静電容量自作キーボードが出来るまで
最初に
この記事は「キーボード #1 Advent Calendar 2020」 の19日目の記事です。昨日は、IKeJIさんの「今年作ったキーボードまとめ(2020)」でした
今回のテーマは「静電容量自作キーボードが出来るまで」。完成に至るまでの試行錯誤と、その他今年やった活動について書いていこうと思います。ようするに、出来るまで大変だったぜーっていう記事です。長文の駄文ポエムですが、同人で2年かけてハードウェアを出すというのはあんまりないと思うので、1年の振り返りと一緒に書いていこうと思います。
自己&作品紹介
銀鮭と申します。
趣味で「静電容量無接点式自作キーボード」を開発しているモノです。
開発開始から2年、β版を経てなんとかearly bird版の発売まで漕ぎ着けました。様々な助言をしてくれた方、パーツを提供して下さった方、β版を購入し組み立てレポを送ってくれた方。そして応援して下さった全ての方にお礼を申し上げます。本当にありがとうございました。
静電容量自作キーボードってなに?
近年自作キーボードが流行っています。基板設計やアクリル設計を自ら行う、もしくは必要なパーツを集めてきて好みのキーボードを作ろう、という沼です。今まで「メカニカル」方式の自作キーボードはありましたが、「静電容量無接点方式」(長いので以下静電容量)の自作はほぼありませんでした。
2019年2月19日 全てはここから
「静電容量メカニカル」なるものが界隈で話題になっていました。静電容量とメカニカルは本来別々のモノで、一瞬で意味が分からなくなりました。とりあえず購入しました。(手前の奴)
さっそくバラしてスイッチを取り出します。見た目は普通のメカニカルのようですが、試しに持っている自キに差し込んでもまぁ動きません。
本当に静電容量なんだなー、というのが最初の感想。こうして静電容量との戦いが始まりました。
2019年3月29日 1つ目 最初の自作静電容量
8MΩとかいうクソデカ抵抗を使ってLチカさせたブレッドボードバージョンです。入力装置として動作した最初のモノです
これとは別に同人誌「ここからはじめる自作キーボード」の執筆や梱包をしていたり、3Dプリンターでアルチザンキーキャップを作る研究をしたりと結構いろいろ手を出して遊んでいました。
2019年5月19日 2つ目 infinity plus3
遊舎工房でmeishi展というのがあったので、とりあえず基板にしたのが「infinity plus」です。上側の1キーが静電容量、下の3つはメカニカルになっています。押した深さも2段階くらいなら検知できました。
2019年6月22日 3つ目 numazu8
ゆるキーの4回目に持って言った子です。一部配線ミスって無理やりになっています。4キーを1モジュールで検知する、というのは良い案だと思ったのですが、特定のキーの精度が非常に悪い。動いてはいるんですが実用には使えなさそう。
2019年11月29日 4つ目 position zero
前回は検知部分とキースイッチが離れすぎていたために場所毎に精度が変わってしまったのかもしれない。そういうわけで大体均等になるように大幅に設計しなおしです。パーツ点数は増えましたが、なんとか実用レベルで動かすことが出来ました。ちなみに名前の由来はその時見ていたアニメのキメ台詞です。
冬コミ 本を出版
とりあえず、静電容量スイッチを取り扱う事には成功しました。東プレではなくVarmiloの静電容量スイッチではありますが、原理自体は同じでこれも非常に良いものです。このノウハウを誰かに伝え、研究が進んで欲しいという想いで本を出してコミケで販売しました。
小休憩から再び
とりあえず動くものが出来たので、結構満足してました。
酒を飲んだり、DDRをしたり、九州まで4泊5日ノープラン旅行をしたりと人生を謳歌してました。
いつものようにtwitter警察をしていたある日、気になる記事を発見しました。
結構衝撃でした
自分と同時期に、国内の方がRealforceのスイッチで自作していました。手法も精度も自分たちのより洗練されていました。まだまだ先があるんだなぁと。
2020年3月24日 5つ目 nijichanboard
リアフォは一旦置いて、検知方法や回路を根本から見直しました。どうせ世に出さない奴なのでかなり自由に配置しました。天キー1でみたMasakoと、corne、あとArabica3/7が使いやすいと思ったのでそのあたりを参考にしつつ、友人からもらった2x2Uを無理やり配置できるようにしました。これでキメるつもりでしたが、写真見ると分かる通りLEDの穴が開いてなかったりダメダメでした。
動作自体は明らかに前回より良く、またパーツ点数がかなり減り、組み立て難易度が大幅に下がりました。
ちなみに1月にOculusを友人にもらい、VRChatにドハマりしました。アバターを自作が楽しすぎて2カ月くらいはblenderいじってました。
ダンスダンスレボリューション(DDR)も週2、1回1000キロカロリーを目標にやっていたので、「キーボード」「DDR」に加え「VR」と3つを同時進行でやることに。
2020年5月20日 6つ目 静電容量Helix
「100日後に死ぬワニ」 の死亡日に友人たちとワニ肉が食べれるバーでウイスキーガチャをしながら、Helixで作ったらいいんじゃね?みたいな感じになりました。そういうわけで設計したのがこちら。
動きましたが問題が。Varmiloのスイッチが全然手に入らないんです。搭載しているキーボードを分解して入手するしかないんですが、そもそもキーボード自体手に入りません。前買ったときは「ふもっふのおみせ」さんで購入しましたが全部売り切れ。こんなんでは需要以前のお話です。
とは言え、おそらく世界発の静電容量左右分割自作キーボードである。とりあず原価で人柱を募集し、何名かに作ってもらいました。結局スイッチが手に入らず完走出来た方はいなかったようですが、パーツ配置や配線に関する貴重な助言を頂くことは出来ました。
あと、この時は例の疫病によりアクリルが不足し、Helixのアクリルが手に入りずらい状況でした。twitterで嘆いたらフォロワーさんが激安で送ってくれ、とてもありがたかったです。
2020年7月7日 7つ目 静電容量Helix ラバードーム
この時Nizの静電容量スイッチがバラ売りされていることを知ります。とりあえず何も考えずに購入しました。サイズ的にはなんかぴったりな感じがする。
実はコニックリングがないので結局中古品をバラす必要があるが、このときはまだ気づいていない。結局RealForceから取得する事になるがメルカリで死ぬほど出回っているので、それを考慮してもVarmiloのスイッチよりは簡単に手に入ると思います。ちなみにRealForceのハウジングは大きいのでHelixのアクリルに入りません。そういうわけでNizとRealForceのキメラ君です。
基板の端を触ると誤検知しますが、絶縁テープを貼ったり気を付ければギリギリ実用できる感じでした。
でも、正直この頃になるとあんまり楽しくなかった。
「ついに静電容量が実用化されそうだぞ」という周囲の期待とプレッシャーがとにかくヤバい。
教室の隅で、身内で変なモノを作っていたら注目された感覚。
承認欲求はかなり強い方だと思っていたし、qiitaの記事がバズったり〇〇の本の作者の、と言われると嬉しかったので、これは自分でも意外だった。
端を触ると誤検知するのに悩まされ、製品化できるか五分五分だった。リアフォと比べられたりしたのも辛かった。もちろん相手はこちらに対して尊敬してると前置きしていたが、個人が同人で作ってるものと企業が数年間作ってるものを比べられても困るし、分割と一体型を比べられても困る。そもそもβ版だし……
だからこそ、β版を送った方が実際に完成させてくれたのは本当に嬉しかった。
2020年7月21日 マツコの件
6月くらいだったか、DMで番組スタッフから連絡がきた。とある方が番組のアカウントにフォローされた事は界隈で周知の事実だったので、「おっ、うちの子のもなんか出るんだな」って感じだった。
なんと、スタッフの方が実際に遊舎に行き、委託サービスで販売していたシャチキーキャップを実際に購入、声をかけてきてくれたらしい。
他にも制作物を聞かれたので、何個か送った。
テレビに映ったのは一瞬だったが、スタッフ自ら気に入って買ってくれたという事実が何より嬉しかった。
ちなみに、マサコの知らない自作キーボードの世界は問題ないか聞いてみたがスルーされた。それはそう。
放送翌日に4つ納品しに行ったらその日のうちに狩りつくされた。
2020年7月21日 本を出す
アクリルの提供や組み立て報告で結構モチベが回復した。でもいつ死ぬとも限らない。ここで辞めてしまっては応援してくれた方に申し訳ないし、今までの努力が無駄になる。理論的な所は問題なさそうだし、自分に何かあっても誰かが研究を引き継げるように、持ってるノウハウを全て詰め込んで本を書いた。夏コミがなくなってしまったので、マツコの放送日を締め切りにして出すことにした。ズルズルと引き伸ばしそうだったので。
原点に返る
「期待されているのだから、早く完成させなくちゃいけない」という気持ちが強く、プレッシャーに負けそうだった。気づけばVRChatに逃げ込む日々だった。自分の事を知っている人は誰もいない、キーボードの事を考えなくていい。とても快適だった。現実逃避している間に大事な事に気付いた。
どんなに期待されていようと、自分のペースでゆっくりやっていこう。なぜなら趣味だから。
同人で「期待してくれてる人がいる」「人の為に作ろう」、これだけはやってはいけない。
。
そういうわけで、ここから開発ペースを大幅に落とした。
同人誌の方も、中には5000円や4000円と高額boostしてくださる方がいて凄く嬉しかった。開発費に困窮しているというわけではないが、「直接言葉にしないが、応援してくれてる方は見えないところにたくさんいるんだ」と強く実感した。そういうわけでVRで遊びつつ、余裕のある時に研究をすることにした。
8つ目 静電容量Helix ラバードーム2 &Varmilo2 2020年7月24日
「フットプリントが小さすぎて組み立て難易度が高い」「ノイズ軽減」「backlight LEDの追加」を行った。
また、ありがたいことにステンレスプレートの提供をしてもらったので組み立ててみた。アクリルとステンレスで同じ設計、基板のはずなのに全く打鍵感が異なって驚いた。さっそくHelix開発者に自慢しに遊舎にお邪魔した。
また、Varmilo版もこの修正を取り入れて同時に発注した。
9つ目 静電容量Helix ラバードーム3 &Varmilo3 2020年8月11日
ノイズ軽減の為に配線を変えた。
今回も、Varmilo版にこの修正を取り入れて同時発注した。
また、なんと「ふもっふのおみせ」さんのご厚意で新作の静電容量メカニカルを提供いただいた。「スイッチが入手できない問題」が解決されそうで嬉しかった。無事に動いたことを報告した。
っていうかまさかの企業案件?
別にVとして活動してるわけじゃないけど。
2020年8月13日 VRイベントに出展
VR上の同人誌即売会に参加した。VRとハードウェアは相性が悪そうで、実はかなり良いのではと実感した。結局ガジェット好き多いし。あとVRの人達何故かみんな3Dプリンター持ってる。
その際の体験記を書いたので興味のある方は是非読んでください。
2020年8月23日 自作アバター自作キーキャップ
自作アバターを自作キーキャップにして遊びました。自作キーボードをVR上に持っていくのは既にやったので、その逆です。
制作的な話で言うと、DMMのマルチマテリアルでobjが使えるようになってました。objだとテクスチャが書き出せるので、試しにやってみた感じです。厚さのない箇所や、ポリゴン同士が突き抜けている箇所、穴が開いている箇所を手動で直していったので結構大変でした。世界で自分だけしか欲しがらないモノで、最高に楽しかったです。とにかく人の役に立たないものを作りたい、そんな想いで日々の創作活動をしております。
2020年9月9日 スイッチが送られてくる
ビットトレードワンさんから静電容量のスイッチ1セット、コニックリングとステム、ハウジング、ラバードームが送られて来ました。
コニックリングが手に入らず、外部に見積もり依頼したが断られたり、1000個で10万(試作不可)など、ちょっと個人でやるには勇気が必要で実はかなり困ってました。キットとして販売するには、「中古のRealForceを買って解体してください」はちょっと微妙なので。
そのことをツイートしたら、「静電容量はうちも注目しているので、なんとか出来るかも」というリプライを頂き、サンプルとして送ってくれました。
ふもっふのおみせさんに続き、ビットトレードワンさん。企業から注目されているという事実に震えながら、サポートと応援はとても励みになりました。
2020年9月20日 β2版
最初のβ版からのフィードバックを元に、基板とファームを直していました。遅延や取りこぼしが結構あったので、音楽ゲームをキーボードでやってスコアの違いから遅延を測ったり、格闘ゲームでひたすら後ろダッシュや波動拳、コンボを試してきちんと入力されるか確かめたり。タイピングしているときに気付かなかった問題点が露になりました。ファームを直し、第二弾のβ版を募って発送しました。前々から興味あるとおっしゃってくださった方にようやく届ける事が出来て一安心です。
詳細なビルドログを書いてくれただけでなく、普段使いもしてくださってるようで全てが報われた感じがした。
モノ作りって辛い時もあるけど、使ってくれる方がいるからこそ続けることが出来る。最高に嬉しかった。
組み立てた方のみ分かると思うんですが、ハンダ付けが大変なのはともかく、スペーサーやネジを使って基板とプレートを固定する作業がとにかく大変です。スイッチと基板がハンダ付けされてるわけじゃないので、適切な高さでないと隙間があいて精度が下がってしまいます。スペーサーの長さやワッシャーで調整するわけですが、いったん外すとラバードームとコニックリング、ステム全てが転がりそれだけで20分くらいかかります。何度もくじけそうになりました。
2020年12月10日 early bird版
ついにこの日が来ました。
静電容量Helix(early bird)をboothに出すことにしました。2020年内には出したいと思っていたので、ひとまず目標は達成しました。ただ、正直値段設定については適切な価格が不明でした。参考になるモノが他になかったからです。既製品で言えば分割型としては唯一のμTronが5万、一体型は2~3万程度です。高すぎると買ってくれないし、しかし安すぎると後続が作りにくいというジレンマです。何より開発に2年かかったキーボードです。そういうわけで、他のキットより4000円くらい高く設定しました。他にもパーツ点数が多く梱包が大変だったり、難易度的に安いからという理由で作ったら痛い目に合うだとか、いろいろ悩んだ末です。仕入れの関係上パーツを大量に買ったので、正式版になったらそれなりに売れて欲しいですね。
2020年12月12日 NeosFesta出展
最近、NeosVRという、VRChatとは別のVRSNSにハマっています。そこで展示イベントが開かれるという事で、ブースを作って出展してました。
よくお話している師匠的な方が、まさかの「ここからはじめる自作キーボード」の読者さんで、世界は繋がっているんだな、頑張ってきて良かったなと。
嬉しかったこと
完成時には、様々な方がtwitterやブログ等で祝ってくれました。自分が趣味で始めたモノが、気づけば企業を巻き込んで注目され期待されている。とんでもないプレッシャーでしたが、ダイレクトな応援メッセージは本当に励みになりました。本当にありがとうございます。
また、自分以外にも静電容量を作る方が出始めて、少しでもきっかけに成れたのが本当に嬉しいです。
別件ですが、自作キーボードの技術でスクフェスコントローラーを作るを書いたら、これを参考にもっとクオリティの高いコントローラーを作ってくれる方がいたり。自分の研究を踏み台に、強い人が更に良いモノを作ったときが一番嬉しいですね。
本当に様々な方にアドバイスやパーツの提供を受けました。kicadの使い方から配置、プレートやスイッチの提供や梱包材の提供。見返りも要求せずに、余ってるんだよねーと格安でいろいろ譲っていただいて。本当に皆さんの支援がなければ完成しなかったと思います。
辛かったこと
イベントがないのがとにかく辛かったです。Varmiloの各スイッチの打鍵感や、ステンレスとアクリルの違い、ビットトレードワン版のスイッチの感触について、触って確かめてもらうことが出来ませんでした。
実際に動いている様子を動画だけでなく、みんなに見てもらいたかった。
即売会に出してると、皆さんからの声を直接聞けるわけです。「興味あるけど何からはじめれば良いのか分からなくて」「自作キーボードってこんな事出来るんですね」「以前買って良かったので友人に買わせようと来ました」
そういう声が本当に励みになるわけですが、家に籠って一人きりで作ってると段々と、「買ってくれたり応援してくれる方」の存在を忘れてしまいます。そういうわけで、VR上の即売会は本当に良かったです。はじめて自キに触れたあのときの感動がダイレクトに伝わってきました。
お金とか時間とか
開発費にいくらつぎ込んだのかは正直分かりません。
分解用のキーボードを買うときは流石に値段見てますが、それ以外の小さなパーツ等は全く気にしてませんでした。分解用だけでも5台購入、基板発注も10種類以上やったので20から25万くらいかなと思ってます。(販売用のパーツ在庫含めて+5万くらい)。意外とかかってないですよね。
本2冊の売り上げとキット代で、なんとかトントンかなぁといった感じです。
時間についてはフリーランサーなので割と自由が聞きました。2019年は週休4日、2020年は週休3日にしてもらって当然定時退社。残りは全部趣味にまわしました。流石にこうでもしないと、DDRやってVRやって基板設計して本書いて3Dプリンターアルチザンをやるのは無理です。天才ではないので、時間で攻めるしかありません。ちゃんと仕事して子育てしてキット開発してる方まじで偉すぎる。
あと、儲けようと思って活動するのは自分には無理だなぁと強く思いました。宣伝とか、発注とか、梱包については腰が重く、出来るだけやらずに何かを作る時間に回したいので。とは言えやはり応援の気持ちとしてのboostや、完成報告を見ると本当に嬉しいので、頑張ってよかったという気持ちになります。
今後について
ビットトレードワンさんがスイッチを開発してくれた以上、ある程度需要を作りたいです。遊舎さんでキットを販売出来ればなぁと思います。ただそのためには組み立てのハードルや、スイッチのさらなる検証等問題が山積みです。趣味なのでゆっくりやっていくつもりです。あと、VR上でもキーボード関係のなんらかのイベントを開きたいですね。誰かと自キについてお話したい。
まとめ
・ハードウェア開発は辛いけどそれ以上に楽しいことがたくさん
・お金儲けは自分には無理
・趣味なので楽しくやっていきましょう
・皆さんご支援がなければ折れていました
ここまで駄文、ポエムを読んで下さりありがとうございました。
明日はKakudoさんの「KiCadの便利プラグインと綺麗な配線」です
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