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資本主義的コミュニズム

こんにちは。
ヤマトです。

今回から「ブログ強化週間」と題し、随想録という形で「日頃ノートに書き留めてるそれとないこと」を記事にしていこうと思います。

今回のテーマは、「資本主義的コミュニズム」についてです。

さて、現在、AmazonPrimeやNETFLIXなど、様々な「有料オンデマンド配信サービス」が隆盛を極めています。
また、「有料のオンラインサロン」などの活動も活発になり、人々のいわゆる「共同体意識」が強まりつつあるとも言えるでしょう。

ここで重要になってくるテーマが、「コミュニズムの失敗」と「コミュニズムの理念の継承」という概念です。

そもそも、コミュニズムの理念とは、「私有財から公共財への発想の転換」にあったと言えるでしょう。
これは、一般的に「共産主義」という形で、経済的に形式化され、実際的に社会の中で導入されたシステムです。

歴史的には、「ソビエト連邦」や「中国共産主義」もそうした理念のもとスタートした国家だったと言えるでしょう。

さて、共産主義を歴史的に考察するのが、今回のメインの主題ではありません。
今回の記事では、こうした「歴史的に導入されたものの、失敗に終わった共産主義の理念」が、現代社会の中でどのように再び導入され、機能しているのか、ということを考察していきたいのです。

既に挙げましたように、有料のネット動画やオンラインサロンによる知識の共有など、これまで「一部の人間の独占的な権利(私有財)」であったサービスや見識というものが、近年「有料」という形で共有され、「共有財」というかたちでメンバー間にシェアされるようになりました。

こうした、社会の「コミュニズム的システム」というのは、近現代では一種の「理想論」だとして、事実的には「資本主義(独占財)」の理念が優先されてきたと言えるでしょう。

しかし、経済的には「資本主義の破綻」や「資本主義のほころび」というものが目に見える形で顕れ、人々の中で「資本主義に対する猜疑心」が醸成されていきました。

「もはや資本主義は神ではない」

ひとびとが資本主義に対して疑念を挟んだとき、そこに「コミュニズム的感覚」の復活の兆しが見えてきました。

それまで、人々は「己の利(自分の利益)」のために行動する「経済的な人間」だったと言えるでしょう。

しかし、地球環境問題や資本主義経済(成長経済主義)の行き詰まりなど、「ひとりの人間で扱えないレベルのテーマ(問題点)」が浮き彫りになる中で、この「資本主義的コミュニズム」という新たな考え方が登場しました。

もう一度再定義しておくと、「資本主義的コミュニズム」とは

①メンバー間で財産が共有されていること
②メンバーは有料という形で「限定的」ではあるものの、会員資格は定額のサービス料を支払えば、ほぼ「無条件」で発行されるものである

ということになります。

さて、このあらたな思想(主義という考えはもはや古い思想形式でしょう)により、見える未来とは、どのようなものなのでしょうか?

この考え方は、いわゆる「資本主義のひずみ(社会の歪み)」を解決できるのでしょうか?

答えは誰にも分かりませんが、まずはそうした意識(考え方)を定式化し、人々の間で「共通認識」として広く共有することが重要であると、僕は思います。

この記事がその一助を担えることができれば、幸いです。

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