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思い出のボトル

夕暮れの光が窓から差し込み、古い書斎を淡いオレンジ色に染めていた。書棚の一角には、埃をかぶった一本のウイスキーボトルが静かに佇んでいる。そのボトルは、父と飲むはずだった思い出のボトルだった。

佐藤隆は、今年50歳を迎える。その書斎で、一人静かに思い出に浸っていた。ボトルに刻まれたラベルには、ベンロマックの名が誇らしげに浮かび上がっている。このウイスキーは、父が数十年前に特別な日のためにと購入したものだった。


父、佐藤誠一はウイスキー愛好家で、その情熱を息子の隆にも受け継がせた。誠一は、息子が成人した暁には、一緒に特別なウイスキーを開けて祝おうと約束していた。それがこのベンロマックだった。

しかし、運命は残酷だった。隆が大学を卒業する直前、誠一は突然の心臓発作で他界してしまった。約束は果たされることなく、ボトルは開かれることなく、時だけが過ぎていった。


時が経ち、隆は父の遺志を継ぎ、ウイスキーの魅力にどっぷりと浸かっていった。数々の銘柄を楽しむ中で、あのベンロマックのボトルだけは手をつけず、特別な場所に飾り続けた。それは、父との約束を守るための象徴でもあり、父との思い出を守るための儀式でもあった。

50歳の誕生日の夜、隆は決心した。父との約束を果たす時が来たのだ。静かにボトルを取り出し、慎重にキャップを開ける。香ばしいウイスキーの香りが書斎に広がり、思わず涙がこぼれ落ちた。グラスに注がれた琥珀色の液体は、時の流れを超えた父の愛情そのものだった。


グラスを掲げ、隆は父の写真に向かって静かに語りかけた。「お父さん、約束を果たしたよ。あなたの愛したこのウイスキー、一緒に飲もう。」グラスを唇に近づけ、口に含むと、深い味わいとともに父の記憶が蘇った。

その夜、隆は父と語り合うように、ゆっくりとウイスキーを楽しんだ。思い出のボトルは、二人の絆を再び繋ぎ、永遠に続く父と子の物語を紡ぎ出した。

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