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セレンディピティ

セレンディピティ……何かを探しているときに、探しているものとは別の価値あるものを偶然見つけること。素敵な偶然に出会ったり、予想外のものを発見すること。

昼前にようやくベッドから這い出る。日曜日、さて何をしようか。"やらなければいけないこと"はたくさんあるのに、やれる気がしない。理由は明白で、足場が定まっていないからだ。30年間生きてきて、自分は複数のコースを走り分けることが出来ないことがわかった。今は脚本も書けないし、来月受けるTOEICの勉強もする気が起きない。

金曜日、急遽面接が入った。吉祥寺でたまたま入った雑貨屋で、雑貨屋の創業者が描いた絵本を立ち読みしたら雷が落ち、その勢いで最終ページに記載されていた会社に履歴書と職務経歴書を送りつけたのが先週の土曜日。既に募集は締め切られていたため期待はしていなかったが、なんと面接の機会をいただけることとなり、今の職場に「通院の予定が入っちゃって」と嘘をついて、早上がりして雑貨屋に向かった。

雑貨屋について二階に通されると、なんと店長だけでなく、あの絵本の裏表紙に載っていた作者兼創業者2名も座っていた。

「まずは自己紹介をお願いします」

……嘘だと思われるかもしれないが、全く準備していなかった。今ならわかる、こんなの聞かれるに決まってる質問だと。でもその時の俺は不意打ちを喰らったハトのような顔をして、慌てふためきながら現在の職場での立ち位置と、脚本家になりたいという夢を語り、強制終了した。言い終わってから「うわー、全然用意してなかった」と本音が漏れ出る始末。

「これまでなにかで一番になったことはありますか?」

(ありません。)そうですね……一番、うーん……あ、そうだ、小学校の時、書き初めで都展に選ばれたことがあります。

「得意なことと苦手なことを教えてください」

得意なことは妄想で、苦手なことは生き方を否定してくる人……ですかね。

「辛い時とかがあった時に、どうやって乗り越えたり、解消したりしますか?」

書くことです。ドラマは葛藤なので、受けた傷をもとにプロットを練って、キャラクターを作り出して、物語に昇華します。持論ですけど、一発目は自分の傷、自分の物語でいいと思っていて……プロになれたら他者の傷だったりをドラマにすればいいと思うんですけど、世に打ち上げる一発目の花火は、自分から生み出すものでいいんじゃないかって……(以降長話タラタラ)。

そんなこんなで、おそらく撃沈したと思う。

今回の面接で学んだこと。あらかじめ簡潔な自己紹介文を用意しておくこと。そして聞かれた質問には最初に結論を述べて、それに付随するエピソードを長すぎない程度に伝えること。……はぁ、今度から苦手なことは「就活です」と言おう。

火曜日までに合否の連絡をもらえるとのことで、それまでは前に進むことができないことが確定した。これが「足場が定まっていない」の正体である。

明くる土曜日、TOHO シネマズ新宿に行き、溜まっていたシネマイレージポイントで『侍タイムスリッパー』を観て、夜は友人と赤羽でご飯を食べた。

そして訪れた日曜日。どうせ"前へ進むこと"はできない。だったらゆったり自分の心のおもむくままにだらけよう。

まずは近所の「ニンニク入れますか?」と書かれた黄色い看板が目印のラーメン屋に向かった。この店では食券を店員に渡す際に3つの質問に答える義務がある。「ニンニクあり・野菜普通・麺の硬さ普通」と唱えた後、到着した豚ラーメン(味噌)をむさぼるように喰らった。すげー旨かった。

家に帰り、この後どうしようか考える。

「そうだ、にいざ温泉に行こう」

にいざ温泉は実家から車で15分くらいの場所にあり、実家にいた頃は家の車でよく行っていた。絹湯の湯船の縁に頭を乗っけてぼーっとすることや、サウナ後の冷たすぎない水風呂が好きだった。しかし一人暮らしを始めてからは行かなくなった。

ここからチャリだとどれくらいかかるんだろう? Googleマップで調べたら35分。なんだ、全然チャリで行ける距離じゃん。家を飛び出てチャリにまたがる。

道中がまたよかった。都会っぽくないのほほんとした住宅街で、程よい自然。自転車を漕いでいるだけで楽しい。

そしてある景色が目に飛び込み、急停車した。川だ、眼前に川が現れたのだ。その川の名前は黒目川。目黒川の反対だ。

ずっと川沿いを歩くのが好きだった。3年前まで聖蹟桜ヶ丘駅と京王永山駅のちょうど真ん中にあるマンションに住んでいて(東京都多摩市関戸6丁目)、その家の近くに乞田川という川が流れていた。貧乏暇あり、ことあるごとに音楽を聴きながら川沿いを歩きまくった。水面に浮かぶカモやサギにあいさつをするのが好きだった。

それから田無に越してきて、悲しかったのは近くにのんびり歩き回れる川がなかったことだった。まぁ仕方ないと諦めていたが、ちょっとチャリを漕いだらいい川が見つかったのだ。

左には普通の道があり、右には川沿いの道へと続く砂利道がある。

「おもしろい方を選べ」

二択を迫られると頭の中でオートマチックに流れる妄想ボイスに従い、迷わず右の砂利道を進む。自転車を降りて、ゆっくりと黒目川の川沿いを歩く。

川にカモとサギがいたこと。

道に赤・黄・青の野花が咲いていて美しかったこと。

その隣に名前のわからない紫の花の群があって、さらに胸が高鳴ったこと。

川釣りをしている少年たちがいてほっこりしたこと。

振り返ると川と雲と太陽が見事なシーンをなしていて、数秒立ち止まったまま惚けたこと。

"行き掛けの駄賃"にしては稼ぎすぎてしまった。ほほが緩んでしょうがない。温泉でゆっくりする以上のことを、すでに得た気分だった。

ようやく黒目川に別れを告げて、にいざ温泉に到着。身体を洗ってからサウナを堪能し、久しぶりに絹湯でぷかーっと浮く。たゆたうっていいなぁ。風呂から上がった後は、休憩所で6巻からしかないBLEACHを読んではうたた寝を繰り返し、欲望に従ってセブンティーンアイスの贅沢マカダミア味を食べた。うたた寝の幸せと、風呂上がりのアイスの美味しさを思い出した。

外に出るとすでに暗かった。また35分かけて家の方まで戻り、松屋で豚と茄子の辛味噌炒め丼を食べ(財布の紐ゆっるゆる)、ようやく帰宅した。

文通相手の誕生日プレゼントを買うために吉祥寺に行ったら、人生の航路がグイッと方向転換し、チャリで温泉に行ったら素敵な川と野花に出会えた。まさにセレンディピティだ。

「計画通りにことが進むと嬉しく、進まなかったらストレスが溜まる」という人が世の中にはいるが、俺は全く逆だ。「計画は破られるためにある」と思っている。だからこれからも綿密に計画を立てて、思いがけない幸福な横槍を楽しみに生きていきたい。

……面接受かってたらいいなぁ。

p.s. コント作家の道も模索中だが、こちらはなかなかうまくいっていない。なのでまずは足場を固めること(食っていけるだけの財源を確保すること)を優先して、それが落ち着いたら、コントを書かせてもらう場所を探すつもりです。

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