの最後 (戦闘も終わり、いつものプリキュアだったら大抵の物事が上手くいくタイミング) に突如挿入される、なおの転倒という断絶に、ピエーロのもたらす絶望を重ねることができると思うのである。

 どんなに頑張っていても、意志にまったく関係なく突然失敗と絶望は襲いかかる。我々はこうした断絶を恐れて未来への不安を捨て去ることが出来ない。地震だけの話ではない。地震が引き起こした放射能のリスクは不可視の形で我々を覆い、そしてそれが引き起こす影響を正確に測ることは出来ない。めったに越えるはずがないと思われていた高さを津波は軽々と越えた。次は何メートルの堤防を作れば、我々は安心することができるのか。

 断絶は突然くる。そして、それは我々が信じていたあらゆるものを踏みにじり、絶望を与える。


【5】それでも、バトンはつながっていく。

 転倒はそれまでの努力をすべて無駄にする断絶でもあった。この突然の転倒に絶望してしまうこともあるだろう。だが、それでもバトンを繋ぐことはできた。そこにスマイルプリキュアは意味を見出すのである。

 突然の断絶が起こっても、絆はつながる。というよりも、愚直につなげるのだ。

 絆に意味はない。むしろ絆を強調する圧力は、我々を苦しめるかもしれない。

 しかし、それ自体に意味がないからこそ、絆はつながりうる。我々はこの言葉を通じて、断絶されたなにかに、ポジティブな、そして〈つながる〉という意志を送ることができる。そこに、絆の可能性がある。



(2013/5/9公開記事に加筆。本来はかなり長い記事の最後のほうに来るはずの文章だった。)


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