仰天した贈り物の話
注 以前AmazonのKindleで販売していた『ウサギ神交遊記』の中の一話を加筆したものです。
こんにちは、白兎神シロナガミミノミコトです。
わたくしは年に一度の出雲行き以外は、いつも白兎神社におります。
それでも、普段から全国の神々とのおつきあいはございます。
メールや〝つながり〟(人間のLINEに相当)、電話、昔ながらの手紙の他に、贈答品のやりとりもございます。
たいてい親しくしてくださる神々から季節ごとに定期的に贈られるものが多いのですが、時折思いがけないプレゼントが舞い込むという嬉しい驚きもございます。
わたくしの好みを推し量ってお贈りくださるので、ありがたくちょうだいしております。
ただ、ここだけの話、仰天するようなものをいただいたこともございます。
わたくしの誤解だったこともありますし、「これをどうしろと?」という場合もございます。
例を挙げましょう。
一つはカグツチノカミ(迦具土神)から送られた品でございました。
前もっての連絡はなく、ニホンジカさんが届けに来てくれたのです。
ちなみにニホンジカさんとツキノワグマさんは、KFN(雉の文遣いネットワーキング)の一部門であるKFT(雉の文遣い宅配便)の職員です。
雉さん同様、神仏や精霊のみが入れる〝神の道〟を通って配達していますから、どんなに遠方でも数時間で着きます。
そうそう、北海道エリアはエゾシカさんとヒグマさんが担当しているそうです。
さて話を戻しまして、カグツチノカミからの小包を受け取り、部屋へ戻りました。
包み紙をはずして、中にお手紙が入っているのに気づきました。
開いて読み、血の気が引いてしまったのです。
前略
最近ウサギ鍋を作るのに凝っています。
今回、非常に良い出来となりましたので、あなたのことを思い出してお送りしました。
気に入っていただけると幸いです。
草々
何という恐ろしいものを……。
ウサギ神のわたくしにウサギ肉を入れた鍋物!
お手紙を手に固まってしまいましたとも。
いったいどういうつもりなのでしょうか。
そんなにわたくしを嫌っていたのですか?
必死に思い出してみましたが、どう考えてもカグツチノカミにウサギ鍋を送られるほど嫌われるようなことをした覚えはございません。
いえいえ、きっとわたくしが気付かないうちに、たいへんなお怒りを買うようなことをしでかしたのでしょう。
そうでなければ、この贈り物の意味がわかりません。
それとも単に無邪気に「今日はおいしいウサギ鍋ができた。そうだ、シロナガミミノミコトに送ろうっと」と思われたのでしょうか?
そこまで呆けた、いえ天然な神様には見えませんでしたよ。
出雲大社でお会いしたときも、たいへんしっかりした神様で、わたくしにも好意的に思われましたが……。
それでは、そのしっかり者で好意的な神様が、なぜウサギ神にウサギ鍋を?
同種の肉を食べると厄除けになるなど、何かの魔除けの意味があるのでしょうか?
それとも新しい健康法?
うーん。
考えても考えても、わかりません。
そのうちにかなり時間がたっているのに気付いて、あわてました。
「生ものなら、冷蔵庫へ入れておいた方がいいのかも」
食べたくはありませんが、頂き物を腐らせるのもどうかと思い、冷蔵庫へ移そうと手に取り気がつきました。
「生もののはずなのに、クール便じゃない」
ええ、KFTにはちゃんと生もの用に冷蔵便・冷凍便があるのです。
でも、このウサギ鍋、常温便で来ています。
おたおたしてしまい、それまで気がつきませんでした。
そして手に持った感じが、小さいのにずしりとしています。
「うーん、わざわざレトルトパックにして送ってくださったのでしょうか?」
でも、あの方は火と鍛冶の神様。
食物の神様ではありません。
それとも趣味が高じて、社内に缶詰やレトルトパックの設備を備えておいでなのでしょうか?
あれ?
お料理の趣味があるとは聞いていませんが。
しばらく包みを持ったまま考え込んでいましたが、思い切って開けてみることにしました。
一応、お礼の連絡もせねばなりませんし、その際に「どのような理由で御不興を買ったのでしょうか?」と素直にうかがった方が良いと思ったのです。
頭の隅々から記憶の欠片を総動員しても、わたくしにはカグツチノカミにウサギを調理したものを送られるほど嫌われる理由が思いつかないのです。
ソファに腰掛け、おそるおそる包みをほどき、頑丈な段ボール箱を開けました。
厳重な詰め物がしてあります。
がさがさと出しました。
エアクッションに包まれたものが出てきます。
「食品っぽくないですね」
首を傾げつつ開くと、可愛らしい一~二人用の土鍋です。
素朴な土色で、蓋には白兎がはねている絵がついています。
「ウサギ鍋って……ウサギ肉の鍋物ではなく、ウサギ柄の土鍋のことですか〜」
両手で土鍋を持ったまま、ソファに沈み込むようにへたりこんでしまいました。
よく考えればカグツチノカミは陶工の守り神でもいらっしゃいますし、日本のあちこちの陶器神社で祭られている御方。
はう~。
わたくしは何を誤解していたのでしょう。
恥ずかしいです~。
すぐに気を取り直して、送り主にお電話しました。
すぐに出てくださったので、丁重に「ウサギの土鍋」のお礼を申し上げました。
「気に入ってくれてよかったよ。それは信楽焼で作ってみたんだ。いろいろな地方の焼き方で試しているんだが、今回はとても可愛いウサギ柄になったんでね、君に送ったんだ」
上機嫌でいらっしゃいます。
「とても素晴らしいです。さっそく使ってみようと存じます」
「最初は白粥を炊くといい。鍋自体が丈夫になるからね」
「ありがとうございます。大切に使わせていただきます」
お礼の後はとりとめのないお話をして電話は終わり、わたくしはさっそくウサギ土鍋を洗ってお粥の仕込みをいたしました。
もちろん「ウサギの土鍋」を「ウサギ肉の鍋物」と勘違いしていたことは申し上げませんでしたよ。
恥ずかしいじゃないですか。
せっかくの素敵な贈り物なのに、勘違いして怯えていたなんて言えませんよ。
だから、ここだけのお話です。
黙っていてくださいね。
もう一つ、たいへん焦った贈り物が届いたことがございます。
この時は、鹿島神宮のタケミカヅチノカミ(武甕槌神)からの到来物でございました。
ニホンジカさんが、冷蔵便で届けてくれたのです。
間違いなく食べ物です。
荷物と一緒に手紙が添えられていました。
手紙によると、その日の朝に獲物を大量に獲り大好物を手作りなさったとか。
とてもおいしく仕上がり、しかもたくさんできたので、わたくしにお裾分けしてくださったとのことです。
江戸時代の大事件がきっかけで親しくしてくださっていて、季節の果物や産物をお贈りくださることはありますが、手作りの食物を送ってくださるのは初めてのこと。
わくわくしてしまいました。
しかし、ふと頭に浮かんだことがあります。
昔、鹿島神宮に行ったとき、側近のトオミノミコトという神様が、気になることを言っていましたよね。
あれは、タケミカヅチノカミの好物についてではなかったでしょうか?
確か、好物ってウサギの炙り肉とか言ってませんでしたっけ?
いえ、確かにそう言っていましたよ。
わたくしの長い耳は、はっきりとそう聞きましたよ。
そしてこれはしっかりと冷蔵便で届いた食べ物です。
ということは、これ、炙ったウサギ肉ですよね。
ひえ~!
唐突に「ウサギのダンス」が響きました。
どなたかからお電話です。
すぐにスマホを手にして、ぎくりとしました。
画面にはタケミカヅチノカミのお名前が!
あわわ。
震える手で操作して出ました。
「もしもし」
声も震えていました。
すると耳にタケミカヅチノカミではありませんが、聞き覚えのある声がしました。
『シロナガミミノミコトですか? お久しゅうございます。トオミノミコトです。覚えていらっしゃいますか?』
「ええ、もちろん。お懐かしゅうございます」
鹿島神宮へ行ったときに案内してくれた地元神です。
声を聞くのは、江戸時代以来でございます。
『主が冷蔵便でお送りしたと思いますが、届きましたか?』
「は、はい」
『もう中をご覧になられましたか?』
「い、い、いいえ、これからです」
しどろもどろで返事をしました。
『ひょっとしたらと思ってお電話したのですが、その中身、ウサギの炙り肉だと思っていらっしゃらないでしょうか?』
「違うんですか?」
本音を漏らしてしまいましたよ。
すると、トオミノミコトが大きくため息をついているのが聞こえました。
『やはり誤解しておいででしたか。すみません、私が昔、口を滑らせてしまったために……ご安心ください。それはウサギ肉ではありません』
「そ、そうなんですか!」
急いで箱を開けました。
あらま、おいしそうなカマボコがぎっしりと!
「トオミノミコト、タケミカヅチノカミはカマボコもお好きなのですね」
心底、ほっとしました。
あちら側からすまなそうな声がします。
『主は朝早く漁に行かれて、魚をたくさん捕ってこられ、すぐにカマボコを作られたのです。私は作っているときは傍で手伝っていたのですが、その後用事があり他の神社へ行っていました。帰ってきたら、あなたに冷蔵便で送ったと聞きまして、ちゃんとカマボコだと書いたのかを確かめたら品名は書いていないと。嫌な予感がしてお電話したのですが的中しましたか。重ね重ね申し訳ございません』
「いえいえ、こちらこそ早合点して、おいしそうなカマボコに怯えて恥ずかしゅうございます。ありがとうございます」
『主が話したいそうです。替わりますね』
そしてタケミカヅチノカミに替わり、こちらからお礼を、あちらからは勘違いさせたお詫びを、そして最近の出来事についてあれやこれやと話に花を咲かせ、楽しい長電話を終えたのでございます。
もちろんカマボコは、おいしくいただきました。
落ち着いて考えれば、あの方がウサギ神にウサギの炙り肉を送ってよこされるはずがないのです。
まったく、そそっかしいウサギで恥ずかしゅうございます。
ちなみに仰天した贈り物の中でもダントツ第一位は、ヤエコトシロヌシノカミ(八重事代主神)からの頂き物でしょう。
冬に近い頃だったと思いますが、ツキノワグマさんが届けてくれた少しかさばる荷物でした。
食べ物ではございません。
お手紙も入っていませんでした。
すぐに箱を開けてみましたが、何やらふかふかの黒いラグのようなものでございました。
「暖かそうですね。膝掛けか敷物でしょうか?」
ワクワクしながら広げてみて、自分の目を疑いましたよ。
しばらくそれをジーッと見つめてから、つぶやいてしまいました。
「ウサギ神に、これをどうしろと?」
それは黒いウサギの着ぐるみだったのです。
ちゃんと長い耳もついて、顔の部分だけが開いており、前にチャックがついています。
ウサギにウサギの着ぐるみ……。
いったいどういうおつもりでお送りくださったのでしょう?
あの方はたいそうウサギ好きで、わたくしにも神代の昔から親切にしてくださいます。
嫌がらせなどをする方ではありませんし、嫌われるようなことをした覚えもありません。
いえ、その、嫌がらせとか、そういう次元を超えた不可思議な贈り物でございました。
途方に暮れて見ておりましたが、とりあえず着ぐるみなので着てみることにしました。
いつも着ている単衣と袴を脱ぎ、チャックを開けて入ってみると、ちょうど楽にまとえるサイズです。
長い耳もすぽりと黒い耳の部分に入るように空洞になっています。
チャックを閉めて、姿見の前へ行って映してみました。
顔の部分だけが丸く白くなっている黒ウサギの姿が映っています。
まるで黒ウサギが顔だけ白い粉に突っ込んだような、間抜けな感じでございました。
ただ、この着ぐるみ、たいへん暖かです。
それは良いのですが、やはり間抜けです。
「己の愚かさを省み謙虚に生きよ」という戒めのお気持ちから送ってくださったのでしょうか?
うーん……。
姿見の前で悩んでいると、「ウサギのダンス」が聞こえてきました。
着ぐるみを着たままスマホの画面を見て、ミホツヒメノミコト(美穂津姫命)からの着信だとわかり、すぐにでました。
「もしもし」
『あ、シロナガミミノミコト? 今ね、美保神社にいるのよ』
「おや、ヤエコトシロヌシノカミにお会いになっているのですか?」
『ええ、ウサさんとパンダグッズの手入れに来たのよ。今聞いたんだけど、あなた、彼から送られた品を受け取った? もう開けた?』
「はい。そして着てみました」
スマホの向こうで、ミホツヒメノミコトがうめいておられます。
『ごめんなさいね。最初から私が知っていたら、すぐに止めたのに~。あなたにウサギの着ぐるみを送ったっていうから『どうしてそんなまねしたのよ?』って訊いたら、可愛いと思ってですって! だから懇々と諭したのよ。『もしあなたにヤエコトシロヌシノカミの着ぐるみが届いたら喜んで着るの? 自分に自分の着ぐるみが届いたらどんな気持ちがするのよ』って言ったら、ようやく自分が妙なことをしたって気付いたわ。本当にごめんなさいね、変なものを送って……』
なるほど深く考えていたのではなく、ただ「可愛いから送ろう」だったのですね。
わたくしは、恐縮しておられるミホツヒメノミコトにお答えしました。
「そういう理由だとわかって、ほっとしました。なんと言いますか、〝汝自身を知れ〟などの深い哲学的な理由なのかと着ぐるみを着て考え込んでいました」
『そんな深遠な事、考えていないわよ。そっちで捨ててかまわないから、それ。ああ、彼が話したいそうよ。替わるわね』
すぐにヤエコトシロヌシノカミのしょんぼりしたお声がします。
『ごめんね、変なものを送って。見ていたら可愛いなと思って、ふっと君のことを思い出して送っちゃったんだけど、ミホツヒメノミコトに怒鳴られて、やっと妙なことをしたってわかったよ。気を悪くしたろうね』
あら、懇々と諭されたんじゃなくて、怒鳴られたんですか?
お気の毒に。
「いいえ、とんでもない。理由がわかってほっとしました。これ、けっこう暖かいので、寒い日に着ようと思います。ありがとうございました」
『ほんと? 気に入ってくれたの? 嬉しいな~。 ね、写メ送ってよ』
少々不本意ではありましたが、すぐに自撮りしてヤエコトシロヌシノカミのスマホへお送りしました。
すぐさまスマホの向こうでミホツヒメノミコトの声がします。
『あら、けっこう可愛いわね』
ヤエコトシロヌシノカミの声もします。
『うんうん、いいね、これ。シロナガミミノミコト、すっごく似合うよ』
「さようでございましょうか?」
『最初に聞いたときはアホなことをって思ったけれど、可愛いじゃない。ピッタリ!』
「はあ~」
わたくしにはずいぶん間抜けな姿に見えるのですが、スマホの向こう側のカップルには可愛く映っているようです。
ため息が出ます。
似たもの同士なんですね。
「ありがとうございます。それでは、失礼いたします」
スマホを切り、着ぐるみを脱いでタンスにしまい、いつもの着物を着て気分直しにお茶を入れましたよ。
何と申しますか、微妙な贈り物でございました。
以上の三点が、これまでにいただいて仰天した贈り物でございます。
お気持ちは嬉しくても手放しに喜べないものをいただいた経験は、どなたにもあるのではないでしょうか?
幸いほとんどの到来物は嬉しいものばかりですから、たまにこういうことがあるのは刺激になってよいのかもしれません。
ちなみに黒いウサギの着ぐるみは、底冷えのする冬の日に時折愛用しております。
着る度に複雑な心境になりますし、黒い頭の部分から白いウサギの顔が出ているのは何度見ても間抜けなのですが、それでも暖かさには替えられません。
さて今日は晴れていますから着ぐるみを陰干しして、寒さに備えましょう。
完
ウサギ鍋におびえるきっかけとなったのは『因幡の白兎、神となり社に鎮座するまでの物語』でスセリビメが親切心から言った言葉がきっかけ。
タケミカヅチノカミとトオミノミコトのエピソードは『白兎神、大いなる陰謀に巻き込まれ日の本を救いし物語』に出てきます。
興味がおありでしたら、どちらもマガジンにまとめていますのでお楽しみください!
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