親ってすげえって話を大学生が喋る

変な時間に目が覚めてしまった上に、不安になるぐらいやることが無いので投稿する。いや、卒論発表の資料を作ったりとか溜まってる未読の本を読むとかあるけど、やることがない。あるよなそういう時。

親ってすげえなという話。僕の。

でも多分共通する人も多いんじゃないかなと思う。知らんけど。

僕の親は割と普通の人だからそういう意味で面白い話は書けない。いや普段から面白い話書いてるかと言われればアレだけど。親を褒めるnoteを書く。

非正規労働者で高校中退の親父と、労働期間十年ぐらいで専業主婦になって今は家族と実家の人間としか日々の関りが無い母親が僕の両親なんだけど、この二人が中々すごい。

まず何よりも、僕を22年間も死なせずに生かし続けた事。

何を当たり前の事をと思うかもしれないし、僕も数年前までそう思ってたんだけどこれ相当すごい。

事故とか病気で人間って簡単に死ぬし、死ななくても後遺症の残る怪我とか病気とかいっぱいある。

それに加えて子どもってまぁすぐ死にに行くような動きするし、大人しくても飯食わせたりしないといけない。そんで子供育てるのには金がかかる。

そう考えると死なせないだけでも相当大変。

あとは僕を高校までは家の金で行かせたこと。

さっきも書いたけど僕の家庭は裕福ではない。非正規だから。基本給なんて概念が無い。

親父が風邪でも引いて仕事を休めば一日一万円ぐらい給料が減る。

そんな状態でよく高校まで金を工面したなと。

まぁ、子どもの頃は玩具もゲームも中々買ってもらえなかったし、食事も一日二食とかの時期もあったりと今思えばアレなとこもあったけど。

それでもなんとか僕を高校に通わせるぐらいはやりきった。すごい。


僕は小さい時父親の事を家で見たことがあんまり無くて、父親は朝6時に家を出て夜10時、遅いときは12時ぐらいまで仕事で帰ってこなかった。
らしい。最近になって母親に聞いた。

残業してた。

しかも、PCカチャカチャ、みたいな仕事じゃなくて荷物を運んだりとかそういう業務が多めの仕事。

あとは掛け持ちもしてたらしい。だから土日もそんなに家に居なかった。

僕は母親と家に居たり、幼稚園に居たりした。今思えば、母親とか幼稚園の大人とかが居てくれたからそんなに寂しくはなかった。

たま~にしか会わない父親の事はキッチリ父親と認識していて、でも滅多に会わないから久しぶりに、それこそ一週間とか二週間ぶりに会うとなんか、恥ずかしかった。恥ずかしがってしまうぐらいには会わなかった。

父親は休みも無くずっと稼ぐ遅くまで働いてたし、母親は友達付き合いもせず一人で僕と家の事をしてた。

今の世の中じゃ多分『可哀そう』とか言われるような両親だったと思う。
でもやりきった。

大学こそ僕は奨学金とかいう名前の借金をして通っているけど、こんなもん最終的に自分で決めて自分で金借りてんだし、関係ない。嫌なら行かんでも良かったし、就職してから金貯めて行きゃよかった話。どうとでもなる。

まぁ大学無償化の話が出た時は「おっせぇよボケ!!」ってキレたけど。

僕の奨学金とかいう借金の総額は利子込みでおよそ6,459,510円。

六百四十五万九千五百十円。

F〇CK!!

まぁそんな感じで、僕には理解できない苦労をして僕の家族は生きながらえてきたんだと思う。

それが、すげえなという話。

まぁ僕の教育の方は他の事で手一杯で教育機関に丸投げされてたっぽくて、親からは物を教えてもらわなかったから”学校では教えてくれない事”が中学ぐらいまですっぽり抜けてたんだけど。

まぁそれは中高で恥かきながら学んだ。コンビニは高くつくからスーパーで買い物してたせいで、コンビニの使い方が最初入店した時分らなかったり。

お小遣いなんでもんも、そんな余裕が家に無かったから一切なかった。別に普通だと思ってた。

懐かしき中一の春。

どこまで話してたっけ。

そう。高校まで行かせたってのがすげえという話。

今の時代に生まれなくてよかったなと思う。スマホ、パソコン、その他。

子どもも持っててまぁ当たり前、みたいな高額商品が多すぎる。

高校入ってバイトを始めて、父親はこの頃から夜勤に変わった。今も。

僕がスマホを持ったり、PCを持ったり、あと母親が病気になった。

大動脈解離。この間はくも膜下出血になった。お金がかかる。

僕に関してはもう、あんまり手のかからない所まで来たと思う。大学生だしそれなりに自分でモノを考えて動くようになった。

ただ、歳を食ったのは僕だけではなくて、両親もそれなりに老化してる。

だからお金がかかる。

父親は夜勤になって、それでも残業が多くて、休日出勤も多い。昔から少しはやってたけど、今はもっと家事をするようになった。

母親は二日に一回通院して、元気な時は家事をやってくれてる。

当然僕もいろいろ手伝う。料理はできるから、飯の用意はするし、洗濯物の処理もできる。整理整頓清掃は高校の時から続けてるバイトで一番得意。

ちょっとはマシになってきてる。あとは僕が就職して家に金を入れられば、多分もうちょっと助けになる。

で、ここまで親をワッショイしたけど、別にそこまで親に感謝してるわけではない。いや、感謝はしてる。今も尚大きくなってる感謝の念はある。

でも最初の方でも書いたけど、別にここまでの事って普通の事なんだよな。

産んだ子供に責任を持つ。金を稼ぐ。家事をやる。全部当たり前の事。

やってて褒められることではあるけど、あくまで当たり前の事。

ただ、当たり前の事を当たり前にできるのがめ~~~~ちゃくちゃすごい。中々できる事じゃない。

だから僕が親に向けてるのは感謝の念よりも尊敬の念が大きい。

いや、感謝もしてる。今めっちゃ楽しい人生を送ってるから、ワンチャンの可能性をくれた事には盛大に感謝してる。人生一回分の掛け金貰った。
あと環境を整えてくれたこと。友達も恩師も進路も何もかも、大前提として親が環境を整えて、その上で自分で選択し増やして、自分で選べた。

でもやっぱり感謝より尊敬が大きくて”当たり前の事”をやり通した両親には何かしらの褒美があるべきと思ってるから、僕が卒業して働き始めたら誰も称えなかった分僕がその当たり前をありとあらゆる手を使って称えて行こうと思う。

大きな感謝の念とそれよりも大きな尊敬の念を持っています。
親bigup。長生きしてね。俺は今最高に幸せです。二人の子どもでよかった

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