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高校受験

私が、今のところ人生の中で一番勉強した時期は、高校受験の時だった。


もうすぐ中3になるという春休み、高校進学のビジョンがまだ具体的に定まっていなかった私は、「とりあえず」塾探しから始めた。それまでは個別指導の塾で数学だけを習っていたが、高校受験をするなら、集団授業の塾に通った方が良いだろうと思ったからだ。

そして、初めて説明を聞きに行った所に、そのまま入塾した。理由はただ一つ、「授業が面白そうだったから」。私は、楽しくないことはやりたくない人間だ。だから、嫌々ながら勉強する気は最初からなかった。楽しめないのなら、勉強せずに現在の学力のまま推薦の取れる高校に進学すれば良い。

よって、「授業が楽しそう」以外の要素をあまり考慮せずに入塾したところ、後にそこが公立志向の塾だということを知った。自分の中にわざわざ公立校を避ける理由もなかったので、流れに乗って、私は公立の進学校を目指すことになった。


入塾前の学力試験によって成績上位のクラスに割り振られた私は、しかし確実に周りから浮いていた。明確な目的意識を持って上位校を目指している子ばかりが居る中、最初の塾の面談で第一志望校を選んだ理由を聞かれて、「祖父母の家から近い学校だからです!」と答えた私は、間違いなく異質な存在だった。

当然のことながら、周りの子達の1番の目的は「第一志望校に合格すること」だった。しかし、私にとって最も優先すべきことは、「勉強を楽しむこと」だ。従って私は、講師が示した合格への最短ルートを、素直に歩む生徒ではなかった。ただ幸いなことに、塾の講師たちは、そんな私を否定せず、のびのびと好きなようにさせてくれた。


公立校の受験にあたっては、当日点と共に内申点が結果を左右する。内申点は、主要5科と副教科の両方(つまり中学で学ぶ全ての科目)が持ち点になる。ざっくりとした話だが、私は主要5教科がオール5の副教科がオール3のような、内申の偏りが激しい生徒だった。だから、進学校を受ける割には、総内申点が低かった。(ちなみにここで語っているのはあくまで私の地域の話なので、他都道府県ではまた違う仕組みが取られていることと思う。)

私は、この採点方式がずっと不服だった。自分より学年順位も主要科目の内申点も低い子が、総内申点の持ち点では自分より高くなるケースはしばしばあった。試験当日には副教科の出来なんて測られないのに、受験において重視されるのは主要科目の成績のはずなのに、なぜ副教科が苦手なだけで、自分の方が内申の持ち点を低く設定されるのだろう、と。


結論を言うと、私は受験した公立校に落ちた。ただ、この経験からいくつかわかったことがある。


一つは、公立校の受験システムは、学校に合う生徒を取るという意味で、理にかなった制度であるこということ。そしてその制度に噛み合っていなかった自分は、仮に合格できたとて、楽しい学校生活を送ることは出来なかっただろう、ということ。

公立の進学校に行くということは、すなわち、私が馴染むことのできなかった、塾の仲間たちのような人々の輪に飛び込むということだ。公立校に似合うのは、副教科もそつなくこなすことができるような器用な人間か、もしくは不得手な副教科を挽回することができるほどの、賢さを持った人なのだ。それに、勉強や受験に明確な「結果」を求めて取り組んでいたあの塾の子達と私は、間違いなく価値観が合っていなかった。


結局のところ私は、公立校に進学しなくて正解な人間だった。私は客観的に見たら、「素直に塾の指導に従わず、受験に失敗した生徒」だ。しかし、個人的な主観としては、公立受験に失敗したことで、考えうる限り最良の、素晴らしい高校生活を手に入れることができたと思っている。


勉強や受験においては「やっておかないと後悔する」、「一つでも上を目指せ」と言った言葉がよく聞かれる。しかし、私は必ずしもそれは当てはまらないのではないかと思っている。もちろん、勉強はしておくに越したことはない。しかしそれ以上に、自分が得意なこと、取り組んでいてワクワクするものを見つけることも、また大事だと思うのだ。

そして、そういった自分の「好き」や価値観が尊重される空間を見極めて、「学力」という一つのものさしだけで学校を選ばないことは、自分の人生を豊かにする上で、間違いなく重要だと思うのだ。


私は今でも、合格への最適解のルートに乗らなかったことも、公立校に落ちたことも、全く後悔してない。公立校の面接で、周りの子達がみんな立派な志望動機を述べていることに居心地の悪さを感じて、合格発表の日に、自分の受験番号がないことに安堵した。結局のところ、物事の正解は、常に一つとは限らないのだ。


これは私の、私なりの、ちょっと変わった高校受験の体験記だ。

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