見出し画像

歌謡曲はどこへ消えたのか

少ない知識と印象による推論。検証なし。まとめていくためのメモレベル。

まずは歌ありきで、流行歌がレコード化された。
純粋にいい歌も、ふざけた楽しみのためのノベルティソング的なものもあっただろう。

レコードを安定したビジネスにするために流行した歌ではなく流行させる歌の・レコードの制作。
歌謡曲の始まりはこの辺りにありそうだ。
職業作家によるマスプロダクト。

アイドル歌手の存在。
基本的に歌手は歌がうまい。
が、そうではないケースもままある。
本人のたとえば見た目により人気があるケース。
歌がうまくなくても、グッズとしてのレコードが売れる。

フォーク、ニューミュージックの勃興。
ニューミュージックと呼ばれたシンガーソングライター系のアーティスト・歌手であっても、その実アレンジは職業編曲家の手により、業界的な判断の下で制作されていた現実では、歌謡曲の範疇と言えるだろう。

ロック文脈がシンガーソングライターと結びついたラインでようやく歌謡曲から離れた音楽が作られるようになったのではないか。
私の知識では荒井由実とティン・パン・アレイの結びつきがそれにあたる。

のちにYMOが「浮気なぼくら」を制作した際に「全然歌謡曲じゃない」的なことを発言しているのも、たとえばガラスの林檎のアレンジの大村雅朗の貢献をたたえているのも、歌謡曲の特異性に裏付けられたものなのだろう。

山口百恵が引退し、松田聖子、中森明菜と言った次の世代が台頭してくるも、時代的には歌唱力よりもパーソナリティをメインとしたアイドルの時代に向かう。

アイドル歌謡と演歌的なものの2極化。

歌番組の変化。歌番組における生バンド・生オーケストラの衰退。カラオケ使用。メロディーの同一性でなく、バックトラックの同一性も含めての歌唱が求められるようになった。

バンドブーム。

グループサウンズは歌謡曲の範疇。

昭和というキーワード。

J-POP。

カラオケ。

ロックの一般化。ポピュラリティの獲得。

MTV以降か、洋楽がお茶の間に近づいたことによって、歌謡曲(のその編曲)の参考とした洋楽をネタとして使いにくくなった。

歌謡曲と言うパッケージの終焉。詞曲に関しては作詞作曲家によるものでなくても、歌謡曲を聴いて育つことで歌謡曲の影響下にあるものを作ることもあるだろうし出来るだろう。

優れた芸術としてでなく、売れる商品としてのパッケージングの為の編曲の在り方こそが歌謡曲を歌謡曲たらしめていたのではないか。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?